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アメリカは「だらしなくなった」?北朝鮮ミサイル問題から日本の防衛を考える【前編】

これだけは知っておこう世界のニュース 更新日: 公開日:

中川  今回は、北朝鮮のミサイル発射、ロシアのウクライナ侵攻、アメリカの中間選挙などを中心にパックンと話したいと思います。

まずは、北朝鮮ですが、104日には中距離弾道ミサイルを発射しました。飛距離は過去最長の推定4600km。日本の上空を通過し、5年ぶりに「Jアラート」(全国瞬時警報システム)も鳴りました。

今年に入り、ロシアによるウクライナ侵攻、ペロシ下院議長による台湾訪問による米中間の緊張の高まりもあり、北朝鮮の問題があまり注目されませんでしたが、実は、今年に入り、107日時点で24回もミサイルを発射したと報じられています。

ミサイル数で見ると年間発射数は過去最高になっています。

岸田首相は、直ちに日米、日韓の首脳電話会談を行いました。私が外務省で勤務していた特に20162019年ごろは北朝鮮のミサイル発射が相次ぎ、日米韓の連携が重要ということはずっと強調されてきたわけですが、今でも構造は全く変わっていません。

ただし、今年のロシアのウクライナ侵攻により、世界はますます分裂し、中国とロシアがより結束を強めたことで、国連安保理では北朝鮮への非難声明ですら発出できなくなりました。

北朝鮮への国連による制裁を強化することも困難な状況です。北朝鮮もこのあたりの世界の動きを見透かして、ミサイル発射の頻度を高めています。その分、日米韓の連携の重要性がより高まったとも言えます。パックンはどう見ていますか。

パックン 中川さんが指摘されたとおり、北朝鮮は今年に入って20回以上もミサイルを発射しているから、もう「異常事態」じゃないかもしれないですね。ミサイル発射は定期的なもの、「通常事態」と考えてもいいかもしれませんね。

もちろん、今回も、その直前の米韓合同演習に対する抗議の意図もありますし、国際社会からの視線を集めるためでもあるでしょう。今後の交渉に向けての良いカードをそろえようとしている可能性もあると思うんですけど、僕は、あくまでも第一の目的はミサイル開発のための実験だと思います。その根拠の一つは、北朝鮮国内のメディアで、そんなに大々的にミサイル発射を伝えているわけではない。つまりニュースにする必要もない日常的な行動ということですね。

中川 トランプ前大統領は、金正恩氏とシンガポール、ベトナムそして、板門店でも会談しました。しかし、バイデン政権になって対話路線は継続しているはずですが、ロシア・ウクライナ問題、中国・台湾問題があり、この1年半、北朝鮮政策ってそこまで注目されていません。パックン、アメリカ国内での関心度はどうですか。

パックン はい、アメリカでもニュースにはなるけど、全然、注目していないと思いますよ。「北朝鮮がミサイルを発射しました。ホワイトハウスは強く非難しました。次のニュースです」みたいな。

アメリカが抱える問題も山積みで、北朝鮮の問題はあまり緊迫感がないんですよ。北朝鮮のミサイル開発の実験が、新たな段階かといえばそうでもない、グアムまで届く中距離ミサイルの実験成功というのはありますけど、もともとアメリカ東海岸まで届くものは既にできているとみられていますから。

だから以前の脅威レベルを超えたといえば、それはないでしょう。Jアラートも、そもそも鳴らす必要があるのかと思います。

アラートが鳴った段階で、おそらくそのミサイルの軌道は分かっている。日本の上空を通ることは分かるけれど、本土に墜落する可能性はほとんどないことも分かってるんですよね。確率がゼロに等しい時にも、この先もアラートが鳴り続けるなら、「オオカミ少年」状態になっちゃうんですよ。それが常態化すると、実際に落ちそうな時に、警告が効かなくなるのではないかと心配します。

ミサイルが上空通過という想定の訓練警報を受け、頭を保護してしゃがみ込む人たち=2017年10月24日、静岡県島田市のスーパーで、朝日新聞社

中川 ただ、特に今年になって、台湾の話もあるし、そして今回の北朝鮮と、日本の安全保障環境が本当に具体的に悪くなってきているっていうのは事実だと思うんです。一方で、よく言われるのが日本人の危機意識が高まらないこと。別に高めることが目的になってはいけないし、確かにパックンが言うようにアラートを鳴らせばいいってものでもないのはその通りです。それでも、やっぱり必要な備えはしておかなきゃいけない時代になっているんじゃないかなと思います。

中東を見ると、例えばイスラエルなんかは、当たり前ですがシェルター設置を法律で義務付けています。かつて、イスラエルで勤務していた時にも、マンションの部屋にシェルターは当然ありましたし、あとガスマスクも配給されました。イスラエル人か外国人かにかかわらず、イスラエルには、それが当たり前みたいな雰囲気がある。

例えばガザ地区からロケットが本当に飛んで来ますから。その点、日本人の感覚はだいぶずれていると思います。北朝鮮のミサイルが日本の本土に落ちないという保証はどこにもないですよ。もうちょっと備えていかなきゃいけないと思います。シェルターもそうだし、避難施設も。でも逆にそういうことをすると、それがまた過度に戦争をあおるみたいな意見も、日本では出てきます。

パックン 中川さんは、例えば建築基準法を改正して、新たに建てられた建物に。そこに住む人数分だけのシェルターも備えなきゃいけないと義務づけすべきだと考えているのですか。 

中川 はい、そういうことも少なくとも議論は始めなければなりません。しかし、そうなると途端に、戦争に加担することになるとか、極端な意見も出てきます。だから、なかなか進まないんです。これは国民保護の問題なのに、日本人は意識が低いんです。だから、政府は現状の認識を客観的にしっかり国民に伝えていく必要があると思います。

ミサイル警報が鳴り、シェルターに避難するウクライナの人たち=2022年8月24日、ウクライナ首都キーウ、朝日新聞社

パックン 僕は、日本の皆さんは、民間レベルで攻撃に備える必要は、ほとんどないんじゃないかなと思うんですよ。イスラエルやウクライナの人とかと違って、日常生活上の脅威レベルが全く違います。ロケットやミサイルがいつ飛んできてもおかしくない状態ではないです。

たしかに、そういう状況だと、サイレンにも敏感になるはずだし、地下にシェルターもあった方がいいでしょう。また、核兵器の使用が考えられるようになったら、対策を取りましょう。今、ウクライナ国内ではヨウ素の錠剤を配っているらしいですね。被曝しても甲状腺に放射性物質が吸収されないようにするためです。さらにガスマスクがあれば、怖くなくはないけど、とりあえず被曝しても生き残れるっていう準備はウクライナではしているんですよ。

中川 ロシアがウクライナに侵攻する可能性は、アメリカも侵攻のかなり以前から警告していて、それに対してゼレンスキー大統領が、「パニックになる」と避難体制、設備の強化などの事前準備を怠ったといわれています。国民がパニックになるのを回避するというのは、一つの考え方ですが、でも実際、侵攻されて、当初は国民の避難が遅れ、批判が高まりました。

国連総会でビデオ演説する、ウクライナのゼレンスキー大統領=2022年9月21日、国連ウェブTVから

しかし、それでもウクライナは旧ソ連時代のシェルターもある程度あって、国民が何とか逃げこめたという話もあります。でも日本はそれも基本的にないですよね。日本は、何かあったらもうお手上げの状況なんです。

パックン 私も中川さんの懸念は共有します。でも、実際には、ウクライナの脅威レベルと、日本の脅威レベルは全く違うものだと思うんですよ。

日本も同じ状況に置かれていれば、ぜひ民間レベルでもそうしてほしい。でも日本はいまだ、例えばどこかの海峡を挟んで艦隊が準備しているとか、クリミア半島が8年前にロシアに併合された時のように、領土の一部が力で占領されたとか、そういう状態ではないから、民間レベルよりも、まずは政府が想定できる脅威に対する準備を始めるべきです。

それも、まずは外交、そしてエネルギー政策や同盟関係など、シェルター以外の手段で準備を進めるべきです。

中川 パックンは、日本が防衛費を引き上げて、日本自体が防衛力を高めるということについてはどうですか?

パックン 防衛費を倍増することにあまり反対ではありませんが、できるなら、それを宇宙とかサイバー、もしくは基礎研究に充てて、あるいは先端技術を磨いて、次の戦争に備えるべきかなと思うんですよ。

日本がもっと戦車を作ればいいとかは、あまり思いません。戦闘機もそう。残念ながら、日本のメーカーは普通の旅客機も作れていないんですよ。そこで超一流の戦闘機を独自で作れるかといったら結構ハードルが高いと思うんです。だったらせっかく同盟関係を結んでいるアメリカから世界一の戦闘機を買えるなら、その方が安く済むんですよ。

中川 パックンとはこれまで、日米関係も話しましたけど、アメリカが本当に今までのアメリカでいてくれるのかっていうところが、やっぱり自分の中では引っかかっているんです。

日本にいると感じませんが、特に中東に行くと、今アメリカの評判や評価、信頼性も含めてとても落ちてきているのを実感します。

105日のOPECプラス閣僚級会合で、日量200万バレルの減産の方針が決まりました。バイデン大統領が7月にサウジアラビアを訪問して増産要求をしていたにもかかわらずです。あと1カ月に迫ったアメリカの中間選挙に向けて、一時期落ち着いていたガソリンの値段がまた上昇し、アメリカ国民の生活が苦しくなると、バイデン政権には逆風です。

世界には、アメリカの頼みをちゃんと聞いてくれない国も結構あって、国際社会の中でアメリカの力が、湾岸戦争時のように「1強時代」じゃないのは明らかです。その後、2013年にはオバマ大統領自身が「アメリカはもう世界の警察じゃない」と言っているし、続くトランプ大統領は、「アメリカ・ファースト」なんです。

バイデン大統領は5月の訪日の際に「台湾はアメリカが守る」というメッセージを出しましたが、今アメリカが本当にどこまで世界の防衛に責任を果たせるのか、アメリカ国内で支えがあるのかなというのが、正直心配なんです。

だから今のパックンの議論は、アメリカが日本をこれまで通り守ってくれるからいいじゃないかということになるんですけど。でも、もうそうじゃなくなってくるかもしれないという前提で議論し始めることも大事かなと思います。もし夫婦関係にたとえるなら、専業主婦の妻が日本で、稼ぎのいい強い夫がアメリカ。その関係の見直しが必要かと。

パックン 相手が支えてくれると思っている配偶者が、もしかしたら浮気してるんじゃない?離婚を考えてるんじゃない?だったら、私も今のうちに経済力をつけなきゃいけないという、そういう考え方ですか。夫がだらしなくなってきたという。

ホワイトハウスで演説するバイデン大統領=2022年4月、ワシントン、朝日新聞社

中川 決して浮気とか離婚ではなくても、やっぱり夫がダラダラしだしたら、専業主婦は心配になります。これは一般論ですけど。

パックン アメリカがだらしなくなってきたことは、僕はもう認めますよ。だから、日本が、独自の防衛力を高めることは反対じゃないですよ。でもお金は賢く使って欲しいです。戦闘機を自ら作るのが、果たしてコスパがいいのかと言ったら、僕はそうでもないと思うんです。アメリカが日本に戦闘機を売らなくなるほど関係が崩壊する可能性があるなら、日本はアメリカ以外と同盟を結ぶことも視野に入れないとダメだと思うんですよ。

日本が、アメリカ経由で友好関係を保っている韓国とか、もしくはQUAD(クアッド、日米豪印4カ国の協力枠組み)とかAUKUS(オーカス、米英豪の軍事同盟)などの安全保障上の枠組みが全部崩壊して、日本が本当に自立しなきゃいけないなら、防衛費がGDP2%では足りないですよ。20%とか考えた方がいいです。

その場合、同盟はアメリカ抜きのNATOEU諸国と結ぶのか、それとも中国と結ぶのか、いろんな選択肢があると思うんですけど、本当にアメリカに絶望するんだったら、やっぱり核開発とかも真面目に議論しなきゃいけないと思うんです。アメリカは確かにだらしなくなっているんですけど、そこまで関係が壊滅状態だとは思わないです。

中川 私も、もちろんそうは思っていません。日本はそれをそろそろ、最低限の議論はしないといけないと思います。たとえば、中間選挙後、アメリカがレイムダックになり、あるいはその2年後にトランプ氏が大統領に復活したときに、あのトランプ氏をうまくマネージして伍(ご)してきた安倍元首相はもういないわけです。

当時、国際社会の中で、トランプ大統領のアメリカともっともうまくやっていたのは日本でした。でも、今度はどうなるかは正直分かりません。だから、今のうちに、日本人は危機感を持っていかなければならないと思います。

パックン 中川さんの懸念は分かります。だけど、危機感の高め方にはいろんな方法があると思うんです。

僕は、日本は、経済力を高めて、軍事ではない国力を高めて、長期的な戦争に勝てるようになるとか、「日本に戦争をふっかけても絶対勝ち目がない」と思わせる方が、結局は抑止力になると思うんですよ。

他の国は、日本人は武器を持っているから、民間シェルターがいっぱいあるからミサイルを落とせない、と思わないと思うんですよ。それよりも、日本はアメリカなどと強い同盟関係を持っているからやばいとか。日本は、最先端のスマートな防衛力があるから、従来型の軍事能力では勝てないと思わせるとか。防衛費の使い方には大いに工夫が必要です。

()この対談は107日に実施しました。対談写真は岡田晃奈撮影。