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タックスヘイブンの島をかえる27歳の大臣

欧州の格差を歩く 更新日: 公開日:
中心都市のセント・ヘリアにある金融街。銀行や金融サービスの会社が軒を連ねている

英国とフランスの間に浮かぶ英王室属領のジャージー島は、世界から資金が流れ込む「タックスヘイブン(租税回避地)」として知られている。投資を呼び込むため、富裕層らに税を優遇してきたこの島でいま、格差が問題となり、税の仕組みをより公平に変えようという動きが出ている。その中心にいるのは、27歳の若き大臣だ。

高級そうなクルーザーが連なる海岸沿いに整然とビルが並び、通勤時間になるとスーツ姿の人たちが次々と吸い込まれていく。歴史的に英国王室が有してきた領地である島は、強い自治権を持ち、標準の法人税率は0%(金融機関は10%)で金融取引にかかるコストも低い。淡路島の5分の1ほどの面積に29の銀行が拠点を構え、約1100億ポンド(約16兆円)の預金を抱える。人口10万人の島で仕事につく人の4人に1人が金融業界で働いている。中心部はまさに金融センターだ。

金融街の近くには、高級そうなクルーザーが並ぶヨット・ハーバーがある

そんな島を、世界のタックスヘイブンの内実を暴露した「パナマ文書」が報道された2年前、取材で訪れた。その時に知り合ったのが、政党「改革ジャージー」の党首、サム・メゼックさん(27)だ。大半の議員が政党に属さずに独立して活動している議会では唯一の政党で、島の人に「サム」と呼ばれて慕われていた。当時の取材で、富裕層を優遇する島の税制に疑問を投げかけ、「公平な仕組みに変えなければ」と熱く語っていたのがとても印象的だった。今年5月にあったジャージーの総選挙(定数49)で、社会民主主義を掲げる改革ジャージーは3議席から5議席に増やし、サムが子ども・住宅担当大臣として入閣したというニュースをみて、島を再び訪ねてみた。

「改革ジャージー」の党首で、子ども・住宅担当大臣のサム・メゼックさん

待ち合わせの議会前の広場にスーツ姿で現れたサムは「さらに4年間、野党でいるより、政府の中で僕たちが変化をつくれることを証明したいと思ったんだ。一部のお金持ちのためでなく、多くの人のための政治をしたい」と意気込みを語った。最近の島の様子を聞くと、「島の経済は成長しても、人々の所得は上がっていない。お金持ちがより金持ちになり、貧しい人がより貧しくなっている」という。
ジャージー政府の2014年~15年の報告書によると、所得の上位10%のグループと下位10%のグループの平均所得の差(住宅費の負担後)は5年前の12倍から19倍に広がった。その後の状況は統計がないので実態は分からないが、「市民の声を聞く限り、島では一般の人の生活水準は悪くなっていると思う」とサムは説明した。

いま、問題になっているのは、住宅価格の値上がりだという。

中古の家財道具店を訪ねると、店番をしていたシャロン・モーレイさん(48)は「引っ越しで家財道具を処分したいという人が多くて超忙しいの。今日も夫は引っ越しをするお客さんの家に行っているわ」と話した。レジの後ろには家財道具を引き取りの予約がいくつも並んでいた。「でも家のサイズアップをする人だけじゃないのよ。公共住宅や安めの物件に移るために処分するという話もよく聞く」という。

買い取った中古の家財道具の販売店を営むシャロン・モーレイさん

政府の統計データでは昨年の住宅価格の上昇率は3%だが、不動産会社のフェルナンド・ピレスさん(45)によると、中心部の物件の家賃は1年間で約8%上がった。「海外の富裕層が島の物件に投資をしているからだ」という。ピレスさんによると、一定の条件を満たした投資家は、購入した物件の不動産税は1%で済む。お金のある人には、いろんな面で税優遇があるようだ。「ロンドンは欧州連合(EU)離脱でどうなるか分からないから、ジャージーにお金が流れている。投資するだけで住まずに貸し出す人も少なくない」

家賃の上昇の影響をもっとも受けるのが、所得の低い人たちだ。

セント・へリアの公営住宅が並ぶ一角で、仕事から帰ってきたダニエル・ペレスさん(23)は「給料の大半は家賃に持っていかれる」と不満そうに話した。ポルトガル北部ポルトで暮らしていたが、仕事が見つからないため、妻の出身地であるジャージー島に数カ月前に引っ越してきた。しかし、職場のレストランの給料は最低賃金の時給7・50ポンド(約1090円)。「ここは仕事があるけど、生活は全然楽にならない」と言う。

セント・ヘリアの外れにある公営住宅。家賃を負担しきれないとして、政府は今年10月からの家賃引き上げの凍結を決めた

住宅価格の上昇を受け、島で約6千世帯ある公営住宅でも今年10月から家賃を525%値上げする予定だったが、住宅担当の大臣でもあるサムは財務大臣と協議し、値上げの一時凍結を決めた。政府から公営住宅の運営を委託されている住宅会社からも「住民が負担するのは不可能」と値上げ凍結の要請が上がっていたという。今後、家賃を含む公営住宅の支援のあり方について抜本的に見直しを進めていくという。

サムがこれから手をつけようとするのは、タックスヘイブンの本丸でもある税制だ。

島では富裕層らを優遇するいまの税制への不満の声があがっている。2008年の金融危機を受けて金融業界からの税収が落ち込み、政府は財政赤字に陥った。市民生活にも影響が出た。島で精神障害を持つ人を支援するチャリティー団体「マインド・ジャージー」によると、財政悪化で精神障害者向けの支出もカットされた。黒字に転換した今も、政府は公務員の賃上げを抑制する方針で、労組は反対運動をしている。政府は11年に、消費税のように大半の買い物にかかる物品・サービス税を3%から5%に引き上げたが、タックスヘイブンを批判する住民団体のジョン・ヘイズさん(80)は「富裕層や企業の税金を優遇しているのに、困っている人のための支出が削られたり、貧しい人も払わなければならない物品・サービス税を上げたりするのは不公平だ」と言う。

ジャージー島が「タックスヘイブンになっている」と批判するジョン・ヘイズさん(左)と友人のモウリス・メルへさん

こうした声を受け、サムは、首相にあたるジョン・ル・フォンドレ首席大臣を支援するにあたって結んだ政策合意で、所得税と社会保障の改革を目指すことを1番にあげた。

ジャージーの所得税は最高20%。最高45%の日本など、ほかの先進国に比べてかなり低い。サムは「より公平な税の仕組みが必要だ。所得税は最高税率を5%幅引き上げ、その分で得た税収を低所得者層の負担を下げたり、若者を支援したりするのに使っていきたい」という。総合大学がない島では英国の大学に行く若者が多いため、奨学金制度を拡充するという。法人税についても「払っていない企業にも払うようにしていきたい」という。

ただ、税制の改革は一筋縄ではいかなさそうだ。島で影響力のある金融業界は早速、改革ジャージーの動きを警戒している。

金融業界団体「ジャージー・ファイナンス」のジェフ・クック最高経営責任者(62)は「金融機関がここでビジネスをしてもらうために、競争力のある仕組みを築いてきた。(所得税の低さも)ここで雇用を増やしてもらうための魅力の一つだ」と話す。低税率のおかげでジャージーに資金が流れ込み、その資金をつかった様々な金融取引があるおかげで雇用が生まれているというわけだ。「魅力をなくしたら、ジャージーに投資してきた人は、ほかの国でビジネスをしようとするだろう。我々が競争しているのは、スイスやシンガポール、ドバイなどだ。それらの国の多くはよりシンプルな税制がある。魅力をなくしていけば、雇用が減り、税金を払う富裕層も少なくなり、結果として税収は減るだけだ」と言う。

金融業が加盟する業界団体「ジャージー・ファイナンス」のジェフ・クック最高経営責任者

確かにタックスヘイブンと言われる小さな国や地域は、産業に乏しく、低税率などを売りに資金を呼び込むことを生きるすべにしてきた。ただ、グローバル競争が激しくなる中、米国が法人税率を引き下げるなど、先進国も含め投資を呼ぶこむための「底辺への競争(Race to the bottom)」は激しさを増している。ジャージーが示すのは、税制を大きくゆがめ、本来必要な税収を得られなかったりすれば、最後にしわ寄せが来るのはその国民ということだ。

「問題は、過去の政府が、資金を呼び込んで成長を目指すことばかりで、そこに生まれる負の影響を真剣にみてこなかったことにある。そこに目をむけていきたい」というサムの言葉は、ジャージーだけの課題にとどまらないような気がした。