男性は、ベトナムのホーチミン近郊の出身。妻子の生活を支えるため、2019年10月に単身で来日した。旅行で来たことはなく、初めての日本だった。「日本を選んだのは、人が優しく、テクノロジーが発展したイメージがあったからです」
だが、岡山市内の建設会社で働き始めると、そのイメージは崩れ始めた。
1カ月ほど経ち、建設現場や社内で日本人の同僚から暴力を振るわれるようになったという。
「外国人で日本語が下手だったということだけで、仕事中も仕事の後も、バカにされ、毎日のように暴力が続きました」
暴行をしていたのは、主に日本人の同僚3人だったと訴える。ほうきで体をたたかれることに始まり、日に日にエスカレートしていったという。
けがも増えていき、2020年5月には、同僚に投げ渡された建設資材が口に当たって、歯が折れ、上唇が切れたと話す。
「上司から『勤務中のけがではなく、自転車に乗っている時に転んだことにしろ』と命令があった」といい、岡山市内の歯科医院の診断書にも「自転車で転んで歯を破折」などと記されている。
同じ年の11月には、同僚に安全靴で左胸を蹴られてろっ骨が3本折られたといい、この時にも、「病院に行く前に、会社の上司から『暴力をされたのではなく、階段から落ちたことにしろ。そうしないと、病院には連れて行かない』と言われた」と語った。
男性は、知人のアドバイスもあり、2021年6月に監理団体の岡山産業技術協同組合に相談した。だが、相談から1カ月後、建設現場で、先のとがった工具で足の裏を刺されたという。
その後、知人の紹介を受け、労働組合の福山ユニオンたんぽぽ(広島県福山市)に相談した。執行委員長の武藤貢さんは「パワハラの相談は多いが、そういうレベルではない。あまりのひどさに言葉を失いました」と振り返る。男性は、2021年10月に休職し、保護された。
男性が記者会見を開いて暴行されたと訴えたところ、大きな反響が広がった。古川禎久法務大臣も1月25日の記者会見で、監督機関の外国人技能実習機構(東京)が、建設会社や監理団体に対し、改善を講じるよう勧告した、と明らかにした。
その中で、古川大臣は次のように述べた。
「技能実習生に対する人権侵害行為は、決してあってはならず、入管庁に対して速やかに対応するよう指示した。入管庁などからは、全国の実習実施者及び監理団体に対して、人権侵害行為などが生じていないか、改めて確認するよう注意喚起を行った」
たんぽぽは現在、男性の「代理」として会社や組合と協議し、謝罪や慰謝料を求めている。たんぽぽによると、会社側は暴行の事実をおおむね認めているという。
GLOBE+編集部は、会社の代理人弁護士に取材を申し込んだが、回答は得られなかった。一方、岡山産業技術協同組合も「現在、話し合いの途中ですので、コメントは差し控えさせて頂きます」としている。
ベトナム人技能実習生の男性との主なやり取りは次の通り。
――来日前、日本にはどんなイメージがありましたか?
日本には旅行でも行ったことはありませんでしたが、とても良い国だと思っていました。テクノロジーが発展していて、伝統文化も豊かで、人は優しいといったイメージです。
――来日した理由は何でしょうか?
何より、苦しい家族の生活を支えるため、お金を稼ぐ必要がありました。また、仕事の経験を積み、技術を学びたいとも考えていました。来日のために貯金を崩し、100万円の借金もしました。
――なぜ建設会社を選んだのでしょうか?
私の年齢のせいもありますが、実習先の選択肢はほぼありませんでした。ベトナムの送り出し機関から「この会社は行きやすいから、行ってください」と言われ、決めました。
――暴行はいつごろ、どのように始まったのですか?
実習先での暴行は、来日から1カ月ほど経ったころ、始まりました。自分は日本語が下手で、同僚の言っていることが分からない。仕事のことについても、ちゃんと教えてもらえませんでした。
最初は、ほうきで腰をたたいたり、電話で頭を殴ったりされましたが、その後、どんどん暴力が激しくなっていきました。建設現場の騒音で同僚の指示が聞き取れず、聞き返すと、同僚に安全靴で左胸を蹴られ、ろっ骨が3本折れました。
いくら「痛い」と言っても、やめてくれることはありませんでした。同僚たちは、私の反応を楽しみ、ストレス発散のターゲットにしていたんだと思います。
――暴行で骨折した際、上司は適切に対応してくれたのでしょうか?
暴行の翌日に「痛いから病院に行きたい」と上司に訴えたのですが、「階段から落ちたことにしないと、病院に連れて行かない」と言われました。「誰かに骨折の理由を聞かれたら、暴力されたと言わず、階段から転んで落ちたと説明しなさい」と、具体的な内容も指示されました。
――暴行について外部に相談したのはいつごろでしょうか?
昨年6月に我慢できず、知人の勧めもあり、監理団体に相談しました。監理団体には「別の会社に行きたい」と頼みましたが、「会社の倒産など特別な理由がないと転職できない」と言われました。
一時的に暴行は収まったのですが、1カ月すると、建設現場で同僚から先のとがった工具で足の裏を2回刺されました。2回目に刺された時に、靴を貫通し、足の裏に傷ができました。もう監理団体に相談しても解決しないと思い、知人の紹介で福山ユニオンたんぽぽに相談しました。
――相談しづらいと感じたことはありましたか?
最初は相談せず我慢していました。もし相談したら、会社の人に嫌われ、退職・帰国せざる得なくなり、借金が返せなくなってしまうだろうと思ったからです。
仮に相談しても解決できないだろうとあきらめていたし、相談したことを同僚たちに知られれば、暴力がさらにひどくなると思っていました。怖かったです。
私から言い出せないのなら、誰かが、暴行を止めてくれると信じるしかなかったのです。
――日本の技能実習制度については、国内外で多くの問題点が指摘されています。
ある日、インターネットを見ていた時に、偶然、日本の技能実習制度が「現代の奴隷制度」とも指摘されていることを知り、驚きました。来日前は、送り出し機関や仲介業者から、そんな情報は聞かなかったので。「原則として転職ができない」ということも、今回トラブルが起きてから初めて知りました。
建築の知識の習得を期待していましたが、危険な仕事や大変な力仕事は、私たち外国人技能実習生がやらされることが多かったと思います。長時間労働もひどかったです。ベトナムで役立つようなことは学べませんでした。安全第一の意識は少し学べましたが、私自身は、大事にされませんでした。
――今後の予定を教えてください。
まだ先のことは分かりませんが、別の会社に行き、家族のために日本で仕事を続けたいです。借金はあと少しで返せるので、頑張ってお金を貯めて、近い将来、ベトナムの地元で、自分のお店を出せればうれしいです。
専門家「転職の自由奪う制度に問題」
これまで多数の外国人技能実習生らの相談に応じてきたNPO法人「POSSE(ポッセ)」(東京)の今野晴貴代表は次のように問題点を指摘する。
「そもそも、技能実習生は、例外を除いて転職が認めてもらえない弱い立場だ。監理団体に実習先の問題を訴え出ても、次の職場を紹介してもらえず、無理やり帰国させられるケースが相次いでいる。借金を抱える技能実習生たちが、リスクを背負ってまで訴え出ることは少なく、支援団体の後押しがなければ、泣き寝入りに終わることも多い。これは、転職の自由が奪われている構造自体に大きな問題があり、制度の限界が改めて露呈したと言えるだろう」