――報告書の話に戻ります。ショックだったのが、報告書が人身売買だと指摘しているほかの事例は中国のウイグル弾圧など、国際的にも注目されている問題でした。しかも報告の主は同盟国であるアメリカです。アメリカの意図をどう理解したらいいのでしょうか。バイデン政権に変わったことが影響していますか。
いや、それはないでしょう。トランプ政権時代も結構厳しいことを言っていますからね。人身取引報告書というのは2000年に人身取引に関する立法があり、それを背景にして2001年から始まりました。ヒーローの選定が始まったのは2004年だったと思います。
こうした動きは、アメリカの市民運動による後押しがあったと聞いています。もっとさかのぼると、アメリカは奴隷制を廃止しましたが、現状、黒人差別はまだ残っています。それを市民と彼らの声を背景にした政府の力でなくしていこうというのが国の方針としてあります。
そしてそういう動きを、アメリカ国内だけでなく全世界で実現していこうと考えています。つまり、奴隷制につながる人身取引のない世界を作っていこうということですね。
これはアメリカが国として持っている理念だと思います。その基準から考えると、日本の技能実習制度は、あまりにもひどいと。同盟国であろうがなかろうが、やっぱりそこは言わなきゃいけないという判断があって、それで政権が変わっても一貫して厳しい意見を言い続けてきてるのだと思います。
――日本に対する報告書のインパクトはどういうことになりますか。
日本政府は例年この報告書をとても気にしていて、ある意味、報告書に呼応して法改正を積み重ねてきた面が強いと思います。
ただ、本気で改革しようということは一度もなかった。今回も本気で改革するつもりがあるとは思えません。
法務大臣が会見で「アメリカが独自に作成したものだから、何もコメントできません」みたいなことを言っていたようですけど、すごいショックを受けていると思いますね。でも、だからといって本気の改革につながるとは私は思っていません。
私はむしろ、日本の市民に対するメッセージだと受け止めています。一番この報告書を重く受け止めて、改革に向けて進まなければいけないのは、日本の市民ではないかと。
つまり、報告書をきっかけに、多くの日本の市民に技能実習生問題を知ってもらい、政府の姿勢を変えていくための大きなムーブメントを作っていかなければならない。また、そのためのチャンスでもある。
移住労働者というか外国籍の住民がどんどん増えてきて、オーバーステイ(超過滞在)の人も含めると、実質300万人を超えている状況の中で、市民の意識も大きく変わってきています。特に若い人ですね。
だって同じクラスにたいてい外国籍の人がいるんですから。地域社会にもいるわけです。コンビニに行けば居酒屋に行けばいますしね。大学生だったら同じクラスやサークルにもいる。
だから外国人は特殊な存在でも、まして敵でもなくて、普通の隣人であり、友人であり、職場の仲間だったり、地域の仲間だったり。人々の意識はそのように変化しつつあるんです。
だから外国人をすごく敵視したり、ゼノフォビア的な考えだったり、あるいは逆に外国人だから立派だと考えたりすることもどんどん減ってきています。
一方で、日本社会ではいまだにヘイトスピーチのような外国人差別がたくさんあって、外国人労働者に対する人権侵害や権利侵害、入管の収容をめぐる問題なども次々と起きてきて、それを知った若い人たちは、このままではいけないと思って行動を始めています。これが大きな変革の力になると思います。
――弁護士も精力的に取り組まれている入管をめぐる問題についてうかがいます。技能実習生問題と地続きの問題だと思うんですが、いかがでしょうか。
私は外国人労働者問題と入管問題について、当初はそれぞれ別の問題として取り組んできました。実際、弁護士の中で取り組んでいるメンバーは微妙に違います。近いのですが違う。両方やってる人は結構少ないです。そういう関係性にあるんですが、私の中でここ2 、3年は、一つの問題としてつながってきています。
さきほどのゼノフォビアの問題で触れましたが、結局、日本の国、政府が外国人を敵視するのか、それとも国籍は違っても一緒に日本社会を作っていく仲間と考えるのか、そういう意味では同一の問題だと考えるようになりました。
今回の入管法の改正法案がつぶれたことは驚いた人も多かったでしょうが、私はつぶれるだけの市民の動きが始まったとみています。もちろん、色んな偶然が重なってはいるのでしょうが、それでも、若い人たちの感覚の変化を土台にして、外国人問題を受け止める市民の感性が大きく変わったのだと思っています。
声を上げる人がどんどん増えていて、問題がどんどん可視化されてきています。メディアの役割も大きくて、今まで入管問題、特に被収容者の問題は本当に報道されなかったんですよ。
すごく警戒感が強くて、なかなか扱ってくれなかったんですね。「この人は犯罪をやってるからダメです」みたいな感じで。一点の曇りもないような、いい人だけが報道されました。それでも問題点はかなり削ぎ落とされ、控えめに報道するみたいな感じでした。
今回名古屋入管で亡くなったウィシュマさんの件や牛久入管で暴行を受けたデニズさんの件、ナイジェリア人のエリザベスさんの件では、色んな人たちが声を上げ、メディアもそれを伝えるようになってきました。
記者やディレクターの感覚が変わってきました。デスクやディレクターにすごく厳しく注文をつけられて、おっかなびっくり報道してみたら、読者や視聴者からたくさんの反響があって、第2弾、第3弾の報道ができるようなったと、現場の記者たちから聞きます。
市民の状況が変わってるからこそメディアが変わってくるわけなので、メディアを通じて情報が伝わることで、今までこの問題を全く知らなかった人が知るようになってきていると思います。
一方で、市民運動側もこれまで課題があったと思うんです。結局、市民運動側が、報道に値する情報をたくさん発信することができるかどうかというのが勝負でもあるんですよ。
当局の情報の方がメディアにとって面白いと感じれば、メディアはそっちの情報に傾くわけで。なので、市民運動の側はメディアと上手に連携すべきです。「新聞やテレビは大本営発表情報ばっかり書いてる」と愚痴を言ってもしょうがないんです。こちらから有効な情報発信をするのが大事だと思います。
――技能実習生問題に取り組んでいる「ヒーロー」は弁護士のほかにもいらっしゃるかと思いますがいかがでしょうか。
ヒーローの認定については、私がということではなく、この問題に取り組んでいるみんながヒーローズとして評価されたのだと受け止めています。私はその代表者にすぎません。
全国各地の労働組合やNGOが、電話やFacebookなどを通じて実習生からのSOSを受けて、夜を徹して、血のにじむような努力をして支援活動をしてきました。
我々弁護士の仲間たちも、外国人技能実習生弁護士連絡会という組織を作っています。170人ぐらいの会員が北海道から沖縄までいます。各地で事件が起こるたびに弁護士が動き、労働組合やNGOと連携して弁護活動をしたり、裁判にならないケースでも連携して支援したりしてきました。
まだまだ不十分ではありますが、そういう活動によってある程度、この技能実習生問題が可視化され、アメリカ国務省の人身取引報告書で毎年のように言及されるようになりました。
この問題で初めてヒーローに認定された日本人は2013年の鳥井一平さんです。2番目に私ということになりましたが、これは長い運動の一つの節目になるのではないかと思っています。