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プーチンを動かした「朕は国家なり」という信念 ロシア1月政変を読み解く

迷宮ロシアをさまよう
ロシアのプーチン大統領(左)と会談する連邦税務局のミシュースチン長官=ロイター

間が悪かった前回のコラム

本連載では前回、「結局、プーチンの後継者は誰なのか問題」というコラムをお届けし、ロシア最高指導者の後継シナリオについて論じました。ところが、記事が配信された翌日の15日、プーチン大統領が年次教書演説を行い、その中でかなり大掛かりな憲法改正を提案、それを受けメドベージェフ内閣が総辞職するという大きな動きがありました。それなりに力を入れて書いたつもりだったコラムの賞味期限が、わずか1日ちょっとで切れてしまったような気がして、少々へこみました。

しかし、自分の書いたテキストを改めて読んでみて、内容自体は悪くないというか、むしろ良い線を行っていたのではないかという気がしてきました。見立てはそんなに外れていなかった、と。誤算だったのは、ポスト2024年に向けた動きが、予想よりもずっと早く始動してしまったことでした。

ただ、当の閣僚たちも内閣総辞職について知らされておらず、驚いたということですので、筆者がそれを察知できなかったのも無理はありません。そもそも、ロシアではクリスマスが1月7日ということもあって、1月半ばくらいまで休暇というのが普通です。大統領教書演説が1月に行われたこと自体、今回が初めてでした。まだ政府もマスコミも休暇気分が抜けない1月15日というタイミングでの重大発表には、不意を突かれた人が多かったのではないでしょうか。

いずれにしても、ロシア政治が大きく動きましたので、本稿では前回コラムでお伝えした内容をアップデートしておきたいと思います。

院政シナリオが現実味を増す

プーチン大統領は1月15日の教書演説で、憲法改正に関する一連の提案を示しました。かなり広範な改憲プランであり、新憲法制定に近いものと言えそうです。その本質を一言で言えば、現在のような強い大統領権限を制限し、議院内閣制的な方向にシフトさせるというものでしょう。現制度では、大統領が首相を指名し、連邦議会の下院がそれを事後的に承認する形になっています。それを、今後は下院が首相を任命し、その他の閣僚も首相の提案にもとづき下院が承認する方式に変えるという提案です。また、大統領が主宰し、政権幹部および各地域の首長らから成る「国家評議会」という諮問機関があるのですが、これを憲法に権限が明記された機関に格上げするという方針も打ち出されています。

今回の改憲提案および内閣交代は、プーチンが大統領任期の切れる2024年後も実質的な最高指導者に留まるための布石であると見る点で、大方の見方は一致しています。明らかになった改憲の方向性からして、プーチンは2024年に(もしかしたら早まるかもしれませんが)大統領の座から退き、別の形で国をコントロールしようとしているのでしょう。あるいは、教書の中でも言及された国家評議会の機能を強化し、そこに軸足を移すのかもしれません。だとすれば、前回のコラムで示した3つのシナリオのうち、第1に挙げたカザフスタン・ナザルバエフ型の院政方式に近いものになりそうです。

しかし、現時点ではまだ最終的なプランは決まっていないのではないかという気がします。エリート、マスコミ、一般国民などが、プーチン提案にどのような反応を示すかも見極めつつ、いくつかある選択肢の中から、これから具体的に決めていくのではないでしょうか。ただ、憲法改正作業は短期間で進められる見通しで、今年春までに草案をまとめ、国民による「投票」を経て(どういう形式の「投票」なのかがまた不透明なのですが)、年内にも改憲が完了するなどとも言われています。

メドベージェフ退任の意味合い

プーチンが2024年後をにらんで改憲を提案した理由は分かったとして、それとセットで内閣の交代が打ち出されたのは、なぜだったのでしょうか?

メドベージェフ前首相については、前回のコラムで解説したとおりです。序列の上では、一応はプーチンに次ぐ政権No.2ではありました。しかし、メドベージェフはここ数年の失言や不正蓄財疑惑に加え、2018年6月発表の年金改革が決定打となり、すっかり嫌われ者となっていました。そのことは、レバダ・センターという調査機関が毎月実施している国民の意識調査からも明らかです(上掲の図参照)。プーチン大統領がいずれかの時点で内閣人事を一新し政権の浮揚を図るということは、以前から想定されていたシナリオでした。

前回も述べたとおり、プーチン政権の最優先事項は、現在ある支配体制の利益を守るという点に尽きます。しかし、もしもプーチンが1月15日に改憲だけを提案したとしたら、あからさまに「自らの保身のための工作」というニュアンスを帯び、国民の反発を食らいかねません。そこでプーチンは、教書演説の中で延々とロシアの社会的な課題について語り(「低学年の学童全員に温かい給食を」といった分かりやすい話を巧みに盛り込んだ)、「その国家的な課題に取り組むための政治改革」という打ち出し方をしたわけです。

その際に鍵になるのが、「ナショナルプロジェクト」という政策枠組みです。以前書いた「プーチンの『ロシア改造計画』はどこへ 人もコンクリートも重視の欲張りプロジェクト」というコラムで解説したとおり、2018年5月にスタートした4期目のプーチン政権では、12の優先的な分野を指定し(インフラ計画も含めれば計13)、それぞれについての「ナショナルプロジェクト」を策定して実施することが、政策運営の柱になっています。

しかし、プーチン大統領はメドベージェフ内閣によるナショナルプロジェクト実施状況に不満を抱いていたようです。財務省の発表によれば、2019年のナショナルプロジェクト関連予算の執行率は91.4%だったとのことなので、それほど低いようにも思えません。そもそもが、長期的取り組みを要する構造的な課題への挑戦ですので、目に見えるような即効的な成果は得にくいはずです。それでも、ナショナルプロジェクトを現政権の目玉に据えているプーチン大統領としては、「結果が出てないじゃないか」という苛立ちを覚えたのかもしれません。そこで、行政府を刷新し、連邦税務庁長官として手腕が注目されていたミシュースチン氏を新首相に抜擢して、ナショナルプロジェクトに重点的に取り組ませようとしたのでしょう。

首相の座を去ったメドベージェフ氏には、「安全保障会議」の副議長というポストがあてがわれました。安全保障会議は、国の重要な安全保障問題を協議するための大統領直属機関であり、大統領がその議長を務めています。ただ、副議長は今回メドベージェフのために新設されたポストであり、今後同氏がどれだけの影響力を発揮できるかは不透明です。プーチンは、自分に脅威になったり歯向かったりしない限り、功労者にはそれなりの処遇で応える人であり、長年苦楽を共にしてきたメドベージェフにも見栄えのする役職を与え、「解任」というニュアンスをなるべく出さないようにしたのでしょう。

ロシアの専門家の中には、「プーチンはメドベージェフを後継者にしようとしていて、だからこそ、首相として火の粉をかぶらないよう、その職から外した」といった穿った見方を示す向きもあります。確かに、メドベージェフは決定的に「失脚」したわけではないので、プーチン体制の重鎮の一人に留まりますし、今後の成り行き次第では、再び檜舞台にカムバックする可能性もないわけではありません。しかし、素直に解釈すれば、メドベージェフはプーチンの後継者候補として二歩、三歩後退したと考えるのが自然なのではないでしょうか。

ミシュースチン新首相が最近までトップを務めていたロシア連邦税務局(撮影:服部倫卓)

敏腕ミシュースチンを新首相に抜擢

後任の首相に抜擢されたのが、連邦税務局の長官を務めてきたミシュースチン氏です。筆者を含め、まったくノーマークだった人物でした。1966年モスクワ生まれの53歳です。

ただ、実は本連載ではすでに一度、ミシュースチン氏が登場していたのですね。昨年10月1日、日本の消費税が増税されるタイミングで発表した「ロシアの増税はどうしてスムーズ? 日本もプーチンに見習うべきか」というコラムです(その時は伸ばさずにミシュスチンと表記していましたが)。ロシアの付加価値税は世界的に見てもきわめて執行率が高いという話を紹介しました。

2010年に連邦税務局長官に就任したミシュースチン氏は、付加価値税だけでなく、徴税業務全般にイノベーションをもたらしました。日本でも確定申告は頭痛の種ですが、かつてのロシアは日本の比ではなく、中小企業や市民にとって納税手続きは長時間と煩雑な手続きを要する修羅場だったと言います。それを一変させたのがミシュースチン長官であり、彼の主導で電子ネットワークシステムが導入され、企業や市民は税務署の電子端末で簡単に納税ができるようになりました。しかも、結果として徴税率も改善し、過去5年間でロシア経済が実質3.2%しか成長していないにもかかわらず、税収は実質36.5%も伸びたということです。

プーチン大統領は、この税務部門での実績を買い、「今度はこの男にナショナルプロジェクトを任せてみよう」と考え、首相に抜擢したのだと思われます。その際に、プーチン側はなるべく早くナショナルプロジェクト・シフトを進めたいと希望し、そのためには新内閣の手により2020年連邦予算にも早速修正を加えるべきだと判断したのでしょう。今回の内閣交代が、ロシアの政治カレンダーではまだ休暇モードのはずの1月中旬という異例の時期に強行されたのには、そうした事情があったと筆者は推察します。

ところで、前回のコラムでは、「その時に(メドベージェフ大統領が解任された場合に)起用される新首相は、プーチンの有力な後継者という位置付けになるのではないでしょうか」と指摘しました。この見立てに関しては、的中しなかったようです。多くの専門家は、ミシュースチンは「政治的」な首相ではなく、「技術的」な首相だと認識しています。つまり、完全に大統領に従属し、実務的な仕事だけを粛々とこなしていくタイプの首相になるだろうと見られているわけです。ただし、首相としてのミシュースチンの働き次第では、政権の中の序列が上がり、将来的に最高指導者の候補に浮上する可能性も、なくはないと思います。

下院での反対票はゼロ

プーチン大統領がミシュースチンを首相候補に指名したことを受け、1月16日に下院で承認投票が行われ、定数450のところ、賛成383、反対0、棄権41で可決されました(棄権したのは共産党議員)。ロシアの憲政史上、首相の承認に反対者が一人も出なかったのは、これが初めてです。上の図の青が賛成票、赤が反対票ですが、プーチン体制下で趨勢的に賛成比率が高まっており、ロシア政治の多元性が失われていることが見て取れます。

もちろん、反対が多ければ偉いなどということはありませんし、個人的にも1998年頃の不安定なロシア政局には嫌な記憶しかありませんが、かといって、プーチン体制延命策が透けて見える今回の内閣交代に、誰一人反対しないというのはどうなのでしょうか。ロシアのエリートたちは、2024年以降もプーチン時代が続くことをすでに織り込んで、その中で自分の保身を図っていくことしか考えていないかのようです。

上で「プーチン政権の最優先事項は、現在ある支配体制の利益を守るという点に尽きる」と書きましたが、おそらくプーチンの主観の中では、自分がしっかりと権力を掌握し続けないと、ロシアは再び1990年代のような混乱と没落の時代に逆戻りしてしまうという危機意識があるのでしょう。「朕は国家なり」との言葉を残したフランスのルイ14世よろしく、プーチンも自らの権力体制をロシア国家の安寧に重ね合わせているのだと思います。それゆえにこそ打ち出された今回の改憲と内閣交代であり、これにより2024年以降もプーチンが手綱を握り続けることが濃厚となりました。

リベラル派の筆者は、競争的で政権交代可能な政治体制を築くことこそ、長い目で見れば、その国の安定に繋がると信じています。体制派エリートたちはすでに軍門に下ったようですが、ロシア国民、とりわけ若い世代がどのような反応を示すのか、注視していきたいと思います。