貼り紙の写真はインターネット上で瞬く間に拡散され、日本メディアだけでなく、海外のメディアも報じました。
例えばドイツのFrankfurter Allgemeine紙は「Keine Ausländer!」(「外国人お断り!」の意味)のタイトルでこの件を伝えています。
ホテルのエレベーターには「日本人専用」「外国人専用」と掲示されていましたが、「何をもって日本人とするのか」「何をもって外国人とするのか」ということがはっきりしません。
たとえば筆者のように日本人と外国人の間に生まれた人はどちらのエレベーターに乗ったらよいのか。判断基準が「見た目」なのか、実際に有している「国籍」なのか。
もし後者であれば「外国人風の容姿だけれど、日本国籍を持っている人」はエレベーターに乗る際、周囲にいる人全員に日本のパスポートを見せながら日本人用エレベーターに乗らないとあらぬ誤解を招くかもしれません。
今回の問題に限らない事ですが、日本で「外国人」「日本人」という言葉が使われる時、それが「国籍を指すのか」「見た目を指すのか」よく分からないことがよくあります。
ホテルに貼り紙をした人たちもよく分かっていないまま貼り紙を掲示してしまったのだと想像します。
このエレベーターの話を聞いた時、筆者は1999年の北海道小樽の「温泉騒動」を思い出しました。泥酔したロシア人の船員による入浴を防止するため、ある温泉が「入店は日本人のみ」としたのです。
しかし、人種を理由に入浴を拒否するのは人種差別撤廃条約に違反するとして、同店で入浴拒否をされたアメリカ人の有道出人氏(2000年に日本に帰化)とケネス・リー・サザランド氏、ドイツ人のオラフ・カルトハウス氏の3人が、温泉の運営会社と小樽市に600万円の損害賠償と謝罪広告を求めて提訴しました。
札幌地方裁判所は2002年11月、「外国人あるいは外国人に見える者の入浴を一律に拒否するのは人種差別に当たる」と認定。運営会社に対し、原告3名にそれぞれ100万円(計300万円)の賠償支払いを命じ、控訴審もこれを支持して確定しました。
一方で小樽市の責任については、原告側が求めた「人種差別を禁止する条例を制定するなどの具体的な義務」は最高裁でも認められませんでした。
当時、日本には「元々は泥酔するロシア人が悪いのだから温泉が可哀想」という声も多くありました。
しかし「外国人であるロシア人の一部の船員が起こした問題」を理由に「外国人一律を入浴禁止」としたことはやはり人種差別だと言えるでしょう。
有道出人さんは2000年に日本国籍を取得した後に同温泉を訪れた際にも入店を拒否されています。
「外国人だから」「外国籍だから」という理由で入浴を拒否するのが差別的なのはもちろんですが、同温泉が日本国籍を持つ人をも「容姿が外国人風だから」という理由で入店を拒否していることが明らかになったわけです。
有道出人氏には日本人の妻との間に2人の娘がいますが、同氏が娘たちを連れて前述の温泉を訪れたところ、「母親似で日本人風の容姿」の娘のみが入店及び入浴を許され、「父親似の白人風の容姿」の娘は入店及び入浴を許されませんでした。
ところで筆者は白人風の見た目であるため、コロナ禍になる前、都内で道を歩いていると、取材中のテレビ局の人に声をかけられることがよくありました。「日本で気に入った観光スポットを教えてください」「日本の好きな食べ物はなんですか」などと聞かれたものです。
でも声をかけられるたびに「すみません、日本に住んで20年です。観光客ではないので…」と断っていました。
テレビ局のニュースや情報番組では「街を歩く普通の主婦」に意見を聞くこともよくあることから、筆者は「いつか日本人の普通の主婦として意見を聞かれないかな」と淡い期待を抱き、首を長くして待っているのですが、今に至るまで「日本人の主婦」として声をかけられたことはありません。
五輪開催に向けて新型コロナウイルスの感染予防のために、赤坂エクセルホテル東急は大会組織員会の指針を踏まえた上で「日本人専用」「外国人専用」の貼り紙をしたと釈明しました。
しかし世の中は多様です。「日本に住む五輪関係者ではない外国人」もいれば「五輪のために日本に来た海外在住の日本人」もいます。
それに加えて日本に帰化した白人や黒人、日本人と容姿が似ている東アジア出身の外国人、米国や南米の日系の外国人、筆者のように「ハーフ」の日本人などなど、今の時代は「日本人」VS「外国人」と簡単に分けることなんてできないほど多様です。
「外国人はみんな五輪関係者のはず」「日本人か外国人かは見た目でわかるはず」という考え方そのものが間違っています。
多少まわりくどい言い回しになったとしても、新型コロナウイルス感染予防の観点から言えば、貼り紙は「過去何日以内に日本に入国された方」とするべきで、「外国人」「日本人」という言葉を安易に出すことは避けるべきでした。
「外国人」「日本人」という言葉を用いなくても「五輪関係者専用」「一般専用」と表記し「感染予防のためにご理解願います」と追記すれば、誰が見ても貼り紙が感染を予防するためのものだと分かるはずです。
「つり目」されても怒りピンぼけ
人種差別的な行為が日本だけの問題かというとそうではありません。
今年6月1日にイタリアで開催されたFIVB女子バレーボール・ネイションズリーグの試合では、セルビア代表のサンヤ・ジュルジェヴィッチ選手が対戦相手のタイ人選手に対して、アジア人を侮辱する「目尻を指で横に引っ張るつり目ポーズ」をし、米ドル換算で2万2000ドル(約240万円)の罰金を科せられるとともに、出場停止2試合の処分を受けました。
แรงมาก Sanja Djurdjevic ลิเบอโร่ทีมเซอร์เบียดึงตาตี่ระหว่างแข่งกับทีมไทย Recist นะ มันเกิดขึ้นหลังจากที่เล่นแรลลี่กัน แล้วพี่หน่องผลักบอลไปแบบฟาวล์มั้ง นางก็ทำแบบนี้อะนะ… อาทิตย์ก่อนกุเพิ่งอวยยศลิเบอโร่คนนี้ไป โอ้เนาะ รู้สึกไม่ดีที่จะเชียร์ทีมเซอร์เบียต่อเลยเนี่ยกุ แย่อะ 🥲 pic.twitter.com/85lh4Rjsfa
— เฉก Tokyo2020 🏐🇹🇷 (@5h4k3) June 1, 2021
バレーボールのセルビア代表の差別的行為は今回が初めてではありません。4年前の2017年にも同国のバレーボール代表選手たちは日本で開催の世界選手権の出場を決めたチームの集合写真に「全員がつり目ポーズをして」おさまっています。この写真は当時なんと国際バレーボール連盟(FIVB)の公式ツイッターアカウントに掲載されました。
当然ながら批判が相次いだわけですが、4年後の今年もセルビア女子バレーボール選手が再度似たような騒動を起こしてしまったところにアジア人差別への根深さを感じます。
このようなことが繰り返し起きる背景には、日頃からアジア人を「目の形や容姿を公の場でからかっても良い存在」だと見なしていることが明らかです。
筆者の母は日本人ですが、筆者が子供だった40年前にもドイツの公園などでこの「つり目ポーズ」のイジメを行う子がいました。40年たった今もこのポーズがなくなっていないのは大きな問題です。
この「つり目ポーズ」には「やーい、中国人!」という、からかう言葉が伴うことが少なくありません。もどかしいのは、これを言われた一部の日本人が「私は/僕は中国人ではありません!」という形で怒りをあらわにしていることです。
どうも「怒りのポイント」が「中国人に間違われたこと」らしいのです。でも考えてみれば、悪いのはあくまでも「つり目ポーズをする人」です。この仕草をする人はアジア人全体を低く見ているわけですから、そういった価値観と闘うことのほうが大事だといえるでしょう。
ところが「つり目ポーズ」について、日本のSNSでは「誰々さんはアジア人だけれど目が大きいから、つり目ポーズをされるのが不思議」だとか「アイプチを使えば、目が大きくなるので、つり目ポーズはされないはず」などのどこかトンチンカンな意見を見ることがあります。
しつこいようですが、いじめる側は「アジア人を低く見ているからチャンスを狙ってアジア人をいじめている」わけで「アイプチ」や「目の大きさ」が云々…といった類のことを議論するのは無意味だと言わざるを得ません。
実は筆者は何年も前から「2020年東京オリンピック」の開催についてちょっぴり複雑な感情を抱いていました。
というのも、オリンピック期間中に多くの外国人五輪関係者や外国人観光客が来日すると「外国人風の見た目ではあるけれど日本に長く住んでいる」筆者のような人は前述の路上インタビューのように「以前にも増して観光客扱いされてしまうのではないか」と懸念していたからです。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、外国人観光客が大量に来日することはありませんでした。
しかし五輪の開催に伴い、「外国人の見た目をした人は五輪関係者に違いない」と早合点をしてしまう人がいることは冒頭のホテルの騒動を見ても明らです。筆者の懸念はあながち間違っていなかった…と思うのでした。
悪気なく「あの人は外国人」「あの人は日本人」と決めつける「思考の癖」のようなものを直すことがオリンピックよりも先に「やるべきこと」なのではないでしょうか。