――技能実習制度をめぐっては色んな問題点がありますが、一方で、1993年の制度開始以来、改善された部分もあるかと思います。国務省が特に問題視しているのは何でしょうか。
簡単に言うと、現場の実態は、全然改善されてないという事です。確かに法改正を含めて制度が変わりました。それでも実習生をめぐる現場はよくなっていません。
彼らは多額の手数料を払って日本に来て、その多額の手数料を払うために多額の借金をし、日本に来た後もまずは借金を返すために働かなければいけない。
その上、制度上も一つの企業で技能実習をしなくてはなりません。会社が倒産したり、違反行為をしたりしたときは例外的にほかの受け入れ企業に移れますが原則、職場を変える自由がありません。これは憲法の職業移転の自由を否定する仕組みです。さらにはそれに対して事実上、文句を言ったり、抗議したりすることもできない。
低賃金やパワハラ、セクハラ問題も改善されない。逃げようとすれば結局、在留資格を失うような形で離脱せざるを得ない。そういう状況全般について、人身取引的な制度であるとか、人身取引の温床になっていると批判されているのです。
――2019年に特定技能の制度が導入されていますね。これについては今回、国務省は批判対象としていないのでしょうか。あくまで従来から続く技能実習制度について指摘されているのでしょうか。
そうです。
――様々な問題が生じる原因は一体どこにあるのでしょうか。法的なものなのでしょうか。例えば、この制度は、日本の労働力不足を安価な外国人の労働力で補うような仕組みだとずっと言われてきましたね。あるいは、制度に関わっている企業や斡旋組織が問題なのでしょうか。
原因は三つあると思っています。一つは、実態は労働力の確保であるのに「国際貢献」「技術移転」という虚偽の目的を掲げている点です。
二つ目は、「国際貢献」「技術移転」という目的を掲げているが故に起きている問題なのですが、技能実習生たちが職場を変える自由がないことです。
そして三つ目は、求人や求職をするブローカーが国境を越えて関わっており、仲介手数料という名目で実習生から多額のお金を取っている点です。まさに中間搾取です。
さらにひどいのは、その過程で様々な人権侵害の疑いがあるルールが設けられていることです。
例えば妊娠や出産を禁止されるとか、日本で労働組合に加入してはいけないとか。そういった悲惨な状況についてマスコミや労基署に話してもいけないとか。
社長に逆らってはいけない、意見を言ってはいけない、職場外の人と連絡を取ってはいけない、そんなケースもあります。
人権侵害的な内容で、国内ではありえないようなルールをベトナムやカンボジアや中国で約束させられ、契約書や念書を書かされることもあります。これは日本では違法ですが、その国では違法と言えないことも多く、難しさがあります。
こういった行為は、こともあろうに、制度として認められた実習生たちを日本に派遣する彼らの母国にある「送り出し機関」、さらには実習生らの受け入れ手続きなどをする日本側の「監理団体」によって引き起こされている実態があります。
送り出し団体も監理団体もひどいところが多く、それは制度が生み出していると思います。
この三つの点において制度自体が完全に破綻している、間違っているとしか言えません。私は廃止すべきだと考えています。
――その制度についてですが、例えば監理団体は届出制になったり、労基法が適用されるようになったりなど、改善もされてきました。それでも「抜け道」のようなものを見つける関係組織が巧妙なのか、それともやっぱり制度自体が問題なのか。どちらでしょうか。
制度自体が成り立ってないということです。必ず悪質なブローカーがはびこるような制度になっています。
もちろん、制度的に完璧に近いものができたとしても悪用する人はいるだろうし、それに対する民事的な救済、刑事的な処罰というのはどうしても必要になってくるでしょう。
これは日本の一般の労働問題でも同じです。この技能実習生という問題は、そういうレベルの話ではなくて、もう完全に制度が破綻していて、すでに挙げたような人権侵害が必然的に起こるような仕組みになっていると思います。
――制度をめぐって行政はもちろん、法案についても国会で政治家たちが議論してきたわけですよね。弁護士の指摘する「欠陥」については、議論当初はわかっていなかったのか、あるいは分かっていながら制度を作り上げていったのか、どちらでしょうか。
技能実習制度は、法律によらずに生まれているし、国会でもきちんと議論はされていません。
ただ、制度に関わっている政治家は、問題をわかっていると思いますね。分かっていても変えようとしてこなかった。ただそれは、例えば政治家が特定の利害関係のある団体からお金をもらっているからということではない。
そうではなく、外国人労働者の受け入れ制度というのは、そもそも人権侵害が起こりやすい分野なのです。これはどこの国でも苦労しています。
一方で、悪い制度を作ってもあまり文句を言われないわけです。なぜなら、まず当事者は文句を言えない。選挙権はもちろんないですし、それどころか「表現の自由」も保障されていないわけなので。我々のような支援者が代弁するしかないような状況です。
しかし、彼らの訴えは、我々支援者より先にいる一般市民には伝わってないような現状です。そんな状況ですから、問題がいくらあっても知らんぷりしていれば、注目されずにやり過ごせてしまう。
人権に配慮するよりも、とにかく安価な労働力の確保の方が大事だということなのでしょう。少なくとも技能実習制度で労働力が確保できているわけだから、それを続けるべきだと。行政も政治家もそっちが優先しているわけですね。
もちろん、ブローカーらの利益を政治的なルートで守っている、という面もゼロではないですが、基本的には、制度をいい加減に設計して、その結果、人権が侵害されても政権や官庁にとっては痛くもかゆくもないという状況が続いてきたのだと思います。
――安価な労働力確保のための制度に事実上なっていたわけですが、それを改めるためにできたのが特定技能制度です。この制度にも何か問題があると考えますか。
議論の出発点としては、技能実習制度がもうだめだから新たな制度を作ろうという方向だったと思うんです。
でも、やるのであれば技能実習制度を廃止した上で特定技能制度を始めるべきだったんですね。移行期として両制度が重なっている時期があることは認めるにしても、例えば2025年までには技能実習制度は廃止するといった形にすればよかったんです。
でもそうはならなかった。それどころか「地続き」の制度にしてしまったんです。つまり技能実習を終えた外国人は試験なしで特定技能に移れますという仕組みになってしまった。技能実習が「試用期間」、特定技能が「本採用」みたいなイメージです。
特定技能の制度でよかったのは、職場を移る自由を認めたことですね。特定技能に基づく「在留資格」を1号と2号の2種類設けたこともよかった。1号で日本にいられるのは5年が上限ですが、2号に移行すれば、そのままずっと働き続けることができます。
ただここには問題もあって、1号として指定されているのが14業種なのに対し、2号は2業種。非常に「狭い」制度になっている。
法案審議の過程では、2号をつぶせと言う声が与党内からずいぶんあったみたいで、そこは乗り切ったにせよ、実際に2号はしっかり機能していくのかとう問題があるわけです。
これはすなわち、労働力のマッチングがそもそも難しいという問題をあまり考えずに、制度を作ればたくさん人が来るだろうと勘違いしたのでしょう。でも実際には特定技能の労働者はたいして来ていないんですね。技能実習制度を廃止した上で特定技能制度を作ればもう少しましだったのでしょうが。
ブローカーを制度化しなかったのはよかったと思いますが、逆に言うと、ブローカーも労働力マッチングも「フリーハンド」で、何もない状態です。結局、例えば、ベトナムの労働者たちはわからないんですよ。どうやって特定技能を選ぶのか、どうやって試験を受ければいいのかとか。全然わからないんです。
本来なら、韓国の雇用許可制のように、例えばベトナムであれば、日本とベトナムが二国間協定を結び、両国間のハローワークのようなものを作って求人・求職をやればいいんですよ。そうすれば、中間にブローカーが入る余地はないわけです。
結局そういうことも取らなかった。すごく中途半端で、スタートでよい制度を作ろうという方向性はあったかもしれないけど、できたものは非常に不十分不完全なものだと思います。
――二国間でハローワークのようなものを作ればいいという話ですが、専門家が入った法案審議の過程でそのようなことはわからなかったんでしょうか。
諸外国の経験や知見をきちっと取り入れて議論をしてないですね。特に特定技能は秘密裏に検討されていきなり出てきたんですよね。厚労省は知らなかったらしいですね。
何度も言いますが、特定技能のスタートは、最初は自民党の外国人労働者の問題を扱うPT(プロジェクトチーム)があり、そこから議論が始まってるんですね。
当初の議論の方向性はそんなに悪くなかったと思いますが、結局あまりにも拙速に作ったこともあって、すごく中途半端なものになってしまったなと。残念ですね。まあ、今からでも改善できると思いますけどね。
推測ですが、法務省は雇用許可証制が大嫌いだと思うんです。なぜかと言うと、雇用許可制というのは厚労省の管轄になるんですね。ハローワークのような制度ですから。おそらく法務省としては、厚労省に口を出させるような制度を嫌がったんでしょうね。そう推測しています。
――技能実習制度を廃止した上で特定技能の制度を始めた方がよかったとおっしゃいましたね。でも実際にはそうならなかったのはなぜでしょうか。
やっぱり技能実習制度の「使い勝手」がいいのでしょう。受け入れ側、企業にとってね。特定技能制度がうまくいくかどうかわからないうちに、そうした状況を変えることに踏み切れなかったのでしょう。実際、特定技能の受け入れはうまくいってないですしね。
技能実習制度を廃止しなかったのも、そういうことを想定していたのだと思います。いずれにしろ、外国人労働者の受け入れ問題というのは、これまで抜本的で論理だった議論がなされてこなかった分野なんですよ。感情論に流れるんですね。外国人労働者を受け入れたら日本人の雇用がなくなるとか。
もっと政策的に今までの経緯と現状をしっかりと分析したり、諸外国の制度と比較したりして、今作るとしたらどんな制度がいいのかということを冷静に議論できた試しがないんですね。
法務省や入管当局もそういう形で問題を提起してこなかったし、もっと言うと、これは政府だけの責任ではなく、メディアや学者も含めてまともな議論はされてこなかったんです。
外国人労働者が国境を越えて働きに来るときには、ブローカーなどによる中間搾取や人権侵害が起きやすいし、その人たちに定住化することを認めるかどうかの問題も出てきます。私は認めるべきだと思っていますが、いずれにしろ、つまり、これはまさに移民政策についての議論なんですよ。
ところが元首相だった安倍晋三氏は、日本は移民政策を取らないと言い続けてきた。しかし日本はすでに移民国家であるし、移民政策も存在しているんです。それはとてもでたらめで無茶苦茶な移民政策です。
繰り返しますが、移民政策を取るとか取らないとか、それがあるとかないとかという話ではなくて、どういう移民政策にするかということが議論されるべきなんです。
日本はすでに移民国家であるし、少子高齢化の中で今後ますます移民国家になっていくでしょう。これはもう、動かしがたい事実です。
もちろん、人口の何パーセントまで移民を受け入れるのかというのは、冷静な議論が必要だとは思います。でも、そういう議論にならないんですね。この背景には、ゼノフォビア、つまり外国人嫌悪があると思います。
日本が島国だから元々そういう傾向があるんだという言説もあるんですが、僕はまったくそうは思いません。ゼノフォビアの一番の根源は政府だと思います。
――政府がそうプロパガンダしているということですか。
そうです。外国人を「敵視」するかのような政策です。つまり、不法滞在者が増えたら大変なことになるから、外国人をしっかり管理し、在留資格がなくなったのに帰らない場合は、その人を捕まえて強制送還させる、刃向かったら刑罰を課すべきだ、そういう政策です。
外国人を敵視し、管理する対象としか考えていなくて、仲間として受け入れて、一緒に国と社会を作っていく存在と見なしていないわけです。そういうことを政府、国の方から情報発信しています。そのことによって市民もかなり影響を受けていると思いますね。
先日廃案になった入管法改正案はまさに国のそうした姿勢の現れであり、改悪でしかない。
――政府がそういう姿勢だということはつまり、自民党がそういう考えだということですよね。
もちろん自民党内にそういう考えの強い人は多いと思いますが、やっぱり政府機関全体がそういう考えを持っていると思います。女性差別の問題やLGBTの問題に近いと思います。
でも、移住労働者というか、外国籍の住民がどんどん増えてきて、オーバーステイの人も含めると実質300万人を超えている状況の中で、特に若い人たちの意識は大きく変わってきていると思います。
だって同じクラスにたいてい外国籍の人がいるんですから。地域社会にもいるわけですよ。コンビニや居酒屋に行けばいますしね。大学生だったらクラスや同じサークルにいるわけです。
だから外国人は特殊な存在でも、まして敵でもなくて、普通の隣人であり、友人であり、職場の仲間であり、地域の仲間なんです。そのように意識が変化しつつある。
その一方で、日本社会ではヘイトスピーチ問題のような外国人に対する差別がまだまだたくさんある。
入管法改正案の問題もそうですが、外国人労働者に対する人権侵害、権利侵害がたくさんあることを若い人たちは知って、このままではいけないと行動を始めています。これが大きな変革の力になると思います。
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