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プーチン大統領は「核」を使う?アメリカの「レッドライン」と中間選挙の行方【後編】

これだけは知っておこう世界のニュース 更新日: 公開日:

中川 118日に迫ったアメリカの中間選挙ですが、パックンの現時点での見通しはどうですか。

パックン 自分は、Five Thirty Eightという選挙分析サイト が一番信頼性が高いと思っています。同サイトによると、67%の確率で上院は民主党、下院は共和党が勝利する、つまり「ねじれ議会」になる可能性が高いと見ています。

中川 パックンは以前、このコラムで民主党が結構頑張って、盛り返してきているっていう話をしてましたね。

パックン 半導体関連法案、大型インフラ法案、銃規制強化法案など、バイデン政権が重視していた法案が次々に承認されたことは大きな功績になり、民主党に風向きが変わったのは間違いないです。民主党支持者を立ち上がらせた人工中絶の権利を破棄した最高裁の判決もありました。が、どれも少し古くなっています。最近また、人工中絶問題、ガソリン価格の高騰、移民問題などで揺れ戻し、つまり民主党に不利な動きも見られます。

中川 中間選挙直前のアメリカ国民の生活状況が最大の投票要因の一つだと思いますが、10月5日、OPECプラスが、11月以降、日量200万バレルも原油減産を決定したことで、原油価格の高騰が気になりますね。7月にわざわざサウジアラビアを訪問し、増産をお願いしたバイデン大統領のメンツは丸潰れで、アメリカはサウジアラビアとの関係を見直すことも検討しているようです。

パックン そうなんですよ。侮辱的ですよね。アメリカの外交力が足りないのかもしれませんが、それにしても、アメリカが大事にしてきたサウジアラビアの仕打ちに、民主党員の議員たちも相当怒っています。

中川  怒って当然ですよね。よりによって、中間選挙直前のタイミング。バイデン大統領への嫌がらせです。生クリームのパイを顔に投げつけたようなインパクトがありますね。

パックン このコラムでも、7月のバイデン大統領のサウジアラビア訪問を取り上げましたね。その時、自分は、バイデン政権の準備不足で、結局サウジアラビアから「手ぶら」状態でアメリカに帰った、みっともないとバイデン政権を批判したんですが、今回のOPECプラスの決定、それを主導するサウジアラビアの今回の対応は、その10倍ぐらいの衝撃です。

だからと言って、アメリカが、サウジアラビアから米軍基地を撤退することまではないと思うんですが、それを進言している民主党議員はいるんですよね。アメリカの兵士、武器ミサイル迎撃システムなどをサウジアラビアとUAEから撤退する法案を提出しています。

中川 パックンは、上院は民主党の勝利という見方ですが、アメリカ選挙民の生活に直結するこの原油価格の問題もあり、波乱含みですね。

パックン 今回の中間選挙では、アメリカの民主主義の破壊を狙っている極端な共和党候補が目立っていて、逆に、その民主主義を保護するために投票しようと考える国民が多いと思うんですよ。

20211月の議会議事堂乱入を応援した議員も、共和党から立候補して予備選挙で勝ち上がっているからです。トランプ氏が敗北した2020年大統領選の結果を認めない候補者もいます。ですから、「正当な選挙を守ろうぜ」という中道派の選挙民が投票に動けば民主党に有利です。状況は州によると思いますが。

選挙集会で演説するトランプ大統領(当時)=2020年12月、ジョージア州バルドスタ、朝日新聞社

中川 トランプ氏を支持する候補は苦戦をしてるという報道もありますけど、この辺りも州によって異なりますか。

パックン はい、トランプ氏が支持を表明して予備選挙で勝った候補には結構、極端な人もいるんですよ。南部ジョージア州の上院議員選に出ている候補は、側近が「空気を吸うようにうそをつく」と言うぐらい、たくさんのうそが判明しています。隠し子も見つかったし、元カノの人工中絶の費用を出したということも見つかった。でもこの人もトランプ大統領から支持を得ているんですよ。

中川 中間選挙の結果によって、アメリカのウクライナ支援への姿勢はどう変わりますか。

もし上院と下院の両方で共和党が勝利した場合は、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」色が強まり、対外支援が縮小したり、ウクライナへの共感が下がったりすることは考えられませんか。バイデン政権は巨額の支援をウクライナにしていて、それが、何とかウクライナの敗北を防いでいますが、中間選挙後はどうなるか分からないですね。アメリカ国民はウクライナ支援を支持しているのでしょうか。

パックン  アメリカ国民のウクライナ支援の支持率はまだ高いです。最近のロイターの調査でも、73%がアメリカはウクライナを支援し続けるべきだと答えています。

圧倒的な支持だと思うんですよ。その背景には何があるのかというと、やはり、今回のロシアによるウクライナ侵攻は、明らかな国際法違反であって、NATOなど友好国も団結してプーチンを何とか止めようとするとしている中、アメリカだけが、しっぽを巻いて逃げるわけにはいかないとアメリカ人は当然思うんですよ。

バイデン政権としては、米兵をウクライナに派遣しないということは明言したけど、一方で、弱くは見せたくない、昨夏のアフガニスタンからのみっともない撤退ぶりがやっぱり痛手だったんですよ。

アメリカでは、民主党大統領は常に、対外的には安全保障に弱い、国内では犯罪対策に弱いと批判されます。それが正しいかどうかは別として、そういうレッテルを常に貼られてるんですよね。だから今回、そうならないように、余計に強い姿勢を見せている面もあります。

中川 2013年のシリア危機の際に、当時のオバマ大統領は「化学兵器の使用がレッドライン(*)」と言いながら、結局その使用が判明しても、アメリカは強い対応を取らなかった。それから、アメリカのレッドラインは、世界では軽く見られるようになっています。

*レッドライン=敵や相手に示す、越えてはいけない一線、譲れない一線

パックン そうなんです。レッドラインは本来引いちゃダメなんですが、バイデン大統領は今回すでに「米兵はウクライナに派遣しませんよ」って言ってしまっているんです。

一方で、ロシアのレッドラインはどこなのかを少しずつ探っていて、アメリカはその限界に挑戦しているんです。

武器については、最初はドローン、今回はハイマースという高機動ロケット砲システムを提供するという感じでレベルを徐々に引き上げています。そして、この先、絶対やらないということは、ほとんど明示していません。

米陸軍の高機動ロケット砲システム(ハイマース)=2021年6月29日、北海道の矢臼別演習場、朝日新聞社

中川 10月6日、ニューヨークで開かれた民主党上院選挙委員会のレセプションで、バイデン大統領は、「これまでの流れが止められなければ、キューバのミサイル危機以来初めて核兵器使用に関する直接的脅威に直面することになる」と述べました。今回のバイデン大統領の発言の意図をパックンはどう見ていますか。

パックン キューバ危機」以来の危機の高さという表現は、間違ってないと思うんです。それ以後に、アメリカ以外の核保有国が戦争したことはあまりないですよね。アメリカは、イラク、アフガニスタン、ベトナムなどと、イギリスはアルゼンチンと、ロシアはアフガニスタンやチェチェン共和国と戦争しています。いずれも相手国は核を有していません。

ロシア・アフガニスタンの戦争はアメリカとの代理戦争でしたし、ベトナム戦争もアメリカと中国との代理戦争だったから、今回のウクライナ戦争に構図は似ているけれど、どれも核保有国の首相が核兵器の使用をほのめかすような発言はしていません。プーチンが核を使った先制攻撃を否めないと言った瞬間、キューバ危機以来の危機になったと言えるでしょう。

でも、だからといって、ロシアが核を使う確率が高いわけではないと思うんですよ。僕はプーチン大統領が核を使う可能性は、1%以下だと思うんですよ。

ロシア国民に向けてビデオ演説するプーチン大統領=2022年9月21日、ロシア大統領府公式サイトから

中川  「ハッタリ」なんですね。

 パックン もう絶対「ハッタリ」ですよ。すべてプーチン大統領がしくじっているんです。ロシアの領土が侵され、国の存立が脅かされたら核を使いますよ、と宣言したんだけど、その後、併合してロシアの一部だと主張している「領土」がウクライナ軍によって奪還されています。

つまり「自国の領土」を今失いつつある。自ら示したレッドラインを越えられていますが、プーチン大統領は核を使ってないんですよ。だから僕はもう使わないとみます。もし使ったら、今でも少し距離を置き始めているインドや中国が100%縁を切る、ロシアのような国と付き合えないと宣言すると思います。国連の常任理事国からも追い出されるはずです。完全な孤立化です。

中川  9月30日、ロシアが、ウクライナの東部や南部の4つの州の併合に踏み切ったことを受け、対抗措置として、ゼレンスキー大統領は、NATOに加盟申請する方針を表明しました。

これに対し、NATOのストルテンベルグ事務総長は、「ヨーロッパのすべての民主主義国には、NATOへの加盟を申請する権利がある」と述べつつ、ハードルが高い旨を示唆しました。また、米国のサリバン国家安全保障担当大統領補佐官も、「ウクライナを支援する最善の方法は、実用的な支援を提供することだと考える。(NATO加盟の)手続きは別の機会に検討すべきだ」と早期加盟に慎重な見方を示しました

私は、このNATOとアメリカ双方の動きを見て、ちょっと引いたような感じを受けました。パックンは今後もアメリカのウクライナ支援は大丈夫という感じですけど、本音は少し違うのではないかと思っています。

パックン  ゼレンスキー大統領の発言は前のめり感があって、NATOもアメリカもそれはちょっと待ってということだと思います。ゼレンスキー大統領が加盟を目指すというのは全然問題ないと思うんですよ。だけど、もうすでに事実上の加盟国ですみたいな発言は、NATOからすれば、「いやいや『みなし加盟国』っていうのはこっち側が言うべきでしょう!あなた(ゼレンスキー大統領)が名乗っちゃだめですよ」と、ちょっと空気読んでない感じがありましたよね。

北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議を終えて記者会見するストルテンベルグ事務総長=2022年6月30日、マドリード、朝日新聞社

 

中川 私は今回の発言は、プーチン大統領より、ゼレンスキー大統領に焦りが出てきていることを印象付けるものだったと見ていますが、パックンが指摘するように、逆にアメリカの支援が強いという自信の現れでもあるのかもしれないですね。

パックン 私は、各国もウクライナに対する支援とか応援する姿勢はゆるぎないと思うんです。ですから、事実上のNATO加盟国という態度をとるゼレンスキー氏の指導者としての気持ちも分かります。

しかし、今回は口がすべったなとは思います。今回のウクライナ侵攻を招いたのはある意味NATOでもあって、ロシアとの事前調整をもう少しうまくできなかったのかと思います。

中川 アメリカもNATOも、本音ではロシアとの直接対決は回避したい。一方で、ウクライナをNATOに加盟させたら、それはロシアへの新たな宣戦布告になります。これは不必要な行動ではないかと私は思います。

パックン  NATOはあくまでも専守防衛の枠組みです。ロシアが変なことしなければ、我々何もしないぞ、というこのスタンスを徹底した方がいいと思います。

プーチンのこの前の併合に関する演説を見ると、とにかく反米色が強かったです。NATOへの恐怖や怒りをあおりたいプーチン大統領の口実をなるべく奪いたいから、余計な刺激はやめましょう、それがバイデン政権の思惑でしょう。

 中川 今後もロシア・ウクライナの動向は目を離せませんが、まずは、アメリカの中間選挙の結果を注視しましょう。今日はありがとうございました。

(注)この対談は107日に実施しました。対談写真は岡田晃奈撮影。