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父のカレーでスパイスに目覚めた 今も作る10歳の私のレシピ

荻野恭子の 食と暮らし世界ぐるり旅。
小学4年生の頃に考えたカレーライスのレシピは、今なお現役。(撮影=竹内章雄)

●祖父は魚河岸商、父は天ぷら屋

私の父は生粋の江戸っ子。深川で天ぷら屋を営んでいました。大正生まれで、20歳の頃に召集され、戦時中は中国の武漢におりました。部隊の炊事を担当していたそうです。

2、3年中国に滞在するうちに、中華饅頭をはじめとする粉ものも作れるようになり、戦後日本に戻ってからは、私たち家族にもよく作ってくれたものです。

父は、もともと料理人をしていたおかげで中国でも厨房で働かせてもらえたわけですが、そうでなければ戦地に行っていたかもしれません。とはいえ、戻ってもそうすぐには仕事はなかったそうです。うちは、祖父が築地市場ができるより前の時代から、日本橋で魚河岸商を、祖母は京橋で甘味処を営んでいました。戦後は築地で海老などを扱うようになっていたこともあって、父は余った魚介を揚げて商売にすることに決め、渋谷で天ぷら屋を始めたそうです。天ぷらは日本料理である一方で、中国がルーツとされるものがいくつもあります。粉もの、揚げ物、父が伝えてくれた大陸の文化が今の私の仕事に繋がっていったような不思議な縁を感じています。

●幼少期に東京で食べた、ハイカラなスパイス料理

また当時、銀座や浅草には中華料理やインド料理、洋食のお店が多く、新橋の田村町にもリトルチャイナタウン的な場所があって、家族でよく食べに連れて行ってもらいました。カレーのスパイス、麻婆豆腐のスパイス、洋食のローリエやシナモン。世界各国のスパイスがつながっているような感覚で、幼いながらにぼんやりと興味が湧いたのも、こういったお店の影響は大きかった気がします。

●S&Bのカレー粉で作る、父のカレー

そして、なんと言っても父のカレーです。父はいつも、カレー粉と小麦粉を炒り、だしで伸ばしてルーにしていました。レトルトカレーや市販のカレールーなども発売されましたが、実は未だ食べたことがないんです。使っていたのは、おなじみのS&Bの赤缶に入ったカレー粉。大正時代に発売されて以来、長年研究が重ねられ、戦後になって赤缶として発売されたものだそうです。

カレーは、イギリスが1600年に東インド会社を設け、インド支配に乗り出したことが契機となって本国へライスとともに伝えられ、西洋料理の一つとしてヨーロッパから日本にもたらされたと言われます。つまり、カレー粉も同様にイギリスから日本に入って来たもの。その後、海軍食にも起用され、穀物を主食にしていた関係からライスカレーとして定着。国民食と呼ばれるほど全国に広まり、学校給食のメニューにもなるなど、食生活が大きく変化しました。

●料理は工夫だと、父の料理が教えてくれた

父のカレーは私にとって、スパイスを使っているからご馳走だという感覚はなく、祖父のお店で余った素材が、工夫次第で飽きずにいろんな味に料理できるのだと、料理の面白さの方に魅せられていました。

昔の魚市場は現在のように予約制ではないですし、冷蔵庫も木製で氷で冷やすようなものでしたから、海産物をたくさん仕入れた場合、お客さんがこなければ無駄になってしまうでしょう? 私たちのご飯も、ずーっとエビになったりするわけです(笑)。ですからよその子が、「エビ!エビ!」って喜ぶほど、特に執着もなかったですね。あとは、沢ガニもよく入っていました。なんであんなのを仕入れてくるんだろうと思っていたんですけど、生きたまま飼えるし、長生きするんですよ。素揚げにして天ぷらの盛り合わせの横に添えると、夏の風物詩的な感じになってね。うちではそれもカレーに入るというわけ(笑)。

そんな風にして残ったものをみんな入れて、カレーや天ぷらや、いろんな料理にしていました。家庭で賄いを食べていたようなものです。贅沢というより残り物。祖母が明治女でしょう。「料理は始末が大切だ」といっては、盛んに言い聞かされていましたね。

●最初にレシピを考えたのは、小学4年生の時

私はおばあちゃん子でしたが、父の料理を横目にみながら祖母を手伝ううち、小学校4年生の頃にはカレーライスを作れるようになっていました。父同様、赤缶のカレー粉を使ったスパイスカレーで、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、豚肉の入った、さらっとしたものです。 

当時のレシピは今も時々見直します。現在もほぼ変わることなく、私が家族に作り続けている「おうちカレー」のベースになっていますね。進化した部分といえば、子供の頃はカレー粉と小麦粉をそのまま加えていたものを、今は炒めてルーにしてから加えていることくらいでしょうか。

30種以上のスパイスが配合された、赤缶カレー粉。祖母が買ってくれた皮むきは今も宝物。これでじゃがいもの皮をむいていた。

●高校時代、ホールスパイスを乳鉢でするのが趣味だった

昭和40年代には明治屋さんや紀伊國屋さんでもスパイスを扱うようになりましたが、種類はそう多くはなかったと記憶しています。高校生になった頃、S&Bのカレー粉を再現しようと、粉末スパイスを調合するようになりました。

原材料を見ると、ターメリック、コリアンダー、クミン、フェヌグリーク、胡椒、赤唐辛子、陳皮、そのほかと書いてあります。何と、30種ほどのスパイスを合わせているとか。そのほか、同じく粉末状のミックススパイスであるガラムマサラの配合にもはまっていましたね。

既に社会人だった姉から、現在は麹町に移転した(当時は九段下にあった)「アジャンタ」に食事に連れて行ってもらい、そこでホールスパイスがそのまま使われているカレーの美味しさに目覚めました。都内にはインド料理のお店も随分と増えてきましたが、当時は北インド料理のお店が主でした。

インドは主に北と南でスパイスの扱い方が大きく異なります。「アジャンタ」は、珍しく南インドの料理がベースで、スパイスもそのままホールで入れていました。キーマカレーなどに使うスパイスもホール。それが美味しくて、自分もホールでスパイスを入れてみようと、いろいろな種類のものを明治屋で買っては乳鉢で擦り潰し、ミックスして加えるなど夢中になっていきました。粉末状のものは便利ですが、香りが飛びやすいのですね。

若い頃、これで様々なスパイスを配合していた。スパイス専用の乳鉢は、口が狭く底が深い臼のようなものが多いが、当時の東京では手に入りにくかった。小ぶりなすり鉢とすりこぎで工夫していた。

●北インド、南インドのスパイスの違いのこと

簡単にお話しすると、北インドは小麦の産地で内陸部。イランやシルクロード、モンゴル、中国、中央アジアと隣接していて、山岳系の遊牧民が多く暮らしています。夏は暑く冬は寒い。標高も高く作物、スパイスが育つ環境ではないため、国内外の各地より流通する粉末スパイスを主には使っています。ガラムマサラなどは数種類を混ぜて作る自家製スパイスですが、これも北の文化。遊牧民が多いので、乳製品を使った濃厚でシチューのようなカレーが多いです。日本でおなじみのバターチキンカレーなどは北インドの料理です。

一方、南インドはタミル人をはじめ多くの民族が入り交じる地域で、海に面しているため気候に恵まれ、米も農作物も魚介もスパイスも豊富で、新鮮なスパイスをホールで使うのが特徴です。スパイスをホールで使うので、香りは強いけれど、スープ的。サラッとしていて、スパイシーだが唐辛子の辛さではないのです。

様々なスパイス。(撮影=竹内章雄)

●シンプルなスパイス使いに感動

ムンバイ(ボンベイ)出身のレヌ・アロラ先生のところにもインドの家庭料理を習いに伺っていました。23くらいの頃です。先生は当時、神戸からアタ(チャパティなどを作る全粒粉)やスパイス類を取り寄せていました。神戸は貿易港でしたので、西洋からのスパイスが昔から流通していたこともあり、商社も多かったのだと思います。南青山のミラ・メータさんのお店「ビンディ」にも食事に行くようになり、料理も習うようになったのは30くらいの頃でした。お二人とも、ムンバイ出身。今でこそいろいろな地域の料理が日本にも出てきましたが、当時はインド料理といえば主流は北インドが多く、先生方も北インドベースの家庭料理を広められました。

アロラさんは日本人が作りやすいよう、クミン、コリアンダー、唐辛子、ターメリック、ガラムマサラといった基本のスパイスの扱い方を教えてくださいました。あれこれ自分でミックススパイスを作ろうと頑張ってきた私にとって、彼女のシンプルな配合を聞いたときには、それはそれは感動しましたね。

レヌ・アロラさんのインド料理。使用するスパイスもシンプルで、「これぞ家庭料理!」と膝を打った瞬間だった。1978年頃。(写真提供・荻野恭子)

初めて作ったポークカレー

材料(3〜4人分)
豚こま肉 200g
玉ねぎ(薄切り) 1個
にんじん(角切り) 1本
じゃがいも(皮をむき角切り) 1個
にんにく(すりおろす) 1かけ
しょうが(すりおろす) 1かけ
ベイリーフ 1枚
塩 小さじ2
トマトケチャップ、ウスターソース 各大さじ1/2
油 大さじ1
カレー粉 大さじ1〜2
小麦粉 大さじ1〜2
温かいご飯 適量

作り方
1 鍋に油を入れて熱し、にんにく、しょうが、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、豚肉を入れて炒める。
2 ベイリーフ、水7カップ、塩を入れ、アクを引きながら中火で20分ほどコトコト煮る。
3 トマトケチャップ、ウスターソースを加えて混ぜる。
4 フライパンに小麦粉とカレー粉を入れて炒り、3の汁を少量加えてルーにする。
5 3に加え、弱火で10分ほど煮込む。
6 皿にご飯を盛り、4のカレーをかける。
※初めて作った小学4年生のころは、4のようにルーにはせず、そのまま鍋に加えていました。