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吉野家が就活生「拒否」で炎上、容姿や名前で「外国人」と判断する日本社会の危うさ

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 
吉野家の店舗=東京都千代田区、朝日新聞社

先日、大手牛丼チェーン「吉野家」がソーシャルメディアなどで「炎上」しました。発端は53日に就職活動中の学生Aさんが、吉野家からのメールのスクリーンショットを投稿したことでした。

同社はメールの中で、外国籍の人は就労ビザの取得が難しく、たとえ内定が出ても入社できない可能性もあるため、Aさんの同社の会社説明会への参加をキャンセルする旨を伝えました。しかし、Aさんが外国籍だというのは吉野家側の勘違いであり、Aさんは実際には日本国籍です。

詳しくは後述しますが、日本以外に外国にルーツのある人が「日本国籍なのに、外国籍だと勘違いされる」ことは日本で頻繁に起きており、吉野家だけの問題ではありません。今回はその背景について考えてみたいと思います。

日本で初対面の人に対して筆者が「母が日本人で、父がドイツ人です」と自己紹介をすると、「あ、ドイツの方なんですね」と返されることがよくあります。一見、自然なリアクションかのように思えますが、実は筆者はこれがちょっぴり不満なのです。

厳密にいうと「ドイツにルーツがある」というよりも「ドイツにルーツがある」からです。ドイツにもルーツがありますが、日本にもルーツがあります。そのため筆者は「ドイツにルーツがある」ではなく「ドイツにルーツがある」というふうに、このにこだわっています。

相手に「あ、ドイツの方なんですね」と言われると、筆者はすかさず「はい、日本とドイツです」と言い直します。

世間では「日本と外国の両方にルーツを持っている人」について、「外国の人である」と捉えがちです。もしかしたら人間は「自分とは異なる部分」が目に留まるからなのかもしれません。しかし筆者は自分の中の「日本」の部分は譲れませんので、しつこいようですが「ドイツと日本です」と言い直すわけです。

いま日本では、吉野家の会社説明会に参加しようとしたハーフのAさんのように「外国にルーツのある日本人」つまり「ハーフ」が増えているのに、世間で「外国にルーツのある人は日本人ではない」と早合点する人が多いのは大きな問題です。

昨年7月に都内のホテルが、宿泊客が使用するエレベーターについて、「日本人用」と「外国人用」に分けたことが差別的だとして問題になりました。

ホテルはコロナ対策の一環でそのような規則を設けたわけですが、ウイルス対策をするのであれば、「過去何日以内に海外から帰国した方」と「過去何日以内に海外渡航歴がない方」というふうに分けるべきでした。

さらに問題なのは「エレベーターに乗る人が日本人であるか、外国人であるか」という判断基準が「客の容姿」であることです。

日本人に見えれば日本人と判断され、外国人に見えれば外国人と判断されてしまうわけです。しかし、世の中にはプロテニス選手の大坂なおみさんのように「一般的な日本人の容姿をしていなくても日本国籍である」人もいます。逆に北米や南米の日系人のなかには「容姿は日本人風だけれど、外国籍」という人もいます。今は「見た目で外国人であるか否かを判断する」のは時代にそぐわないのです。

今回の吉野家のケースでは、就活中のハーフの学生Aさんは写真を提出していませんでした。でも会社説明会の予約のために自らの「外国風の名字」を入力した際、吉野家に「外国人」だと判断されてしまいました。(Aさんは海外出身の父親の名字を名乗っていて、名前もカタカナ表記でした)

応募者が外国籍であるか否かの判断基準について、吉野家は「氏名 住所 学校などの情報から総合的に判断しています」としています。

しかし、「氏名や住所、学校名から応募者が外国籍であるか日本国籍であるかどうかを判断できるはず」という考え方は間違っていると筆者は考えます。

今回問題になったAさんのように、氏名が外国風であっても日本国籍の人はいますし、日本国籍の人が外国の学校や大学、または日本国内のインターナショナルスクールに通う場合もあります。

会社が応募者の国籍を確認する唯一の方法は「本人に確認すること」であり、会社として「学校名などから総合的に判断する」というのは筆者の立場からすると許しがたいものです。

今回の吉野家の件はメディアで広く話題になりました。筆者は学生Aさんがせざるを得なかった経験について気の毒に思うと同時に、「日本国籍のハーフが、会社側に勝手に外国籍だと判断された」ことについて、正直あまり驚いていません。なぜならば、こういった経験はまさに「ハーフあるある」だからです。

筆者が数年前に金融機関で口座を作ろうとした時のことです。容姿が明らかに外国人風である筆者は、日本のパスポートを持参し、いわば「準備は万全」の状態で金融機関の窓口に向かいました。

ところが窓口の女性は筆者が見せている日本のパスポートには目もくれず、筆者の(外国人風の)顔を見つめながら、こう言いました。「最近は口座を作って、その口座を売り飛ばしちゃう人がいるのよね」

実際の国籍よりも、「容姿が外国人風であるか否か」で判断していたわけです。

もちろん外国籍であったら差別してよいということではありません。しかし実際には日本国籍であるにもかかわらず、またその証拠となるパスポートを持参しているにもかかわらず、目の前に差し出されたそれ(パスポート)に目をくれず、相手の容姿をもってその人が外国人であるか否かを判断するというのは、「やってはいけないこと」だと考えます。

外国にルーツを持つ人(たとえばハーフ)は、日本国籍を持っているにもかかわらず、日本で日常生活を送るなかで「日本人」として扱われないことが少なくありません。

吉野家は今回のケースについて、59日に学生Aさんにメール及び電話で謝罪をしています(202259日放送のTBSnews23」より)。

今更ながらですが、今回のケースの要点は「日本国籍である人が、相手の勘違いによって外国籍だと判断されてしまった」ことです。

ところが、本件にまつわるツイッターを含むソーシャルメディアの投稿を読むと、何が問題だったのかを理解せずに「企業が日本国籍者を優先するのは当たり前」といった旨の「意見」も多くみられました。

これにまつわる弁護士の堀新(ほりしん)さんツイートのが興味深いです。

今回の問題に関する互い(吉野家、ハーフの学生、世間)の「かみ合わなさ」が分かりすく書かれています。それにしても、「外国」の要素が絡んだだけで、なぜこうも「勘違いをする人」が多いのでしょうか。

外国にルーツのある「ハーフ」は周囲から「ハーフだなんて、うらやましい」と言われがちです。「日本でもハーフの子供が増えているよね」「芸能界にもハーフが多いよね」「二つの国にルーツがあるなんてうらやましい」――ハーフがよくかけられる言葉です。きっと社交辞令の場合もあるのでしょうし、発言者に悪気はないのだと思います。けれど、人生を左右する「就職」という場面で、冒頭のような差別の被害に遭いやすいのもまたハーフなのです。

いくら日本にハーフの人が増えても、世間が彼らを即「外国人」「外国籍」と早合点してしまうようでは、日本が多様な社会になったとはいえません。「外国にルーツのある日本人もいる」という事実が世間と企業に広く浸透しないと本当の意味で多様な社会とはいえないのではないでしょうか。