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ロシア・ワールドカップで無償ボランティアが成功した2つの理由

迷宮ロシアをさまよう
モスクワ・ボランティアセンターのウェブサイト(https://mosvolonter.ru)に掲載されたW杯に向けたボランティア募集のページ。ボランティアになる利点として、世界的イベントに参加できる、「街の顔」になれる、貴重な経験を積める、忘れられない思い出が残る、新しい友達ができる、記念品がもらえる、といった点を挙げている。
モスクワ・ボランティアセンターのウェブサイト(https://mosvolonter.ru)に掲載されたW杯に向けたボランティア募集のページ。ボランティアになる利点として、世界的イベントに参加できる、「街の顔」になれる、貴重な経験を積める、忘れられない思い出が残る、新しい友達ができる、記念品がもらえる、といった点を挙げている。

ロシアの経験は東京にも適用できるのか?

2年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックでのボランティアのあり方について、論争が起きています。東京2020組織委員会では、大会運営に携わる無償の「大会ボランティア」を、8万人募集するということです。それに対し、東京五輪は数千億円ものスポンサー収入を確保している一大商業イベントであり、そんな金満イベントのためにボランティアを炎天下でタダ働きさせるのはどうかという、もっともな批判が寄せられています。

一方、朝日新聞の報道によりますと、先日インドネシアのジャカルタで開催されたアジア大会では、ボランティアに日当が支払われ、しかもその額は一般の会社員が1日に稼ぐのと同じくらいの立派な額だったということです。

それでは、本年の6~7月に開催されたFIFAワールドカップ(W杯)ロシア大会でのボランティア事情はどうだったでしょうか? この大会では、多くの外国人観客が、「ロシアって、こんなに快適で、親しみやすい国だったんだ!」と、嬉しい驚きを覚えたようです。そうした好印象をもたらした要因の1つが、優秀なボランティアの存在でした。若者を中心としたボランティアたちが献身的に働いたからこそ、外国人は慣れないロシアの地でフットボールの祭典を満喫できたのだと思います。「おそロシア」という先入観を抱き、半ば決死の覚悟でロシアに乗り込んだ外国人観客も、ボランティアたちの笑顔やホスピタリティに、すっかり国のイメージが変わったのではないでしょうか。

ちなみに、ロシアW杯では17,040人のボランティアが募集され、何と176,870人の応募があったそうです。実際に大会運営に参加したボランティアの数は、最終的には3万人を上回ったという情報もあります。そして、確認しておくと、ロシアW杯におけるボランティアは、無報酬でした。会場までの交通費、食事代は支払われ、ボランティアお揃いのユニフォームやグッズは支給されましたが、日当の類は一切支払われていません。

それでは、ロシアW杯で無償ボランティアが大成功を収めたのだから、東京五輪でもそれが上手く行くと期待できるでしょうか? 筆者は、それに関しては懐疑的です。というのも、管見によれば、ロシアW杯で無償ボランティアが成功したのには、以下に述べるような2つの特殊事情があったと思われるからです。

服部倫卓03
筆者はサッカーファンのロシア専門家の割には、ロシアW杯を現地観戦しておらず、同大会の写真がなくてスミマセン。これは2013年のユニバーシアード・カザン大会を控え、街の美化に取り組む若者ボランティアの様子(2010年、撮影:服部倫卓)。

なぜロシアでは無償ボランティアが上手く行ったのか?

第1の特殊事情は、今日ロシア国民が抱いている特有の心情です。ここ数年、ウクライナ危機やシリア問題などをめぐって、ロシアと欧米の対立が続いてきました。W杯直前にも、イギリスでロシアの元スパイ親子への襲撃事件が発生し、ロシアの関与を疑う欧米諸国がロシア外交官を大量に国外追放する事態に発展しました。

そうした中、多くのロシア国民は、「ロシアは誤解されている。我々は諸外国との友好を願っている。今回のW杯を通じて、ぜひ真のロシアの姿を知ってもらい、我々に対する偏見を解いてほしい」という思いを抱いていました。筆者は実際にロシアの市井の人々から、そのような声を聞きました。むろん、国際社会がプーチン政権を批判しているのは、必ずしも「誤解」によるものではないわけですが、いずれにしても「ロシアが善良な国であるということを知ってもらいたい」というロシア国民の強い思いが、今回のW杯での外国人へのおもてなしに繋がったことは間違いないと思います。だからこそ、W杯ボランティアの公募に、定員の10倍を超える申し込みがあったのでしょう。

第2の特殊事情は、プーチン体制のロシアにおいて、ボランティアという活動に、特別な意義付けがなされていることです。今日のロシアでは、現状に閉塞感を感じる一部の若者が反プーチン運動の先頭に立っており、それに対する危機感から、プーチン政権は若者を体制に取り込むことに躍起になっています。そして、若者に健全な社会参加を促し、体制への帰属意識を植え付ける上で、ボランティア活動への動員が重要視されているのです。ボランティア活動は、W杯のようなイベント運営だけでなく、お年寄りのお世話、自然保護、文化活動など、多様な分野を含んでいます。ロシア政府は、ボランティアについての情報を網羅した公的なポータルサイトも開設しています。

思い起こせば、プーチン大統領は2017年12月6日に四選出馬を表明したのですが、当日それに先立って、「2017年ロシア・ボランティア大賞」という若者ボランティアを表彰するイベントに出席しました。この日、プーチン大統領は来たる2018年を「ボランティアの年」に指定する大統領令にも署名しています。W杯におけるボランティア活動も、「ボランティアの年」の一環だったわけですね。今日のプーチン体制では、若者のうち体制に従順な部分をボランティアに動員するということが日頃から組織的に行われているわけですから、W杯でボランティアが機能したのも当然という気がします。

このように、ロシアW杯で無償ボランティアが威力を発揮したのには、2つの特殊事情があったと、筆者は認識しています。東京はまったく事情が異なるのですから、「ロシアW杯で上手く行ったのだから、東京五輪でも」という議論は成り立たないと思います。

服部倫02
ロシアのフリマ・サイトyoula.ruに出品されたW杯ボランティアグッズの数々

フリマに溢れるボランティアグッズ

ロシアW杯のボランティアにつき、ちょっと笑える後日談があります。大会では、一般客と区別するために、ボランティアにはお揃いのコスチュームが支給されました。晴れてボランティアに選ばれると、各人のサイズに合うズボン、シャツ、パーカー、雨合羽、キャップ、リュック、シューズ入れ、カバンのセットを無料でもらえ、それらは「一生の思い出になる」とうたわれていました。ところが、大会終了後に、それらのグッズがフリマ・サイトなどで大量に売りに出されたというのです(上掲の画像参照)。

確かに、ボランティアに関する規定には、「グッズを転売してはいけない」という項目は存在しなかったそうですが……。愛国心や奉仕精神で無償ボランティアに名乗りを上げたロシアの若者も、やはりちょっとくらいは稼ぎたかったということでしょうか。

*当初の原稿で、ロシアW杯ではボランティアの宿泊費も主催者から支払われたとしましたが、読者からの指摘を受け確認したところ、宿泊費は自己負担でした。お詫びして訂正します。 また、支給される交通費は開催都市内の交通費のみでしたので(他の都市から開催都市に移動する交通費は対象外)、併せて補足させていただきます。