タハリール広場そばの「The GrEEK CAMPUS」。近くには2011年の反政府デモで亡くなった若者の写真が掲げられている。2万5000平方メートルの広大な敷地には、国内外のベンチャーを中心に130社が集まり、エジプト人同士でも英語が飛び交う。米配車大手「ウーバー」も中東初のオフィスを構えた。
オープンしたのは革命から2年後の13年。この年、革命後初の選挙で選ばれた政権が軍の介入で倒れ、その後実権を握った現大統領シーシは起業家支援に力を入れた。知名度抜群の立地と起業熱が功を奏して入居者は増え、手狭に。国内外の10カ所以上に拠点を広げる計画も進む。見据えるのは、中東と北アフリカの4億人近い新興市場「MENA」だ。
アンドルー・コウザム(26)は昨年、仲間とウェブサイトのソリューションを提供するベンチャーを始め、入居したばかり。スタッフが増えるたび少しずつ広い部屋を求め、すでにキャンパス内で3度引っ越した。「ここはエジプトのシリコンバレー。いるだけで国内外のIT企業との結び付きができる」
米アマゾンのウェブサービスを提供する「クラウドネクサ」は、「アラブの春」の様子をテレビで見た米・フィラデルフィアの本社役員が「エジプト人が国を変えようとしているのを励ましたい」という思いから中東初の事務所をここに構えた会社だ。社員は4人から始まり、今は20人。運営マネジャーのエジプト人シルバナ・ガブリエル(30)は「私たちは今度は、ここで技術の『革命』を起こそうとしている」と意気込んだ。
休日のキャンパスは、成功した起業家らの話を聴くイベントに集う若者であふれていた。その一人、大学4年のムハンマド・イマーム(22)は7年前には広場で独裁政権の退陣を求める声を上げる高校生だった。コネがなければ大卒でも仕事につけず、正義も自由もない。「そんな状況に嫌気がさしていた」。革命後に友人と2人で電化製品補修の会社「Scofield Company」を立ち上げた。今は事務所もない小さなベンチャーだが、大きく育てて、海外にも支店を出すのが目標だ。
いま、権力は再び軍出身者の手に戻り、言論や人権への圧力が国を覆っている。一方で、革命の年に1.8%に落ち込んだ成長率は4.2%まで回復。市内の喧噪とは別世界のキャンパスの中には、経済や雇用への期待感が漂っている。「あの革命で僕たちが求めていたことは、今、少しずつ実現されていっている」。ムハンマドは、そう考えている。