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流れ作業で移民に有罪判決 壁が分かつ世界の現実

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©Kimura Design Office

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米大統領トランプが掲げ、米社会を揺さぶり続けるメキシコとの国境の壁建設計画の現場をみようと2017年8月、私は米国とメキシコの国境3200キロをたどった。四半世紀をかけて築かれた1100キロにおよぶ「壁」の周辺には、毎年数十万人が検挙され、数百もの遺体が見つかる異様な世界が広がっていた。

国境を隔てる「壁」はいまや総延長1130キロに達する

米南西部アリゾナ州ツーソンの地方裁判所。証言台にラフな格好の男性6人と女性1人が、弁護士に付き添われて横一列に並んでいた。数日前に不法入国容疑で逮捕されたメキシコなどからの移民だった。

「通関施設を通らずに入国しましたか」。裁判長が英語で、日時と場所だけを替えた通りいっぺんの質問をすると、移民たちはスペイン語で一言「シー(はい)」と答える。審理は1人わずか1分40秒。全員に有罪判決が言い渡され、すぐ次の7人が入ってきた。

「オペレーション・ストリームライン」(流れ作業)の名の通り、ベルトコンベヤー式に進む裁判に私は戸惑った。移民に犯歴をつけて再犯時の刑を重くし、再び越境するのを思いとどまらせる狙いで2005年に始まった。人権を軽視した「移民処理工場」との批判が絶えない。

だが、彼らは命があるだけまだ幸運かもしれない。私はツーソンにある移民の支援団体の事務所で、「デスマップ」(死の地図)と呼ばれる地図を見たときの悪寒を思い出した。国境周辺の広大な砂漠が無数の点で赤く染まっていた。一つ一つが遺体の発見場所だ。

「移民はどんどん砂漠の奥地に向かっています」。地図をつくっている団体の代表ダイナ・ベア(66)は、硬い表情を見せた。

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米側で国境管理強化を求める声が強まり、1990年代に西海岸の都市部に壁ができると、2000年代には東の砂漠に回り道する移民が増加。人里離れて警備が手薄な砂漠にあえて踏み込み、途中で力尽きたとみられる移民の遺体が年に百数十体も見つかるようになり、地元に動揺が広がった。自動小銃で武装した自警団ができる一方、ベアたち支援団体が砂漠に水タンクを置く活動を始めた。

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私は自警団や支援団体に同行して3日間、国境近くの砂漠を回った。雨期で緑は豊かだったが、気温は40度を超え、足元はトゲのあるサボテンだらけで、毒蛇もいる。「3週間もあれば白骨化し、身元も死因も分からなくなってしまう」。検視官の話にぞっとした。

国境は高さ5メートルほどの鉄柵で仕切られ、センサーを備えた監視塔が周囲を見下ろしている。この「壁」を越えたメキシコ・ノガレスは、米国を目指す移民の拠点だ。夕方に支援施設を訪ねると、礼拝堂の床の上で数人が力尽きたように寝入っていた。マイクロバスが横付けされると、この日強制送還されたばかりの移民が続々と入ってきた。

夕食前に祈りを捧げる人々。強制送還されて行き場を失った人も多い(メキシコ・ノガレス) Photo:Murayama Yusuke

「水が尽きてから2日間歩き続けた。たくさんの遺体を見た」(農場作業員)

「マフィアの許可なく壁を越えると殺される。金が払えないなら麻薬を背負えと言われた」(車塗装工)

移民たちは、追い詰められた様子で苦境を訴えた。

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10年代に入ると、砂漠に加え、国境の東半分に沿って流れるリオグランデ川での遺体発見が相次ぐようになる。治安が悪化した中米から逃れ、川を渡ろうとする移民が急増したためだ。

米南部国境に向かう移民の動き。国境を隔てる「壁」はいまや総延長1130キロに達する

トランプ政権が真っ先に目をつけたのも、この川だった。壁建設計画を示し、地元で激しい反対運動が起きていた。

展望台から国境の川を監視する警備隊員(米ロマ) Photo:Murayama Yusuke

都市から砂漠、そして川へ――。四半世紀の間に雇用確保やテロ防止、麻薬対策など様々な理由で、壁は延び続けた。ひとたびできると、壁を隔てて新しい二つの世界が生まれていく。

その現実を取材の終盤に、西海岸で米国と国境を接するメキシコ北部ティフアナで出会った家族が教えてくれた。鉄柵を握りしめた看護師ベロニカ・ルビオ(41)の視線の先、壁の向こうに、生後3カ月のめいソフィアの姿があった。目を細めても、抱きしめることはできない。壁がつくった冷徹な現実だった。

ベロニカの視線の向こうには、生後3カ月のめいのソフィアがいた。米サンディエゴで Photo: Murayama Yusuke

壁が本当に解決策なのか。「壁をつくれ!」という熱狂に流されず、立ち止まって考えたい。取材後に掲載されたGLOBE198号(2017年10月)「壁がつくる世界」の表紙を飾ったルビオたちの写真に、そんな思いを込めた。

取材の過程で、疑問に残っていたことがあった。移民の大半は今や、メキシコというより、さらに南のエルサルバドルなど「北の三角地帯」と呼ばれる中米3カ国から来ていたのだ。しかも、子どもたちが目立って多いと知って、私は困惑した。

大学卒業前の1995年、商社入社を控えて初めてエルサルバドルを訪れた私には、内戦が終わり、大がかりな開発計画など国づくりへ動き出す活気が強く記憶に残っていた。その後、新聞社に転職する前にも3回訪れた。なぜ、その国から、子どもたちが命がけで逃げ出さなくてはならないのか?(つづく)

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