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北朝鮮はなぜ、バイデン歴訪中を避けてミサイルを撃ったのか

北朝鮮インテリジェンス
韓国訪問を終え、大統領専用機で米軍横田基地に到着したバイデン米大統領=2022年5月22日、山本裕之撮影

米韓両政府がICBM「火星17」(射程1万3千キロ以上)に燃料注入が始まった様子を捉えたのが18日ごろだった。火星17の液体燃料は酸化剤を含み、機体を腐食するため、長い間注入したままにしておくことはできない。この時点で数日以内の発射が予測された。

ただ、米韓の関係者の間ではバイデン米大統領が訪韓している20日から22日の間は、北朝鮮は発射を避けるだろうという見方が強かった。米国の歴代大統領が訪韓中、北朝鮮が弾道ミサイル発射などの軍事挑発を行った前例がないためだ。

関係筋の1人は「北朝鮮が米大統領の訪韓中に挑発すれば、米国は自分たちに対する挑発だと判断する」と指摘する。米原子力空母「ロナルド・レーガン」も20日、横須賀港を出港した。同筋は「意図的かどうかは関係なく、北朝鮮が発射したミサイルが韓国に落下すれば、米韓連合軍は直ちに報復する態勢を整えていた」と語る。

韓国訪問中に在韓米軍の烏山空軍基地を訪問、アイスクリームを楽しむバイデン米大統領=ロイター

北朝鮮は既に、保守の尹錫悦候補が勝利した3月9日の韓国大統領選を境に、米韓連合軍の姿勢が強硬になった事実を感じていたようだ。その象徴が、韓国軍が3月25日に空軍基地で行ったF35Aステルス戦闘機による「エレファント・ウォーク」訓練だった。多数の航空機が一斉に滑走路を走行する様子が、象の行進に似ていることから、この名前がついた。

韓国国防省は報道資料で、北朝鮮によるICBM発射を批判。「F35Aステルス戦闘機を活用し、圧倒的な戦略的勝利を達成する」と宣言した。韓国は5月25日の北朝鮮によるICBM発射直後も、F15戦闘機がエレファント・ウォークを行う映像を公開した。

韓国軍関係者は「エレファント・ウォークは戦略的なメッセージ。北朝鮮の防空能力はお粗末で、ステルス戦闘機による攻撃を防げないからだ」と語る。米空軍の戦略爆撃機B1BとF15戦闘機が2017年9月、北朝鮮東方の国際空域を飛行した際、北朝鮮軍の早期警戒レーダーが稼働せず、スクランブル発進ができない事件があった。

北朝鮮軍は地対空ミサイルSA5(射程200~250キロ)を1980年代に旧ソ連から導入。敵機を早期に発見する探知レーダー(射程400キロ)とミサイルの照準を合わせる射撃統制レーダー(同200~250キロ)で運用しているが、不十分なメンテナンスや電力不足から、十分な運用ができない状態に陥っている。

韓国空軍の金亨哲元中将によれば、北朝鮮空軍パイロットの年間飛行訓練時間は20時間程度。韓国空軍の200~250時間にはるかに及ばない。韓国政府関係者は「今後も、北朝鮮が弾道ミサイルや核で挑発した場合、韓米が圧倒している航空戦力を見せつけ、金正恩に圧力をかけるつもりだ」と語る。

米韓連合軍は航空戦力に加え、ミサイルでも対抗する意思を鮮明にしている。25日も、韓国軍は玄武2型地対地ミサイル、米軍はATACMS地対地ミサイルをそれぞれ日本海に向けて発射した。米韓連合軍は17年7月にも同じ2種類のミサイルを発射し、「有事に敵指導部を精密に攻撃できる能力を示した」と主張したことがある。17日に発射したミサイルは、平壌までと同じ距離を飛行したという。

韓国国防省が公開した地対地ミサイルの発射や「エレファント・ウォーク」の模様

こうしたことから、米韓両国はバイデン大統領が韓国を離れ、日本の領空に入るタイミングをみて、北朝鮮がICBMを発射する可能性があると考えていた。韓国側は5月22日午後、いつでも国家安全保障会議(NSC)を開催できる態勢を取っていた。結局、北朝鮮がミサイルを発射したのは、日本を離れ、米国に戻るタイミングだった。

米韓両国は21日に発表した首脳共同声明で、日米韓協力の重要性を指摘した。米韓関係筋によれば、米国は日韓両政府に対し、6月にスペイン・マドリードで開かれるNATO(北大西洋条約機構)首脳会議の際、日米韓首脳会議を開くよう打診している。日韓両国も同じ機会に、日韓首脳会談を開く方向で、日米韓首脳会議にも応じる方向だという。

日米韓協力が強まれば、日本の朝鮮半島有事に向けた対応も強化されることになる。自衛隊統合幕僚監部は26日、航空自衛隊のF15戦闘機4機と米空軍のF16戦闘機4機が25日に戦術訓練を行ったと発表した。米韓関係筋の一人は今後、日米韓が弾道ミサイル追跡訓練や対潜水艦戦闘訓練などを実施するとの見通しを示した。

こうした日米韓の強硬な姿勢もあり、北朝鮮はバイデン大統領の日韓歴訪中の挑発を避けたとみられる。北朝鮮の国営メディアは26日、ICBM発射などについて報道しなかった。緊張が高まるなか、情報を極力日米韓に渡さない考えなのかもしれない。

自衛隊の元幹部は「北朝鮮は攻撃用兵器を多数保有しているが、防空能力など防衛力は極めて弱い。報復する姿勢を示すことは、北朝鮮の攻撃を抑止する大きな力になる」と説明する。

韓国大統領府国家安保室の金泰孝第1次長は25日、北朝鮮が最近、豊渓里の核実験場で起爆実験を行った事実を明らかにした。金次長は、一両日中の実験はないものの、7回目の実験が近づいているとの認識も示した。政治的な効果を狙い、7月4日の米独立記念日などに合わせた実験も予想される。

ただ、北朝鮮は核実験を実施して米国に圧力をかけ、最終的には米朝による核軍縮交渉に持ち込みたい考えだとみられる。日米韓は強硬な姿勢を示しており、核実験に踏み切っても、米国が確実に対話に応じるという保証はない。

韓国政府高官は「北朝鮮が挑発を続けるのであれば、北朝鮮を徹底的に追い詰める」と語った。