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ロシアの増税はどうしてスムーズ? 日本もプーチンに見習うべきか

迷宮ロシアをさまよう
モスクワのスーパーマーケットの風景。キャッシュレス化やセルフレジなどの普及も目覚ましい。(撮影:服部倫卓)

日本の増税の日に寄せて

様々な議論がありましたが、本日10月1日より、日本の消費税は8%から10%に引き上げられます(酒類・外食を除く飲食料品および新聞定期購読には8%の軽減税率を適用)。

筆者自身の旗幟を鮮明にしておくならば、私はゴリゴリの財政タカ派です。今回の消費税引き上げは当然のことであり、むしろ遅きに失したと考えています。「今は経済状況が良くない」とか、「世界経済のリスクが」などと言って、増税の延期や中止を主張する論者もいましたが、今後、日本経済が今より良くなったり、世界経済のリスクが払拭されたりする保証など、あるのでしょうか? 逆に悪くなる可能性だって充分にあります。今、増税をしないというのは、財政再建の努力を永遠に放棄することと同じだと思います。

それにしても、日本で消費税を8%から10%に引き上げるだけで、これだけ苦労したことを考えると、大衆迎合化が加速する民主主義の中で、政治家が税率を決めるのは、もう無理ではないかという気がしてきます。日本の消費税も、経済・財政状況に応じて自動的に税率をスライドさせるとか、いっそのこと人工知能に税率を決めてもらうとかして、政治から切り離した方がいいのかもしれません。

その点、ちょっと注目に値するのが、ロシアの事例です。実はロシアも本年初頭に増税を実施しました。日本の消費税に相当する「付加価値税」の標準税率を、18%から20%に引き上げたものです。にもかかわらず、ロシアでは増税をめぐって大きな混乱や論争は起きず、プーチン政権は比較的スムーズに税率の引き上げに成功したからです。

果たして、ロシアにおける増税の進め方は、日本の模範になるでしょうか?

ロシアの付加価値税の概要

まず、ロシアの付加価値税の概要を整理しておくことにします。

日本の消費税導入から遅れること約3年、ロシアの付加価値税の歴史がスタートします。1991年暮れに社会主義のソ連邦が崩壊し、エリツィン大統領率いる新生ロシアでは、ガイダル首相代行率いる内閣が急進的な市場経済移行を目指しました。その改革の一環として、西欧諸国などで採用されている付加価値税を、ロシアも取り入れることになったのです。1992年1月1日に導入された付加価値税の税率は、何と28%。さすがは、ミスター・ショック療法のガイダル首相代行、やることが大胆でした。

しかし、ロシアにおけるその後の付加価値税の歴史は、むしろ負担軽減の連続でした(上掲の図を参照)。1992年2月には早くも、いくつかの基礎食品の税率を15%に引き下げ。1993年の年初からは、標準税率が20%に引き下げられるとともに、本格的に軽減税率が導入されました。軽減税率は、基礎食料品と子供用品を対象に、10%の優遇税率を適用するものです。さらに、2004年の年初からは、標準税率が18%に引き下げられました。2019年の年初に標準税率が18%から20%に引き上げられたのが、実はロシアにとって初めての付加価値税増税だったわけです。

さて、天下の大愚策として知られる軽減税率ですが、採用している国はかなり多く、ロシアでも1993年の導入以来、税率10%でずっと維持されています。今日では、当初の基礎食料品、子供用品に加え、定期刊行物および教育的な図書、医薬品、国内航空運賃もその対象となっています。食品に関しては、軽減税率の対象はあくまでも肉・卵・乳製品・油・砂糖・パン・野菜といった基礎的なものだけで、加工食品などは対象外。なお、ロシアでは日本と違って、買った食品を持ち帰ろうがイートインしようが税率は同じです。ロシアで定期刊行物が軽減税率になっているのは、新聞が優遇策を勝ち取った日本とちょっと似ていますが、ロシアでは雑誌も対象であり、また店で一部だけ買っても軽減税率が適用されます。

注目すべきことに、付加価値税はロシアで最も納税率の高い税種なのだそうです。すなわち、現状で、本来支払われるべき税額と、実際の税収との間の乖離が、1%未満なのだとか。ロシア連邦税務局のミシュスチン長官は、「ヨーロッパではこの乖離はどんなに良くても10~15%程度はある」として、ロシアの執行率の高さに胸を張っています。ロシアでも以前は、還付制度を悪用した付加価値税の脱税が横行していたのですが、2013年に「付加価値税還付監督自動システム」が導入されて以来、劇的にパフォーマンスが改善したということです。

ちなみに、ロシアの財政は直近で黒字であり、向こう3年間の見通しでも黒字が続くことになっています。財政がピンチなわけでもないのに、なぜこのタイミングで国民に負担増を強いたのでしょうか? その答えは、本連載の「プーチンの『ロシア改造計画』はどこへ 人もコンクリートも重視の欲張りプロジェクト」で紹介した「ナショナルプロジェクト」にあります。プーチン政権は、付加価値税の増税で得た追加歳入を、ナショナルプロジェクト実施の原資の一部にしようとしているわけです。

ロシアの値札には税込み価格しか書かれていない(撮影:服部倫卓)。

なぜロシア国民は怒らなかったのか

ロシア政府が付加価値税の税率を18%から20%に引き上げる方針を示したのは、2018年6月14日のことでした。この連載の「ワールドカップ成功の影でプーチン氏の支持率が落ちている」の回で解説したとおり、サッカー・ワールドカップの開幕戦にロシア国民の関心が集中している隙に、年金受給年齢の引き上げと付加価値税の増税をしれっと発表したものでしたが、その後国民のプーチン政権への支持率はかなり低下しました。

筆者は当初、「年金と増税は、同じくらい国民の怒りを買うのではないか」とイメージしていたのですが、実際には年金問題と比べて、増税への反応は鈍かったようです。現地専門家によれば、平均的なロシア国民は増税と物価上昇の関係をきちんと見極めるほどのリテラシーを備えておらず、2019年初頭の増税にあまり注意を払わなかったと言います。実際、付加価値税のことがあまり意識されていないためか、ロシアでは増税前の駆け込み需要も、増税後の反動減も起きず、インフレ率が少し上昇した程度でした。

2018年7月にロシアで実施されたアンケート調査によると、2019年から付加価値税が引き上げられるというのを聞いたことがあるという回答者が、65%でした。しかし、その時点での標準税率が18%であるということを正確に答えられた回答者は、32%しかいませんでした。ロシア国民の付加価値税についての意識が概して低いというのは、本当のようです。日本の国政選挙で消費税問題がかなり尖鋭な争点になるのに対し、ロシアの選挙で付加価値税が争点になったという話は聞いたことがありません(従来は引き下げられる一方だったという事情もありますが)。

ロシア国民が付加価値税の負担をあまり意識しないのには、それなりに原因があると思います。ロシアの付加価値税はすべて内税方式であり、上の写真に見るように、商店の値札には税込み価格しか書いてありません(もっとも、西欧諸国などでもそれは同様だと思いますが)。

買い物を済ませて、レシートをもらうと、そこには支払金額のうち付加価値税の分がどれだけかが記されています。たとえば、下に示した画像は、筆者が9月にモスクワのスーパーで買い物をした際のレシートです。895.46ルーブルの支払いのうち、税率20%で課税された付加価値税が105.41ルーブル、税率10%で課税された付加価値税が23.91ルーブルと、しっかり明記されています。「アシャン」という大手スーパーだけあって、このレシートはかなり丁寧で、良く見ると品目ごとの税率も書かれていますね。

モスクワのスーパーで買い物をした時のレシート。赤い星を付けた部分が付加価値税の内訳を示した箇所

しかし、こうした全面的な内税方式では、支払った金額のうち、税金がどれだけだったのかという情報を、事後的に受け取るだけです。レシートの細かい文字をいちいち読まない人や、老眼で読めない人も多いでしょう。これでは、18%から20%に上がっても、気に留めない人がたくさんいそうです。税金を取る側には好都合ですけれど、取られる側の痛税感が薄れ、結果的に納税者としての権利意識も育まれない恐れがあります。

なお、ロシアでは外食産業の事業者も付加価値税を納税しますが、技術的な理由から外食店のレシートには付加価値税額が明記されず、これもこの税種が国民から気付かれにくくなっている一因かもしれません。

というわけで、ロシアで2019年1月の増税があまり政治問題化せず、スムーズに運んだのは、ロシア国民の意識の低さにプーチン政権が付け込んだような形でした。いくら財政健全化に資するものでも、日本として模範とすべきモデルなどではないことは明らかです。