中川 後編は、アメリカの中間選挙で共和党が下院を奪還したことを受けて、アメリカの外交政策がどう変遷していくのか見ていきたいと思います。
まずウクライナです。中間選挙前、ナンシー・ペロシ氏の退任後に下院議長になる予定の共和党のマッカーシー院内総務は、ウクライナ支援について、「白紙委任はできない」と主張していました。
アメリカのウクライナ支援についてパックンと前回のコラムで議論したときは、アメリカの世論はウクライナ支援を支持しているということでした。
今年のアメリカのウクライナ支援はたしかに素晴らしかったですけど、このペースを維持することはなかなか難しいと思います。他方で、ウクライナ支援の低下は、プーチン大統領の勝利、生き残りを直接的に意味します。
また、アメリカは今、ウクライナのゼレンスキー大統領に、プーチン氏との交渉に臨むように圧力をかけ始めていると報道されています。こういう動きを見ても、バイデン政権は、そろそろロシアとウクライナの戦争を幕引きしたい、それが本音なんだと思うんですよね。来年以降は中国にもっと集中したいということではないでしょうか。
ウクライナへの「支援疲れ」への懸念
パックン ご指摘のマッカーシー共和党院内総務は、ウクライナへの出費を監査するとも言っています。イラク戦争で公金の流出や横領があって、何に使ったのか分からないお金が巨額だったから、ぜひ監査はしていただきたいと思います。
ウクライナ支援については、共和党議員の中でも、「もう支援しないぞ」、「ウクライナじゃなくてアメリカファースト」という人もいます。
左派にも、ウクライナ戦争にこれ以上あまりお金を回したくない、早く終結させたいという思いはあります。これから、例えばインフレがさらにひどくなったりすると、そのお金はアメリカ国内に使うべきだという意見が強くなるかもしれません。
また、単純に時間が経てば経つほどアメリカ国民のウクライナへの関心が薄れるはずですよ。
中川 残念ながら、日本はもうウクライナへの関心がかなり薄れてきているのではないでしょうか。ウクライナから日本に来た避難民のニュースも最近はほとんど見ないですよね。
ただ、難しいのは、国際社会がウクライナへの支援を引き下げることは、プーチン氏の勝利を認めることになります。だから、アメリカ人にとって反プーチン感情がどこまで強いのかとの裏返しかなと思っています。
欧米のメディア、それにおおむね追随する日本のメディアばかりを見ていると、「プーチン大統領がいかに追い詰められているか」というトーンばかりが強調されて、今にもプーチン敗北で終わりそうな感覚にすらなります。
先週、旧知のワシントンD.C.のシンクタンクの人たちが訪日したので、突っ込んだ意見交換をしましたが、アメリカの情報機関は、イラク戦争の時もそうでしたが、プーチン氏を利するような情報は外には出しづらい事情があると率直に語っていました。
たしかに、ロシアの戦略には問題が多いし、クレムリンもガタガタしていて問題はある。でも、プーチン大統領はまだまだ健在というのが実情だし、このトレンドは長期化していくと思います。
これに対して、ゼレンスキー大統領の方が徐々に追い込まれている。やはり、国際社会から支援を得続けるのは簡単ではないんです。また、最近は、自らの言動にも「ぶれ」や、少し高圧的な態度が見られますね。これも戦争の長期化の影響かと思います。しかし、ここでウクライナ支援を低下させることはプーチン氏の勝利に手を貸すことになりかねません。
「大国による小国いじめ」が脅かす世界秩序
パックン プーチン大統領は、この戦争に失敗はあっても、「負ける」ことはないと思います。たしかにウクライナ侵攻は失敗に終わる可能性は残っています。でも、その結果、どうなるのかというと、侵攻を開始した2022年2月24日時点の、ロシアとウクライナの元々の国境に戻るわけです。
仮に、2014年にロシアが一方的に併合したクリミアを、今後ウクライナが奪還したら、これは「敗戦」かもしれません。でも現時点でその可能性は低い。
一方、ウクライナが戦争に「勝つ」にはどうすればいいのかというと、逆にロシア本土に入り、モスクワを制圧しなきゃいけない。でもそれはアメリカも許さないんです。ウクライナが国境を越えてロシアを攻撃しようとしたら、アメリカはウクライナに軍事支援はしなくなると思います。
一方で、ウクライナが勝たない限り、ロシアから多額の賠償金を引き出すとか、そういう条件で終戦条約を結ぶこともおそらくないんです。
ゼレンスキー大統領は、少なくともロシアに2月以降に占領された東部・南部4州のほとんどを実効的に奪還するまでは戦争は止めないでしょう。その心意気は、戦争1年目の気持ちとしてはよく分かるんですが、それが5、10年後に、そのままでいいかと言ったら、当事国がそう思っていても、それを支援する国々の国民は、いや、そろそろいいんじゃないかって思うようになるのではないでしょうか。
でも、僕は、そこから生まれる結果は非常に恐ろしいと思います。
大国は小国をいじめていい、力で現状変更してもいい、それを、支援に疲れた世界は認めることになってしまうんですね。そうすると、最初は我慢さえすれば、大国は最終的には妥協まで持ち込んで、限定的な勝利でも手に入れられることが分かります。
そうなると、これからいろんな大国がいろんな小国をいじめることになると思うんですよ。本当はそれを許しちゃいけないけど、それが一番、このウクライナ戦争の可能性が高い結果じゃないかなと考えてしまいます。
中川 私は、プーチン大統領の戦争を終わらせるには、アメリカのロシアへの直接介入しかないだろうと思っています。
アメリカがそれを排除せずに、ロシアとウクライナの間の交渉を仲介すればチャンスはあるかもしれません。交渉の仲介者には双方へのレバレッジ(影響力)が必要ですから。
しかし、今のアメリカは、2003年のイラク戦争のトラウマをいまだに引きずっています。
2013年には、当時のオバマ大統領は、「アメリカは世界の警察官ではない」と発言しました。その翌年に、プーチンがクリミアに侵攻しました。2021年夏には、アメリカはアフガニスタンからの撤退に失敗し、タリバンが首都カブールを制圧しました。その年の12月には、バイデン大統領は、プーチン氏がウクライナに侵攻しても、米軍をウクライナに派遣する、ましてやロシアに送り込むことはない旨明言しました。そして今年、ウクライナ侵攻です。この間、中国の台頭は目覚ましく、いまや、「2大国」時代の到来です。
やはりアメリカの海外へのコミットメントの低下が招いたものは大きいですね。そして、2年後にトランプ氏が復活し、さらなる「アメリカファースト」や、日和見外交を始めたらと思うと、プーチン大統領や、当時、積極的に対話に応じた北朝鮮の金正恩総書記は、手ぐすねを引いて待っていることでしょう。
民主主義や人権にうるさいバイデン政権を相手にしたくない国、早くトランプ大統領の再登板を待っている国も世界には多いです。サウジアラビア、UAEなど中東諸国はその典型です。
パックン 中川さんのおっしゃるとおりです。一方で、アメリカ国民は、世界の警察でなくても、世界のために結構、頑張っている国ですよ。
他の国から見れば、「もっとアメリカやれよ」ということになると思うんですけど、「ちょっと待って、全世界の人口は今80億人ぐらいだけど、僕ら、約3億人しかいないんですよ。なんで80億人分、頑張らなきゃいけないの?」というアメリカ人の気持ちも分からなくはないですよ。
多分ウクライナ戦争に対するアメリカ人の本音は、「いや、それヨーロッパの問題でしょう。なんでヨーロッパがリーダーシップをとらないのか」という疑問です。
アメリカはエネルギー自給率100%の国です。エネルギー大国のロシアに頼り弱みを握られているヨーロッパとは立場がまるで異なります。だから、アメリカは強く出られるんです。
アメリカが頑張らなければいけないという見方はもちろん正しいかもしれないし、感情的にはすごく響きます。一方で、ロシアに相当なエネルギー依存をしているドイツがロシアにけんかを売ったら、ドイツから見ればウクライナ、ポーランドの次は自国だという可能性も考えなきゃいけないんですよね。フランスも、これまでのところ、アメリカに甘えていますが、アメリカが支援を引き下げたら、フランスが引き上げるかもしれないですね。
「ウクライナに次ぐ餌食」に戦々恐々とする旧ソ連諸国
中川 今年10月にカザフスタンの首都アスタナで「アスタナ会議」(第6回アジア相互協力信頼醸成措置会議)が開かれました。ロシアと旧ソ連の中央アジア諸国が主たるメンバーですが、トルコ、中国、ベトナムなども参加しました。
今、旧ソ連諸国の首脳が一番恐れているのは、ウクライナに次いで自国がプーチン氏の餌食になること。今後、プーチン氏が世界を席巻し、その餌食になる新たな国が出る可能性があります。特にロシアの近隣国は戦々恐々としています。
パックン ロシアの周辺国は、もう絶対ビビってるんですよ。だから、逆にちょっと距離を置こうとしてるんですね。
国連でロシアを非難する決議案は棄権するとかね。さすがに賛成票は入れられないけど、シリアみたいに反対票は投じず、棄権するってところだけでも意思表示はできてます。
でも僕は、ウクライナを守るためだけじゃなくて「ルールに基づく世界の秩序」を守るためにロシアを何とか押し返さなきゃいけないと思ってるんです。
中国も、力による現状変更には反対というルールを守るぞ、という姿勢を一応保ってきたんですよ。でも、中国は、力で台湾を現状変更しようとすることは排除していません。ルールに基づく世界秩序が保たれた方が世界のほとんどの国にとって得なんです。だから、それを中心に世界の意見をまとめるべきです。
対話と半導体の輸出規制、したたかなアメリカの対中外交
中川 11月14日、インドネシア・バリ島で、初の対面による米中首脳会談が開催されました。
私が気になったのは、バイデン大統領が、習近平国家主席が待ち構えている中国側のホテルに行って握手したことです。元外交官の観点から言うと、第三国で実施する首脳会談は、どちらが滞在している宿舎で行うのかが非常に重要です。
友好関係にある国同士ならそこまで問題にはなりませんが、そうでない場合は、国内での反応が変わってきます。今回は、アメリカが中国側を訪問したということは、この会談はアメリカ側がどうしてもやりたかったという意思の表れとも言えます。
アメリカの今後の中国政策は、そもそも、民主党も共和党も強硬だということではあるんですけど、アプローチが違うのかなと思っています。同じ強硬でも、民主党はやっぱり対話も重視しながら圧力をかけていくことを重視します。今回の米中首脳会談もその政策方針の一環です。
ただ、私の中東などの経験で言うと、対話重視は「もろ刃の剣」です。独裁国家の指導者の考え方は、対話を申し出た方が、弱さの表れ、要は自分におののいた、と考えるのです。
このあたり、今回、10月の共産党大会で異例の3期目続投を決めた習主席は、アメリカがすり寄ってきたと感じ、高揚感があったと思います。民主主義国の観点では、対話は基本的なツールですが、そう思わない国も世界にはある、そのことは読者の皆さんにも知っておいていただきたいですね。
パックン 習近平主席は、党大会で勝利後、今回初の外遊で、各国の首脳と多数会談しましたが、笑顔を見せて、歩み寄ろうとする姿勢が印象的でした。協調性を強調していると思うんですよ。僕はバイデン大統領もしたたかだと思いますよ。
先月、アメリカは中国に対し、すごく厳しい半導体関連の制裁を科しました。習近平主席は、本当は苦々しい思いだったはずです。バイデン大統領は、圧力を先にかけておきながら、対話では自ら相手のホテルに行って歩み寄る姿勢を見せました。
中川 バイデン大統領が、そういう意図をもって、中国側のホテルに行ったのなら、外交策士ですね。
パックン 今回のアメリカの中国に対する半導体の制裁は、10年後、20年後にとんでもない経済損失を中国に生んでいるかもしれません。
中国側に最先端の半導体を輸出しないという政策で、例えば台湾のメーカーにもその規制がかかるんですよね。台湾の生産プラントにもアメリカの機械、アメリカの技術を使っているから、その技術を使って作られたものも制裁対象になるわけですよ。
だから、台湾が世界一の半導体を作っているんですが、それも中国に売れないということは、中国は製品が作れないだけじゃなくて、その半導体の製造をすべて自前の開発研究で作らなきゃいけないということです。10年や20年ぐらいの遅れが出るんです。だから今の段階に追いつくには10年や20年かかります。
要は、スニーカーを作る、シャツを編むというような単純な製造は中国に任せるけど、最先端のものはそれ以外の国になる可能性があるんです。
経済的な戦争行為と思われてもおかしくないぐらい厳しい制裁です。そういう厳しい制裁を中国に課しながら、一方で笑顔で習近平に歩み寄るバイデン大統領はすごいですね。
でも、アメリカでは、そういう外交はあまり評価されないと思うんですよ。それが支持率アップには直結しないと思うんです。でも外交戦略としては正しいと僕は思います。
中川 パックン、今回もありがとうございました。バイデン政権のしたたかな外交が本物かどうか、中国政策しかり、ロシア政策しかり、今後正念場を迎えそうですね。
(注)この対談は11月18日にオンラインで実施しました。対談写真は岡田晃奈撮影。