1. HOME
  2. World Now
  3. 「ママ、私は売られた」 女性が少ない中国へ、国際人身売買の闇

「ママ、私は売られた」 女性が少ない中国へ、国際人身売買の闇

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Nyo, 17, an ethnic Wa girl who became a victim of human trafficking, with the baby she was forced to carry, in Mong Yal, Myanmar, March 30, 2019. With women far outnumbered by men in China, some Chinese men are importing wives from neighboring countries, and using force to do so. (Minzayar Oo/The New York Times)
人身売買の被害者で、ミャンマーの少数民族「ワ」出身のニョ(17歳)と彼女の赤ちゃん=2019年3月30日、Minzayar Oo/©2019 The New York Times

彼女は、自分がどこにいるのか分からなかった。彼女は、その言葉を話せなかった。当時16歳だった。

その男は、彼女の夫だと言った。少なくとも(スマホの)翻訳アプリにはそうあり、彼女に体を押し付けてきた。彼女の名前はニョ。ミャンマーのシャン高原にある山村出身の少女で、妊娠するとどうなるのか、確かなことは知らなかった。だが、それは起きた。

生後9日の産毛の赤ちゃんは、間違いなく中国人に見える。「父親似だ」とニョは言い、「唇が同じ」と言った。

「中国人」。ニョは悪態をつくように付け加えた。

中国の「一人っ子」政策は、マルサスの悪夢(訳注=制限されなければ人口は幾何級数的に増加するが生活資源は算術級数的にしか増加せず、生活資源は必ず不足するとの説。英の人口学者トマス・マルサス<1766~1834>が唱えた)に向けた人口爆発を食い止めたとして指導者たちから礼賛された。ところが30年以上にわたり、中国では男子だけを持ちたいという家族がその思いを確実に実現するため、性別によって中絶などの方法を用いたことで何百万もの女子の誕生を阻んできた。

そうした男の子たちは今や大人になり、裸の枝と呼ばれる男になった。嫁不足で家系が途絶えてしまいかねないからだ。中国の人口統計によると、男女出生比の不均衡がピークに達した2004年は女子の出生100人に対し、男子は121人を数えた。

これに対処するために、中国の男性たちは近隣諸国から妻を迎え入れるようになった。時には無理やりにだ。

「花嫁売買は、ここシャン州ではとても一般的だ」とゾウミンタンは言う。シャン北部の町ラシオにある警察の人身売買阻止隊員だが、「でも、人身売買のことに本当に気づいている人はほんのわずかしかいない」と指摘する。

Ethnic Shan farmers work at a watermelon farm in a village on the outskirts of Lashio, Myanmar, March 30, 2019. With women far outnumbered by men in China, some Chinese men are importing wives from neighboring countries, and using force to do so. (Minzayar Oo/The New York Times)
ミャンマーのラシオ郊外の村で、スイカを育てるシャンの農民たち=Minzayar Oo/©2019 The New York Times。軍政時代、少数民族が中心のシャン州は分離独立などを掲げ、中央政府軍との内戦が長く続き、土地が荒廃、民情も荒れた

米ジョンズ・ホプキンス・ブルームバーグ公衆衛生大学院と(タイに拠点を置く女性人権NGOの)「タイ・カチン女性協会(KWAT)」による研究は、2013~17年の間、ミャンマー北部から中国のある一つの省だけでも計約2万1千人の成人女性や少女が無理やり結婚させられたとみている。

ミャンマー北東部のシャン高原にあるモンガイ地区の集落は小規模な軍の駐屯地で、兵士とその家族はほこりっぽい道に設けた金属屋根の小屋で暮らしている。

学校を昨年卒業したニョと同級生のピュ――2人とも未成年のため、ニックネームで呼ぶ――は、この退屈な駐屯地で得られる以上の何かがほしいと思った。

隣人のドーサンチー(訳注=ドーは既婚の女性につける敬称)は、もう一人の村人ドーニンワイの関係を通じて、ニョらに中国との国境でのウェートレスの仕事を2人に約束した。

ニンワイは村で一番立派でどこよりもしゃれた家を持っていたから、ウェートレスの仕事の提案には重みがあった。

「私たちは彼女たちのことを信用した」と現在17歳のピュは言う。

2018年7月の、ある早朝、モンガイに一台の小型トラックが来て少女たちを乗せた。ピュは山道で車に酔った。サンチーはピュに酔い止めの薬だとする錠剤を4粒渡した。1錠はピンク色で、あとの3錠は白色だった。

その後のピュの記憶はぼんやりしている。誰かが彼女の腕にも何かを注射した、と彼女は言う。その間に彼女を撮った写真を見ると、顔が腫れていて、目はうつろだ。

「今回のことが起きる前は、ピュは幸せそうで活発だった」と母親のドーエイウーは言う。「ところが、彼女たちが娘に記憶を奪い、性欲を刺激する何かを与えた。娘を殴った。娘はめちゃくちゃにされることに気づかなかった」

同じく現在17歳のニョは錠剤を飲むのを拒んだ。彼女の記憶はもっとはっきりしているが、同じく混乱がある。中国国境沿いのゲストハウスに立ち寄り、働くことになっていたレストランが大雨で閉鎖されたという話があった。ボートに乗り、さらに何度か車にも乗った。

10日以上かけて移動した後、レストランで働くという考えは遠ざかってしまった。ニョとピュは2度、逃げようとしたが、どこへ行けばいいのか分からなかった。人身売買業者はニョたちを捕まえ、部屋に閉じ込めた。スマホにシグナルは届かなかった。

中国語を話す男たちが会いにやって来た。ある男が少女を指さし、別の男はもう一人の少女に指を向けた。

「私は売られたことに気づいたけど、逃げられなかった」とピュは振り返る。

人身売買業者の一人はピュに、お前はラッキーだと言った。彼はピュに、男たちの中から(好きな男を)選ぶのを許したのだ。ピュは、太った男や年配の男を拒否した。彼女は泣きだしたが、業者は泣くのをやめるよう告げた。将来の夫にかわいく見えるようにするためだという。

「結婚したくないと言った」とピュ。「ウチに帰りたかった」

国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」が今年発表した報告書は、ミャンマーから中国への花嫁の人身売買を勢いづかせた要因を、次のように指摘している。「抜け穴だらけの国境や双方の司法機関の対応能力の欠如が、人身売買業者がのさばる環境を生み出した」

少女たちはいずれも国境を越えたという覚えがなく、(気づいたら)突然、中国内にいた。少女たちは離ればなれにさせられ、それぞれ夫となる男とペアを組まされた。ただし、少女たちが知る限り、婚姻書類には何も記入していない。列車に長時間乗せられ、最後は北京まで来たと思った。ピュを買ったのはユアン・フォンという男で、21歳だった。

その街にはたくさんの明るい照明やエスカレーターがあった。「建物はすごく高くて、てっぺんが見えなかった」とピュは語る。

ユアンは彼のスマホの翻訳機能を使って会話しようとしたが、ピュは話すのを拒んだ。彼女はテレビがある部屋に閉じ込められた。夕方になると彼がやって来て、ピュの腕に注射をし、無理やりセックスさせられたと彼女は言う。

「私は何も感じなかった」とピュ。「彼は酸っぱい臭いがした。彼はたばこを吸った」と語った。

ピュが言うには、最終的に彼女は幸せそうなふりをし、注射を打たれなくなった。2人はショッピングセンターに出かけたが、ユアンはどこまでも付いてきて、トイレにさえ追いかけてきた。ユアンの姉妹とその小さな子どもたちも一緒に遊園地に行ったこともあった。ユアンは乗り物に乗ったが、ピュは乗らなかった。

ピュは中国語の成句をいくつか学んだ。「『ブクラー(不哭了)』は泣くなという意味だ」と彼女。

ピュは夫のスマホのパスワードを覚え、彼が酒に酔って帰宅した夜、通信アプリを使って母親に電話をかけた。

「娘の顔を見られてうれしかったけど、あの子のようには見えなかった」と母親のエイウーは振り返る。「娘は、『ママ、私は売られたの』と言っていた」

一方、ニョは中国のどこに連れていかれたのかはっきりしなかったが、その場所を特定しようと考えた。最初、夫のカオ・チーも彼女を部屋に閉じ込めた。その部屋ではインターネットができなかった。殴られた、ともニョは言う。

The father of Nyo, an ethnic Wa girl who became a victim of human trafficking, holds a picture of the accused broker Daw Hnin Wai who has been fleeing at large with a police warrant, in Mong Yal, Myanmar, March 30, 2019. With women far outnumbered by men in China, some Chinese men are importing wives from neighboring countries, and using force to do so. (Minzayar Oo/The New York Times)
人身売買業者の一人とされ、逃走中のドーニンワイの写真を持つニョの父親=Minzayar Oo/©2019 The New York Times

しかし、日が経つにつれ、彼はニョを信頼するようになり、中国版のLINE「WeChat(微信)」などソーシャルメディアを使わせてくれた。

同居しているカオの母親は、ニョが子どもを産むには痩せすぎていることにやきもきしていた。母親は、外国人である義理の娘の体力強化にコメがゆや小麦の太麺、蒸しパンなどをつくった。

「彼女はいつも食べるという意味の中国語を使って、『チー、チー(吃、吃=食べろ、食べろ)』と言っていた」とニョは振り返った。

ニョは自分が持っていたスマホを使って、その居場所がどこかを特定できる対象をひそかに写真に撮った。カオのスクーターの後部の車道、家族の車のナンバープレート、彼らが住む2階建て家屋の入り口などだ。ニョは動画や静止画にそれぞれ位置情報を記録した。

その場所は、中国中央部の平原に位置する河南省項城市だった。河南省は中国で最も人口が多い省の一つだ。ミャンマーの人口の2倍に当たる1億人を抱える。

2005年の国勢調査によると、河南省は男女比の開きも最大の省の一つで、女子100人に対し男子は142人(しかし、女の子の場合は当局に届けないケースもあるため、実際の男女比の開きはもっと小さい可能性がある。中国は現在、人口制御規制を緩めている)。

河南省項城市の周辺地域には女性の人身売買の歴史がある。河南の報道メディアによると、今年はミャンマーからの女性3人、ベトナムからの女性1人が救出された。

ピュがいた場所も、北京ではなく項城市だったことが判明した。ミャンマーの寒村出身の少女からみれば、項城市でも立派な大都市である。

住まいも大きかった、とニョは言う。カオがニョを無理やり押し倒す時に彼女が叫び声をあげても、カオの親には聞こえないほど広い家だった。

「私は、カオが金持ちだと思った」とニョ。「だって、そうでなければ、妻を買ったり、そうした大きな家を持てたりしないだろうから」

実際には、人身売買の女性を妻として買うような男は貧しい方の中国人だ。それでも、かなりのカネを払わなければならない。ニョの事件を追ったシャン州の警察幹部ミョゾウウィンによると、ニョの場合は2万6千ドルで売られた。

ミョゾウウィンは、中国に売られて性の奴隷になっていた少女たちの救出を支援するあるシャンの女性を通じ、カオのWeChatのアカウントで、ニョのきょうだいを装ってニョと連絡を取り始めた。

中国当局とも連絡を取り合ったミョゾウウィンが、動いた。カオは疑心を抱き、ミョゾウウィンに何者なのかと聞いた。ミョゾウウィンは英語で、「警察だ」と一言。

少女たちが河南省項城市に連れてこられて2カ月後、中国の警察が少女たちそれぞれの夫の家に踏み込んだ。

項城市警察の広報官ニウ・ティエンホイによると、ユアンもカオも法律に基づいて少なくとも30日間、身柄を拘束された。

「夫たちの家族はいずれも、たいそうなカネをつぎ込んだうえ、嫁を失ったと怒っている」。ニウは、そう話していた。

中国人のチャオ・モウモウが2人の少女を無理やり性的奴隷にしたとして逮捕された。

一方、ニョとピュが自分たちを誘拐したと言っている隣人のサンチーは現在、ラシオの刑務所に入っている。地元の人身売買業者とされるもう1人の女ニンワイは逃走中だ。(抄訳)

(Hannah Beech)©2019 The New York Times

ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから

■【合わせて読みたい】