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金正恩氏の娘めぐる動静報道、異例の5回目 中央に座る写真も…親ばか?深謀遠慮?

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
2月7日、娘と共に朝鮮人民軍創建75周年記念宴会に参加する金正恩朝鮮労働党総書記
2月7日、娘と共に朝鮮人民軍創建75周年記念宴会に参加する金正恩朝鮮労働党総書記。朝鮮中央通信が伝えた=朝鮮通信

最高権力者ばりに中央に座る姿も

2月8日付の労働新聞は、金正恩氏の動静を伝える計13枚の写真を報道した。うち、10枚にキム・ジュエ氏が写っていた。李雪主氏の8枚よりも多い。キム・ジュエ氏と正恩氏の「ツーショット写真」があったほか、将官たちと一緒に撮った写真では、金正恩氏を脇に押しのけて中央に座った。

2月7日、朝鮮人民軍創建75周年記念宴会に参加した軍幹部と李雪主夫人、娘と共に記念写真に納まる金正恩朝鮮労働党総書記
2月7日、朝鮮人民軍創建75周年記念宴会に参加した軍幹部と李雪主夫人、娘と共に記念写真に納まる金正恩朝鮮労働党総書記。朝鮮中央通信が伝えた=朝鮮通信

北朝鮮は、最高指導者の権威に異常に神経を配る。写真の構図では、演出上の効果を別にすれば、基本的に最高指導者を中心に据える。北朝鮮では「最高指導者以外は、皆平等」という言葉がある。社会主義をうたっているからだ。北朝鮮軍の将官はもちろん、最高指導者すら脇にどけてしまうキム・ジュエ氏の写真をみて、北朝鮮の一般市民たちは混乱するだろう。

キム・ジュエ氏が登場したのは、昨年11月18日の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星砲17」の発射実験、朝鮮中央通信が同月27日に報道した「火星砲17」関係者らとの記念写真、朝鮮中央テレビが今年1月、昨年末の党中央委員会総会を報道する映像で金正恩氏と一緒にミサイル工場を訪問する写真を紹介したのに次いで4度目だ。

2022年11月18日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を娘と共に視察する金正恩総書記
2022年11月18日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を娘と共に視察する金正恩総書記(右)。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

表現、次第に変化

北朝鮮は、何の説明も加えなかった中央テレビの報道以外、キム・ジュエ氏について「お子様」として伝えたが、興味深いのはその表現が刻刻と変わっている点だ。

最初は「愛するお子様」、2度目は「尊貴なお子様」、そして今回は「尊敬するお子様」だった。労働党元幹部によれば、北朝鮮には指導者の動静や「政論」といった主張を書く、専門のライター集団がいる。

それぞれが、最高指導者から高い評価を受けるために、競い合っている。過去、日朝の秘密交渉に同席した朝鮮労働党統一戦線部の金聖恵統一戦略室長(当時)も、元々は同部傘下で働くライターの一人だった。金聖恵氏の表現力を、当時の金英哲統一戦線部長が高く評価して、統一戦略室長に昇進させたと言われる。

このうち、「尊貴な」は、かつて、金正恩氏の祖母、金正淑氏について使われた形容詞だという。金正淑氏は、金日成主席、金正日総書記と並ぶ「白頭山三大将軍」と呼ばれる。キム・ジュエ氏を金正淑氏と同列に扱うことで、金正恩氏の歓心を買ったのだろう。最高指導者の動静に関する記事は、当然、最高指導者が目を通し、決裁をするからだ。

2月7日、朝鮮人民軍創建75周年記念宴会に参加した軍幹部と李雪主夫人、娘と共に記念写真に納まる金正恩朝鮮労働党総書記
2月7日、朝鮮人民軍創建75周年記念宴会に参加した軍幹部と李雪主夫人、娘と共に記念写真に納まる金正恩朝鮮労働党総書記。朝鮮中央通信が伝えた=朝鮮通信

ただ、「尊貴な」という余り聞き慣れない言葉が、単なる忠誠心競争から生み出された表現に過ぎず、特別な意味がないことも明らかだ。朝鮮中央通信の英語版をみれば、最初の「愛するお子様」と2番目の「尊貴なお子様」は、英語版では同じ「beloved daughter」だった。自ら、「尊貴な」に特別な意味がないことを自白した格好だ。

だが、今回の「尊敬するお子様」は、やや趣が異なる。「尊敬する」という形容詞は、最高指導者に対してもしばしば用いられる形容詞だからだ。北朝鮮では現在、金正恩氏だけに使う形容詞として「敬愛する金正恩同志」を使っている。

2月8日の報道も同じだった。「尊敬する」は、「尊敬する老兵同志」「尊敬する習近平主席」といったように、金正恩氏だけに限った形容詞ではないが、「尊敬する金正恩同志」として表現されることもある。明らかに、「形容詞のインフレーション」現象が起きている。

妻は格下扱い?

また、今回の報道で興味深いのは、母親である李雪主氏の扱いだ。写真を見る限り、李雪主氏はキム・ジュエ氏よりも格下の扱いになっている。これは、李雪主氏が中心になって閨閥(けいばつ=妻方の親類を中心とした勢力)をつくることへの警戒心があるからだろう。

北朝鮮ではかつて、金日成主席の後妻、金聖愛氏が金正日総書記と激烈な権力闘争を繰り広げた。これに懲りた金正日氏は後年、「雌鳥が泣き叫べば家が滅びる(女が出しゃばるとろくなことがない)」という故事成語を好んで口にしたという。李雪主氏は2012年から公式報道に登場しているが、彼女の両親や兄弟などは一切表舞台に登場していない。

さらに、2月8日の報道では、金正恩氏の実妹、金与正党副部長が登場しなかった。かつて、金日成主席のフランス語通訳を務めた元北朝鮮外交官の高英煥・元韓国国家安保戦略研究院副院長は、将来、金正恩氏が死亡した場合、正恩氏の子どもと与正氏の子どもの間で、権力闘争が起きる可能性があると指摘する。

与正氏は、金正恩氏にとってかけがえのない肉親だが、将来のことを考えて、敢えて差別化したのかもしれない。

世襲の印象付けが目的?

ただ、キム・ジュエ氏が金正恩氏の後継者だと判断するのは早計だろう。高氏も「キム・ジュエが後継者だと判断すれば、北朝鮮のエリートたちは、正恩氏より若いキム・ジュエの前に列を作るだろう。正恩氏は、権力の分裂を招くようなことをしないはずだ」と語る。

おそらく、キム・ジュエ氏を正恩氏と同格であるかのように扱ったのは、世襲が4代まで続くということを幹部たちにはっきりと悟らせる意味があるだろう。同時に、北朝鮮の市民たちが尊敬しなければならない対象が、最高指導者だけではなく、ロイヤルファミリー全体であることを自覚させたいのだろう。

ロイヤルファミリーを英国の王室や日本の皇室のように位置づけ、国政運営で失敗しても責任を問われない体制を造るねらいがあると思われる。北朝鮮の最高指導者は代々、自らの家族をあまり公の席には出さなかった。神秘性を高め、権威を維持する目的があった。正恩氏が自分の妻や娘を積極的に公開しているのは、日英などにならって「開かれた王室」を気取りたいのかもしれない。

もちろん、事がそれほど簡単に進むとは思えない。北朝鮮の経済状態が行き詰まっていると、国際機関や各国の専門家が相次いで指摘している。

食べるものの心配をしている人々が、きらびやかに着飾って、自分よりはるかに年上の軍人たちを従えている少女の写真をみたら、どう思うのか。閲兵式で居並ぶ高官たちのなか、一人混じった少女の姿に違和感を感じない人がまったくいないと言えるだろうか。朝鮮労働党の元幹部すら、「金正恩の側近には、一般市民の視線を考える人間がいないのか。あまりに理解に苦しむ行動だ」と語る。今頃、北朝鮮の人々はひどいブラックジョークだと感じているだろう。