10年前に起きた北朝鮮軍機の異常行動
北朝鮮軍の狙いがどうであったかはともかく、2013年4月12日に起きた事態が異常だったことには間違いないようだ。
政府関係者らの証言によれば、この日、航空自衛隊のレーダーは北朝鮮の日本海側の基地から発進した複数の機影を捉えていた。
従来のパターンにない行動で、北朝鮮機はほぼ一直線に日本の北陸地方を目指して南下した。当時、航空自衛隊小松基地からF15戦闘機2機がスクランブル発進した。
果たして2機のF15だけで十分対応できるのか。百里や三沢からさらに戦闘機を発進させるべきなのか。北朝鮮軍機であれば、果たして自衛隊の警告を聞き入れるのか。北朝鮮軍機が攻撃してこない場合、正当防衛の要件を満たせずに、そのまま領空侵犯を許してしまうかもしれない。短い時間だったが、当時の関係者らの脳裏には様々な考えが浮かんだという。
日本政府と自衛隊が対応方針を詰められないなか、北朝鮮軍機は突然、機首を北に反転させた。結局、日本への領空侵犯という事態は避けられ、F15と北朝鮮軍機の接触も起きなかった。
一方、北朝鮮関係筋によれば、発進したのは北朝鮮空軍477部隊に所属するミグ23戦闘機11機だった。目標は在日米軍横須賀基地。ミグ23の航続距離は2千キロ足らずで、帰還を期しない自爆攻撃だとされた。
確かに当時も、北朝鮮は猛り狂っていた。2013年2月、北朝鮮が3回目の核実験に踏み切った。米韓は3月11日から合同軍事演習を始めた。米B52爆撃機などが参加し、強硬な姿勢を示した。
これに対し、金正恩第1書記(現総書記)が3月29日、米軍基地をいつでも攻撃できるよう「射撃待機状態」に入るよう指示した。北朝鮮は4月初めには、中距離弾道ミサイル「ムスダン」を日本海側に移動させ、米軍もイージス艦を朝鮮半島近海に派遣した。4月7日には、日本がミサイル発射に備えて破壊措置命令を出し、イージス艦と地対空誘導弾PAC3を各地に展開していた。
北朝鮮関係筋によれば、金正恩氏は、北朝鮮のミサイルが迎撃された場合、横須賀の米軍と海上自衛隊の艦船を攻撃するよう命じた。477部隊のパイロットたちは金正恩氏に「我々は将軍星の周りを回る小さな星になる」という誓願文を出し、出撃した。
ミグ23は日本に向かう途中、突然引き返した。北朝鮮関係筋は「ミサイルが無事発射され、日米による迎撃もなかったということで引き返した」と語るが、北朝鮮が2013年4月12日にミサイルを発射した記録はない。
北朝鮮は1年前の2012年4月13日には人工衛星運搬ロケットと称する長距離弾道ミサイルを発射したが、失敗して爆発している。あるいは、金正恩政権が「脅しの効果が十分あった」と判断して、反転を指示したのかもしれない。
当時、「謎の反転」をした後、1機のミグ23は海面に墜落し、パイロットが死亡した。477部隊の基地には、当時の作戦を記念し、ミグ23が飛行する様子を刻んだ記念碑がある。殉職した北朝鮮軍パイロットの家族は終生、国の保護を受けることになったという。
金与正氏の談話のように、北朝鮮は10年前とまったく変わっていない。3月9日には、弾道ミサイル6発を同時に発射してみせた。日本政府関係者は「まだ、米韓合同軍事演習が始まっていない段階での行動に過ぎない。これから、更に激しい挑発がありうる」と語る。
北朝鮮は2月、固体燃料を使うICBMを公開している。能力を証明するため、一刻も早く発射実験に踏みきりたいところだろう。あるいは、金正恩氏が開発を命じた情報衛星を打ち上げるための、衛星運搬ロケットと称するICBMを打ち上げる可能性も十分ある。与正氏が宣戦布告の条件として「ICBMの撃墜」を挙げたこととも符号する。与正氏の談話は「北朝鮮は近く、ICBMを発射する」と示唆する狙いがあるのだろう。
日米も北朝鮮がICBMを打ち上げる以上、誤って墜落したり、部品が落下したりする事態に備えた破壊命令を出すことは十分ありうる。その場合、北朝鮮はミグ23の再出撃を命じるのだろうか。
米軍、過去に何度も軍事行動を計画
北朝鮮の行動の特徴のひとつに「自殺行為は絶対にしない」というものがある。米軍は過去、何度も北朝鮮への軍事行動を計画したことがあった。北朝鮮はそのたびに、遺憾の意を表明したり、緊急協議に応じたりして、緊張緩和に動いた。
ただ、日米韓から「北朝鮮はどうせ、最後の一線は越えない」と見透かされては、脅しの意味はなくなる。ミグ23の飛来のような行動を改めて考えているのかもしれない。もちろん、それは危機を呼び、場合によっては北朝鮮の自滅につながるかもしれない。米国防総省は昨年10月に公表した「核態勢の見直し(NPR)」で、北朝鮮が米国やその同盟国などに核攻撃を行った場合、「金正恩政権の終わり」につながると指摘した。
与正氏の談話は「米国と南朝鮮(韓国)は、情勢をこれ以上悪化させる言動を慎むべきであろう」という言葉で終わった。これこそ、北朝鮮が自ら反芻すべき言葉だろう。