1. HOME
  2. World Now
  3. バイデン大統領がサウジなど歴訪。中東への「再関与」を打ち出した思惑とは【前編】

バイデン大統領がサウジなど歴訪。中東への「再関与」を打ち出した思惑とは【前編】

これだけは知っておこう世界のニュース 更新日: 公開日:

いま海外で起きていること、世界で話題になっていること。ビジネスパーソンとして知っておいた方がいいけれど、なかなか毎日ウォッチすることは難しい…。そんな世界のニュースを、コメディアンやコメンテーターなどマルチに活躍しているパトリック・ハーラン(パックン)さんと、元外交官(現在、三菱総合研究所主席研究員)の中川浩一さんが、「これだけは知っておこう」と厳選して対談形式でわかりやすくお伝えします。今回は、人権問題を抱えるサウジアラビアなど中東を歴訪したバイデン大統領の狙いについて取り上げます。(以下、敬称略)

中川 パックン、今回もよろしくお願いします。

私は8月上旬まで、中東のサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)、クウェートの3カ国、つまり、日本が原油輸入を頼っている1位から3位の国に、ビジネスコンサルタントとして出張してきました。7月にバイデン大統領がサウジアラビアなど中東を歴訪した直後だったこともあり、現地の人が、この訪問をどう見たのかを聞いてきました。

中川浩一さん
中川浩一さん

外交面では、バイデン大統領は苦しい立場だったという評価が多かったです。サウジアラビアの要人の中には、サウジの「完勝だった」と話す人もいました。バイデン政権の視点で言うと、やはり重要なのは人権問題です。

以前にこのコラムでも取り上げた2018年のサウジ人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の暗殺事件を、今回どのようにバイデン大統領が取り上げて、カショギ氏の殺害を「承認した」とバイデン政権が認定するムハンマド皇太子とどういうふうに会うのか、注目していました。バイデン大統領は政権発足後、ムハンマド皇太子をそもそもカウンターパートとみなしてきませんでしたから。

ふたを開けてみたら、バイデン大統領は、ムハンマド皇太子との「グータッチ」から始まり、しっかり会談を行うことになりました。

拳を突き合わせて「グータッチ」するバイデン米大統領(左)とサウジアラビアのムハンマド皇太子。国営サウジ通信提供=2022年7月15日、サウジアラビア西部ジッダ、ロイター

報道によると、バイデン大統領は、会談の冒頭で、カショギ事件はムハンマド皇太子に責任が「おそらくあった」と批判し、それに対してムハンマド皇太子は、イラクのアブグレイブ刑務所で起きた米軍による捕虜虐待を挙げて反発し、自身の個人的責任は否定したそうです。

人権問題がバイデン政権の外交では非常に大事で、リベラル派も多くいる民主党の大統領をしてそう言わざるを得なかったのでしょうけれど、今回のサウジ訪問の本当の目的はサウジから原油の大幅増産を勝ち取ることだったはずです。

にもかわらず、最初の会談テーマは人権だった。結果的に、その後の83日のOPEC(石油輸出国機構)とロシアなどとの閣僚級会合でも、日量10万バレルという小幅増産という結論になりました。サウジ側の気分を害したとも考えられます。

バイデン大統領がサウジまで行って、ガソリン1ガロン5ドル(1ガロンは約3.8リットル)という高値に苦しむアメリカ国民の生活を緩和するという結果は得られなかったわけです。それが今のアメリカ・バイデン大統領の外交のジレンマかなと私は思っているんですが、アメリカ人のパックンから見て、今回のバイデン大統領の中東訪問はどう評価しますか。

パックン アメリカ人にとっては、「手ぶら感」が強い訪問でしたね。バイデン大統領は大統領選挙キャンペーン中の2019年に、サウジアラビアを、世界の「のけ者(pariah)」にするって強いことを言っておきながら、今回、普通にムハンマド皇太子に会いに行って、あいさつの仕方も、「グータッチ」という方法でした。

握手よりはいいと、政権内で判断されたと思いますよ。コロナ対策を口実に握手しないで終わらせると、たぶん政権内の誰かがひらめいたつもりだったんですよね。

しかし、結局、グータッチは見た目も悪かったですよね。仲良くしているように見えるけど、中途半端ですし。カショギ事件の責任追及もあいまいだったし。結局ムハンマド皇太子の反論を受け流したままでした。

バイデン大統領が、自分のメンツをつぶすのであれば、私はサウジ側から、石油増産の約束など、それなりのお土産を期待していました。でも結果は、中川さん指摘のとおりでした。一アメリカ人として、大統領がサウジに頭を下げて手ぶらで帰るというのは情けないなと思いました。

中東訪問で最初に訪れたイスラエルで、同国のラピド首相(左から2人目)らの歓迎を受け、演説するバイデン大統領=2022年7月13日、テルアビブ・ベングリオン空港、朝日新聞社

一方で、サウジの前に訪問したイスラエルとは、同盟関係の強さを証明することはできたと思います。アメリカとイスラエルが協力して、敵対するイラン対策を取るぞ、という姿勢を強調することはできました。でも、例えばパレスチナ問題に取りかかるかといえば、そうでもないし、サウジアラビアでカショギ氏暗殺事件に深く掘り下げたかといえば、そうでもない。結局、イラン対策での協力もあいまいなままです。

石油増産の約束もない。一体、何をもらって帰ったのかな、と思うんですよ。僕、トランプ前大統領が嫌いですけど、トランプ氏がどこかに行くと、だいたい武器売買契約を結んで帰るとか、アメリカの国益につながるか分からないけど、彼の自慢になる何かが必ずついてきたんですね。だから、まず大統領が中東に行く前に、そのお土産の話が決着しているはずだと思ったんですよね。これが今回なくて、びっくりしました。

中川 せんえつですが、私がアメリカの外交官で、今回の中東訪問の真の目的が原油増産だったら、人権問題は舞台裏で手を握っておくべきじゃないですか。それはやっぱりできないんですか?アメリカとしては、やはり表舞台で、アメリカ国民向けに、ムハンマド皇太子に言ったということが重要なんでしょうか。

パックン  人権問題を重視する民主党大統領としては、表舞台で主張しないのは難しいですね。8月上旬のペロシ米下院議長の台湾訪問もそうなんですが、独裁国家には、人権問題をうち出しながら行かないとダメなんですよ。

これはトランプ前大統領とか、共和党の大統領は、自らの支持基盤がそれを求めていないので立場が異なります。この点、バイデン大統領は、トランプ氏と皇太子の関係を批判材料に使ったので、「偽善者」に見えないように、矛盾しているように見えないように、やっぱり表で少しでも人権問題に触れなきゃいけないんです。

パックンさん

でもそれが例えば、事前に打ち合わせて、アメリカはカショギ殺害事件に関する再調査を求めて、ムハンマド皇太子側はそれを承諾する、そういう発表だけで十分だったんです。

その後はずっと石油の話とか、イラン対策の話とか、イスラエル国交正常化の話とかに集中してもいい。とにかく、何か小さくていいから、「お土産」が欲しかったですね。

中川  人権問題を冒頭で取り上げたということを、バイデン大統領は記者会見で言わざるを得なかった。そこがやはりアメリカの、民主党政権の外交のジレンマだといつも思うんです。台湾も香港も、中国のウイグル自治区も同じで、中東に限らないですが。

ロシアのウクライナ侵攻によって望まない原油高になって、一方で、バイデン政権の気候変動対策では、アメリカ自身が「がんがん石油を放出する」という風にもならない。だから今回、世界最大の原油供給ポテンシャルのあるサウジに行かざるをえないとなったわけです。

せめて人権問題は、表で触れないわけにいかなくても、うまく水面下で調整して、サウジ側に配慮を示すシナリオは無理だったんでしょうか。

パックン 中川さんのおっしゃるとおりかもしれません。でも、その「見せ方」がやっぱり大事なんですよ。

中川浩一さんとパックンさん

バイデン政権の支持率40%ほどと、すごく低水位のままです。最近、多少上がったりもしていますが、サウジを訪問した時に石油のことしか話さないのも、たぶん逆に支持率ダウンにつながるんですよ。「石油のために道徳を売る」というふうに批判されますよ。「我々は倫理も道徳も人権も考えない。金だけ中心の政権です」みたいに見えてしまうんです。

原油の増産はもちろん、国民の生活の改善策として重要ですよ。でも、少なくとも、秋に中間選挙を控えて、人権に触れないわけにはいかないですよ。でもさきほど言った通り、行く前にうまく根回して、両方が納得するような形で発表して、お互いにWin-Winの形に決着してないまま大統領が行っているというのは、すごいなと思ったんですよ。

普通はもっとうまくやるんじゃないかな。人権の「お土産」はないとしても、たとえばイスラエルの国交正常化ロードマップを発表する、イラン対策で一枚岩の姿勢を示す、さらには原油増産の約束をもらう。で、人権は残念ながら進歩がなかったという、こういう割合だったらしょうがないと思うんですよ。

中川 今回、バイデン大統領が中東を訪問すると発表したのが随分早くて6月中旬でした。でも、イスラエルのベネット政権が、直後に解散してしまった。だから結局、イスラエル訪問では、首相代行のラピド外相の出迎えになってしまいました。

さらにバイデン大統領が中東歴訪した直後の719日には、今度はロシアのプーチン大統領がイランに行きました。今回、バイデン大統領が訪問しなかったトルコのエルドアン大統領もイランに来て、アメリカとの対抗姿勢を鮮明にしたように見えましたね。

イランのテヘランを訪問し、ライシ大統領と握手をするロシアのプーチン大統領=2022年7月19日、ロイター

パックン: バイデン大統領の中東訪問の直後に、そういう対照的なショーをやって「こっちの陣営も協力し合っているぞ」と見せつけるわけですね。しかし僕は、アメリカ国内の世論的には、もうバイデン大統領の中東訪問の成果は忘れていると思うんです。現にガソリン価格は2カ月くらい下げているし。8月8日現在、今ガソリン価格が1ガロン4.3ドルにまで下がりました。

中川  1ガロン5ドルから4.3ドルですね。アメリカ庶民の視点だと、だいぶ違いますか。

パックン  アメリカは車社会なので、ガソリン価格が1ガロン当たり70セント下がるとだいぶ違います。でも、インフレ率は9%を超えているから、まだ高いです。家計を圧迫しているのは間違いないです。

ただ、87日にアメリカ上院が「インフレ抑制法案」を可決しましたし、その前は「チップス法案」というアメリカの半導体の国内生産や研究を支援する法案、その前は銃規制の強化法案が数十年ぶりに議会を通りました。このように、バイデン政権はちょっと今、勢いづいているんですよ。ですから、中東訪問のカッコ悪さはもう、アメリカ人は忘れていると思います。

中川 バイデン大統領は、中東訪問中に演説で、アメリカは中東を去らない、中国やロシア、イランが埋めうる「空白」を作らないと強調しました。「アメリカは中東に再び関与する」というメッセージを出したんですよ。これはすごく「ちぐはぐ」だなと思いました。

なぜなら、20212月、バイデン大統領は外交演説で、20年に及んだ中東での「テロとの闘い」から、中国の権威主義との競争に移っていくと強調していたからです。私に言わせると、空白を作らせたのはバイデン政権そのものじゃないかという思いがあります。私の旧知のバイデン政権の高官も、このあたりのバイデン大統領の発言の真意は、なかなかうまく説明できていません。

パックン バイデン政権だけではなく、オバマ政権下でも、軸足をアジアに置くという表現は使っていましたが、実際、今まで軸足がどこにあったのかというと、ヨーロッパであり中東ですよね。

パックンさん(右)と中川浩一さん
パックンさん(右)と中川浩一さん

石油輸入国だったアメリカが、シェールガス・シェールオイル革命で輸出国になって、経済的にも安全保障上でも、中東のプレゼンスがアメリカにとってちょっと小さくなったんです。中東をそこまで気にしなくていいから、アジアに軸足を置ける、さらに中国の台頭を牽制する必要性を感じて、そう発表したと思うんです。

でも、全世界で米中対立構造が構築されている中、中東諸国の協力がないと、中国牽制もできないし、アメリカ側の対中構造の評価もできないわけですね。だからポツンポツンと、アフリカ諸国とか南米諸国とか中東諸国に中国の影響力は及んでしまうと、もう前線が全部穴だらけになっちゃう。

アメリカにとって大変ですよ。今日も、アフリカも南米もヨーロッパも、アジアもオセアニア、もう全部、アメリカが網羅しなきゃいけないとなったら、それはなかなか財政的にも外交的にも軍事力的にも無理のある注文です。でもそれぐらいやらなきゃ包括的には中国と対峙できないんですよね。

中川 ロシアのウクライナ侵攻から半年近く経ちますが、ロシアがアメリカ外交の当初の戦略を大きく狂わせたのは間違いないと思います。そのような中で中東への再関与に言及したバイデン大統領の中東訪問を前編では扱いました。後編では、アメリカはやはりアジア重視かと思わせるペロシ米下院議長の台湾訪問について取り上げたいと思います。

(注)この対談は、8月8日にオンライン形式で実施しました。対談写真はいずれも上溝恭香撮影。