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ペロシ下院議長の台湾訪問は「迷惑」でもバイデン大統領が止められない理由【後編】

これだけは知っておこう世界のニュース 更新日: 公開日:

いま海外で起きていること、世界で話題になっていること。ビジネスパーソンとして知っておいた方がいいけれど、なかなか毎日ウォッチすることは難しい…。そんな世界のニュースを、コメディアンやコメンテーターなどマルチに活躍しているパトリック・ハーラン(パックン)さんと、元外交官(現在、三菱総合研究所主席研究員)の中川浩一さんが、「これだけは知っておこう」と厳選して対談形式でわかりやすくお伝えします。後編では、アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問した背景について取り上げます。(以下、敬称略)

中川 8月2日夜に、アメリカのペロシ下院議長(民主党)が台湾を訪問。翌3日には蔡英文総統と会談し、「台湾の自由を守る米議会の決意を示した」との声明を出しました。アメリカの下院議長としては1997年以来、25年ぶりの台湾訪問となりました。 

台湾を訪れて蔡英文総統(右)との会談に臨むアメリカのペロシ下院議長。台湾総統府提供=2022年8月3日、台湾市の総統府、ロイター

前編では、バイデン大統領の中東訪問を取り上げ、アメリカが中東に再関与するというメッセージを出した意図を読み解きました。

中東が専門の私としては、アメリカがようやく再び中東に本気になったのかと思い始めた矢先の台湾訪問です。ペロシ下院議長は、バイデン大統領とハリス副大統領に次ぐ、アメリカの実質「ナンバー3」です。アメリカはやはり対中国、アジアを重視しているのかなと思いました。

台湾訪問の背景には、アメリカ内政の観点で、今秋の中間選挙後に退任するともいわれるペロシ氏が、選挙で民主党が下院で敗北する前に、レガシーを作りに行ったとか色々ありますが、私が気になったのは、アメリカが台湾の民主主義を守るという決意を示したことです。

バイデン大統領のサウジアラビア訪問では、サウジアラビアから、アメリカ式の民主主義に釘を刺されたわけですけど、それでも、台湾の民主主義を守るっていう風にペロシ氏は言ったわけで、実際、台湾ではアメリカ式の民主主義は成功している。アメリカ、民主党政権は、民主主義については世界中でぶれない姿勢を貫いていますよね。批判される地域があっても、貫いていく、ある意味すごいと思います。パックンは、今回のペロシ議長の台湾訪問をどのような視点で見ましたか。 

パックンさん
パックンさん(右)

パックン まず、バイデン政権にとってペロシ議長の台湾訪問は「いい迷惑」らしいです。行ってほしくなかったという話も、いくつかの政府筋から聞いています。しかし、止めることもできないのは事実なんです。それはアメリカでは、立法府である議会は、行政府から独立した機関だからです。ペロシ議長は、大統領の命令を聞く立場にはないんです。

中川  日本も、三権分立ですが、アメリカとの違いはどこにありますか。

パックン 日本の総理大臣と、アメリカの大統領は違います。日本の総理大臣は議員の中から、議員によって選ばれた代表。アメリカの大統領は国民が選んだ代表なので、例えば、大統領が政党の「党首」かといえば、そうではないんです。

バイデン大統領が、民主党の事実上のリーダーであるのは間違いないですが、司令系統はないんです。日本の総理大臣と内閣の閣僚には、上下関係があります。総理大臣と与党の議員の間にも党首と党所属議員という上下関係がはっきりしています。 それがアメリカでは、全く違うんですよ。大統領は内閣のボスだが、議員の上に立っていません。

日本の党首はだいたい命令を出せる立場なんですが、アメリカには正直、党首という人がいないんです。たとえば民主党全国委員会(DNC)会長はジェイミー・ハリソン氏。知らない!(笑)共和党全国委員会(RNC)会長は、ロナ・マクダニエル氏らしいですよ。知らない!(笑)日本でいう「党首」がいない。それが大きく違うんです。 

中川浩一さん(左)とパックン

でも共産党の一党独裁の中国から見れば、「同じ民主党の議長が台湾に行くなら、それはバイデンが許した」ということになるわけです。日本の皆さんがその違いが分からないなら、中国の皆さんはもっと分からないんです。バイデン政権が挑発しているように見えるのは間違いないです。

今回のペロシ議長の台湾訪問は、ウクライナがきっかけだという見方もあると思います。前編で触れた、バイデン大統領が、ウクライナをきっかけに中東の重要性に目覚めたのと同様に、台湾の危うさにも目覚めたという面もあると思うんです。

ペロシ議長の台湾訪問が正しかったかどうかは分かりません。でも、もし正当化するなら、なぜウクライナが侵攻されたかというと、アメリカなど西側諸国のウクライナへの事前の支持表明があいまいだったからです。

もし、今年1月より前の時点で、アメリカなどが「ウクライナが侵略されたら我々は武器もお金もノウハウも出します。ロシアに全面的な制裁を科します。何があってもウクライナを守ります」という姿勢を示していれば、ウクライナは侵攻されずに済んだかもしれません。

中川 しかし実際にはバイデン大統領は、ウクライナには米軍派遣は「検討していない」と、早々に、昨年12月に言いましたよね。

パックン その通りです。アメリカが「我々はウクライナには派遣しません」と言って、プーチン大統領が「なら、行こうぜ」って勘違いしてウクライナに入ってしまったという読み方はできると思います。その二の舞いにならないように、台湾に対する支持表明を、極力はっきりさせようっていうのが狙いだという読み方もあります。

中川 バイデン大統領はこれまで3回、アメリカは武力をもって台湾を防衛しますっていう宣言をしました。そのうち1回は、今年5月、訪日の際ですね。 

日米共同記者会見を行うバイデン米大統領=2022年5月23日、東京・元赤坂の迎賓館、代表撮影

パックン バイデン大統領の発言は、「失言」と呼ばれて、挑発的な行動ではあるんですが、抑制のため、侵攻抑止のためだというふうに考えられています。

実は、アメリカは、大統領府じゃなくて、立法府の連邦議会も「戦争するぞ」と宣戦布告する権利を持っているんです。

アメリカでは、本当は憲法上、戦争を始められるのは大統領ではなく、連邦議会です。議会が戦争だと宣言したら、大統領が最高司令官として、どう戦うのか、軍を仕切る役割なんです。でも戦争するかどうか決めるのは、立法府の責任であって、権限です。残念ながら最近それがちょっとあいまいになって大統領の方に委託していることが多いんです。

ウクライナについてのスタンスはあいまいだったんですけど、台湾は守るとバイデン大統領は言いました。下院議長が台湾を訪問することで、今のアメリカの「あいまい戦略」の中においても、中国に対しては分かりやすいメッセージを伝えることができたという考え方もあるんです。だから正しいかどうかは置いといて、狙いはそこにあるんじゃないかなと思います。

それから、ペロシ議長の台湾訪問が、残念ながら中国に「仮想敵」を与えたという逆効果があったと思うんです。コロナ対策をめぐって習近平政権が少し揺らぐはずのところで、中国国民の目を「外」に向けるきっかけを作ったことで、中国が交渉のテーブルに着かなくなるとか、現に軍高官協議とかそういうものを打ち切りにしているし、協力しなくなるきっかけを与えてしまったのが残念だなと思うんです。

中川 その後、中国も猛然と怒って、台湾に対する軍事演習をしました。中国は、中国なりに「許さない」という強い意思を示したということですよね。 

中川浩一さん

パックン 間違いないですよ。中国は、秋には党大会も行われます。中国の人事が、よりタカ派に固まるんじゃないかなと心配しています。

習近平国家主席の3期目をかけた選出もありますが、中国の共産党幹部、国務委員、外務大臣、総理、この方々の選出が目前にある時に、ペロシ議長が台湾を訪問してしまったというのは、僕は逆にアメリカへの対立構造を深めたり、強化させたりする効果があるんじゃないかなと懸念しています。

一方で、アメリカも中間選挙です。アメリカの世論は台湾を支持する、中国を牽制する、この強硬な姿勢を、右も左も応援しているんですよ。中国が嫌いな保守派の皆さんも、民主主義が大好きなリベラルの皆さんも、この姿勢に賛成です。訪問が正しかったかどうかはさておき、アメリカの選挙前に支持率アップにつなげる政治的な活動としては正解かもしれないです。

中川  なるほど。アメリカはこれから完全に選挙モードですか?バイデン大統領自身の外交活動は、いったん休止ということでしょうか。

パックン そうですね。なぜペロシ議長がこのタイミングで台湾を訪問したのかというと、アメリカ内政で、大きな法案の審議がなく、少し暇だったというのもあるし、選挙が近づくと選挙モードで必死になるんですよ。バイデン大統領も外国に行っている場合ではなくなります。9月、10月はほとんど選挙しか取りかかれないんですよ。

中川 現状、石油価格が1ガロン4.3ドルまで下がっているなど、いくつかバイデン大統領に追い風になるような法案の動きもあります。パックンはずっと、中間選挙で民主党政権はかなり厳しいという見方をしていましたが、少しは風向きが変わってきたということでしょうか。

パックン 少し民主党の方に風向きが変わったようには見えるんですよ。それは主に三つの要因があります。

一つ目は先ほど述べたように、バイデン政権は、意外と成績が上がっているんです。共和党の協力は基本的にほとんど得られないにもかかわらず、です。でもそれでもチップス法案や、銃規制強化法案を通過させました。

さらに、民主党議員のみの力で環境問題とかヘルスケア、税制の改正などが盛り込まれている新しい法案も通りました。この三つの法案が通っただけでも、結構、成績が上がっているわけです。

二つ目の要因は、共和党が指名した判事が多数派を占める最高裁が、銃規制を廃止したり、中絶の権利を覆したり、ほとんどのアメリカ人が反対するようなことをやっているんです。その後、真っ赤な州、つまり保守派が9割ぐらい占めるカンザス州で、その中絶の権利をかけた住民投票が行われたんですけど、圧倒的な割合で中絶の権利が支持されたんですよ。共和党の強い州でありながらも。 

中絶の権利を求め、連邦最高裁前で抗議デモに参加する人たち=2022年5月14日、アメリカ・ワシントン、朝日新聞社

共和党の最高裁判事は6対3で、最高裁の3分の2を占めているんですが、彼らが出した判決に国民の3分の2が反対しているわけです。それに怒っている国民が、民主党の議員に票を入れる可能性は高いです。

もう一つの理由は、共和党の予備選挙で、すごい「変わり種」が出馬していることです。中道右派で本来は共和党に投票するような人でも、「この人は支持できない」という極端な人が本命候補になっているんです。例えば陰謀論者「Qアノン」の支持を表明した人とか、トランプ氏が敗北した2020年の大統領選で選挙不正があったといまだに主張している人とかです。

とにかくその三つの要因で、風向きが少し変わったようには感じます。 

中川 これから秋に向けて、アメリカ、中国、それぞれ選挙の季節に入ります。一方で、ロシア・ウクライナ戦争も半年近くが経過し、長期戦の様相を呈しています。中国、ロシア、中東と世界の3大リスクがある中で、アメリカと中国という二つの大国の選挙空白を突いて、どこかの地域で、新たな火種が出てくるかもしれません。このコラムでは、引き続き世界の隅々まで目を凝らして、様々なニュースを取り上げていきたいと思います。