「今年は本来、世界40の国・地域のコスプレ代表が名古屋に集まり、コスプレサミットが開かれる予定だった。新型コロナの影響で、予選会ができないという悲鳴が各国からあがり、世界一を決めるチャンピオンシップは中止となった」。
WCS運営会社代表取締役で、サミットの実行委員長を務める小栗徳丸(52)は、1日正午から名古屋市公館であったオープニングセレモニーで説明した。「しかし、17年間続けてきた熱量を絶やしたくないという思いをもって、チャンピオンシップ以外の催しはオンラインで行うことにした」
WCSは日本発祥のコスプレ文化に特化したイベントで、2003年に名古屋で始まった。当時、テレビ愛知のプロデューサーだった小栗が担当した深夜のコスプレ番組がイベントに発展し、座談会や交流会が開かれた。05年には愛知万博の開催にあわせ、各国の予選会を勝ち抜いたコスプレイヤーがペアで訪日し、その中から世界一を決めるチャンピオンシップを開催。海外メディアが取り上げ、参加を希望する問い合わせが海外から入り出した。
アニメや漫画、ゲームなどの日本コンテンツの世界的な人気に後押しされ、WCSには欧米やアジア各国に加え、南アフリカやサウジアラビア、トリニダード・トバゴなど、これまでに42カ国・地域がコスプレ代表を送り込んだ。さらに約30カ国が参加を希望している。観客らも含めると、今では毎年約30万人が来場する、コスプレのワールドカップ的大会に成長した。日本のサブカルチャーの世界発信やインバウンド効果も大きく、主催の実行委員会には外務省や愛知県、名古屋市も名を連ねる。オープニングセレモニーには超人気アニメ『鬼滅の刃』の冨岡義勇に仮装した河村たかし名古屋市長が出席し、外務省文化交流・海外広報課長がオンラインで開会のあいさつをした。
■座談会やアイドルライブ24時間配信
今年は新たにコロンビア、ラトビア、ウクライナが参加し、40カ国・地域の代表が世界一を競う大会になるはずだった。だが新型コロナの影響で、4月にチャンピオンシップの開催を断念。それに代わる催しを今年のWCSとしてオンラインで開催すると決めたのは、6月中旬のことだった。
開幕前日に小栗を訪ねると、「初めての試みなので何が起こるか分からない。もうバタバタです」。
初のオンライン開催に踏み切った今回は、各国のコスプレイヤーを始め、日本の漫画家や声優、アニソン歌手やご当地アイドルらが、「ほぼボランティア状態」(小栗)で出演に協力した。従来はチャンピオンシップに加え、大規模パレードなど複数の催しを約1週間かけて実施するが、今年は世界のどこにいてもコンテンツが楽しめるように、日本語と英語の2カ国語で、24時間休みなしの配信プログラムに凝縮した。
座談会やアイドルのライブショー、コスプレ衣装や小道具の作り方、メイクのコツなどの中継、過去のチャンピオンシップ映像の紹介--。40以上のプログラムを30分から1時間ごとに区切り、YouTubeとニコニコ動画、Twitchの3つの動画配信サイトを使って24時間流し続けるという意欲的な取り組みだった。
1日午後8時。世界同時配信が始まった。名古屋のテレビ愛知を主会場に、東京にも会場をつくった。「運営はプロたちに任せているからドキドキ感はない」。そう話していた小栗だが、わずか30分でじっとしていられなくなった。「これだとテレビの地上波の作り方だ。オンラインで世界中からコメントが届いているから連動させて! 世界とつながることが大事でしょ。至急、対応してほしい」。総合プロデューサーの森貴宏(37)に電話で指示しながら、テレビ局内を走り回り、スタッフたちにげきを飛ばす。
森はすでに約2日間、ほとんど寝ずに準備にあたっていた。「新しいチャレンジなので大変だが、楽しくもある。一番つらいのは、やってみないと何が正しいのかが分からないところ」。そう話す森に成功ラインを聞くと、「これまでのリアル開催と同程度の30万人のデジタル参加」と話した。
■存続危機、コスプレイヤーも訴え
今回のオンライン開催には、特別に大きな役割があった。コロナ禍で深刻な経済的打撃を受けた多くのスポンサー企業が、協賛を辞退していた。通常は数億円規模となる運営資金が、今年は数千万円にとどまった。名古屋で連日100人を超える感染者が出るなど、日本全国で第2波といえるほど感染が拡大する中、来年以降の協賛の見通しもつかなくなった。今や世界的イベントになったWCSは一転、存続の危機に陥った。
「今後もイベントを続けられるのか、正念場のオンライン開催になった。日本の文化を愛してくれる外国人の若者が目指す場所の一つがWCSになっている。その場所をなくしてはいけないという使命感で今まで続けてきたが、自分たちの力だけで守り続けることに限界を感じた」という小栗。その結果、「WCSの存在意義を確認する意味でも、今回、クラウドファンディングで寄付金を募ることにした」。
今回、過去のWCSに代表として参加経験のある米国やオランダ、イタリア、インド、メキシコなど10カ国以上のコスプレイヤーが、アニメキャラクターなどのコスプレ姿で自国から中継で参加し、コスプレの魅力を語った。
人気アニメ『ワンピース』のキャラクター、サボに扮して登場したタイ人コスプレイヤーのユージーン・フェイは、「私がタイ代表として参加した07年と09年時に比べ、今のWCSは参加国がとても増え、世界中のコスプレイヤーが憧れる大きなイベントになった」。そのうえで、「大会の運営が危機に直面していると聞き、とても悲しんでいる。いま何もしなければ、WCS開催の機会は永遠に失われるかもしれない。WCSを愛するコスプレイヤーは世界中にいる。寄付をお願いしたい」と呼びかけた。
海外からの参加者との交渉窓口を担ったキム・テヨンは、「コスプレは臨場感が大事なので、実際に会うこととウェブだけの開催とでは全然違う。現実に復活させたいという気持ちは強くある。ただ、今回オンラインに挑戦したことで、直接名古屋に来られない人が参加できるのはウェブなんだと認識した。これからはオンラインとリアルと両方維持した形でやりたいと感じた」。
キム自身も12年に韓国代表として名古屋の舞台に立ったコスプレイヤーだ。「WCSは03年の創設当初とは、すでに立ち位置が違う。コスプレイヤーならここで闘ってみたいと誰もが思う大会になった。私が参加した12年の時もすごい大会だと思ったが、そこからさらに成長している」。そして、この成長の立役者は小栗だと強調した。
「私がお金持ちだったら、小栗さんがやりたいことを全部やらせたい。夢を語る時に目がキラキラする小栗さんを見ていると、本当にできるんじゃないかという気持ちになる。ただ、現実の壁は高い。現実に妥協せず、やりたいことをやらせたら、すごいものが出てくると思う」。
2日午後8時前。エンディングを迎えたスタジオに、日本を代表する大物声優が立っていた。WCSのチャンピオンシップで長年、審査委員長を務めてきた古谷徹(67)だ。突然ハンカチを取り出し、あふれる涙をぬぐいだしたのには驚いた。『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイ、『ドラゴンボール』のヤムチャ、ワンピースのサボ、『名探偵コナン』の安室透。数え切れない名作に携わってきた古谷が、声を振り絞って、視聴者にこう訴えた。
「世界中のコスプレイヤーがWCSに来ることを目標にしている。これは続けなければいけない。本当に(存続の)危機に陥っている。みなさん、クラウドファンディングをお願いします」
オンライン生放送が終わった。中継先から音声が入らなかったり、画像が乱れたり、雑音が入り込んだりといった、生放送ならではの「手づくり感」が満載だったが、致命的なトラブルはなかった。視聴者総数は約10万8000人で、目標の30万人には届かなかった。クラウドファンディングは9月13日まで寄付を募るが、イベント中の24時間で国内外から100万円を超える額が集まった。
果たして来年のリアルWCSの復活はあるのか。生配信終了直後、小栗の表情は意外にもすっきりしていた。
「チャレンジしてよかった。チャレンジした者にしか見えてこないチャンスがある。僕らはあぐらをかいていた部分があると反省した。多くの気づきをもらった。これをどう危機からの脱出につなげるのか。新しい挑戦へのキーワードが見えた気がする。24時間放送に参加してくれた多くの人たちから元気をもらった。これからも続けられる気がした」
困難な時代の中で、今後はリアルとデジタルの両面展開を検討しながらWCSを進化させていきたいと意気込んでいた。
かつて名古屋で勤務していた筆者は14年に初めてWCSの存在を知った。国内外に熱狂的なファンが多くいる割には、ご当地・日本で一般的にはあまり知られていないイベントだったが、取材をしてみると、主催者たち以上に、日本を愛する外国人コスプレイヤーたちの熱量はものすごいものがあった。「日本には誇れるものがある」という思いで人生をWCSに捧げた小栗は今回のイベント終了時、感極まって男泣きした。「名古屋から日本・世界を元気に!」をキャッチフレーズに続けてきたWCSの運営会社の社員は10人に満たない。コスプレを通して日本の魅力を発信し続けるWCSのさらに進化したリアル開催を来年以降も見たいと思った。
◇
世界コスプレサミット実行委員会は8月5日、1日にあったオープニングセレモニー登壇者1人に新型コロナウイルス感染が判明したとして保健所などが調査した結果、催しの参加者や報道関係者の中に、濃厚接触が疑われる人はいないと発表した。