「ブルーベルト」を離れた私は、ニューヨークからレンタカーでペンシルベニア州に向かった。
大統領選では選挙人を一気に20人獲得できる大票田で、勝負の鍵を握る「スイングステート」の一つだ。トランプはクリントンを約4万4000票、わずか0・7ポイントの、共和党候補としては28年ぶりに同州を奪取した。
なかでもひときわ大きく「スイング」して、トランプを約2万6000もの票差で圧勝させたのがルザーン郡だった。州全体の票差の半分をたたきだし、「トランプを大統領にした地」(米ウォールストリート・ジャーナル)として注目を集め、国内外から取材が殺到した。白人が9割を占めるこの地域の人たちが壁に向けるまなざしを、私は知りたかった。
郡名と同じルザーンの町を訪ねた。500メートルほどの商店街は人通りもまばらで、「空室あり」との貼り紙が目立つ。住宅街にも売り家が点在し、ガラスが割れたままの家もあった。地元経済の柱だった炭鉱が閉鎖され、その後を支えた縫製や靴などの工場も閉鎖したり、メキシコに移転したりして姿を消していた。
私は町外れの中堅スーパーの出口で買い物客に声をかけ始めた。壁支持者と出会うのにそれほど時間はかからなかった。
航空技術者ジェームズ・ロット(56)は「壁があれば国境をコントロールできる。不法と分かっていて来るメキシコ人は追い出すべきだ。取り除いて放り出せ」と話した。
重機運転手ロン・ブラック(62)は「コソコソ忍び込んで税金を払わないやつやテロリストが来る。正式な書類を持たないなら追い出すべきだ。そうだろう?」と私に同意を求めた。
介護職員エリック・プロッツ(25)はテロの脅威を挙げ、「税金をさほど使わないでできるならいい考えだ」と条件付きで支持した。
50人に声をかけたところ、5人が賛成で16人が反対、29人は答えなかった。統計的な手法に基づく世論調査ではないので数字に意味はないが、無回答の29人にはいつもの声かけとは違う空気を感じた。
トランプや壁を話題にした途端、「その件なら話したくない」というニュアンスが伝わってくるのだ。対照的に、壁反対派の多くはこちらが話題を変えるまで、いかにトランプや壁が問題かを訴え続けた。大統領選で、大手メディアの世論調査が軒並み外れたことが頭をよぎった。「無回答」として賛否にカウントされない人の中に、トランプや壁の支持者がかなりいるのではないか。そんな手触りがあった。
一方、壁への賛否を問わず、ほとんどの人に共通することもあった。暮らしの現状と、既存の政治に対する強い不満だ。
州職員ライアン・ピパン(27)は「工場が去った後は、レストランや店員といった最低賃金のサービス業ばかり。売り家が多いのは、修繕代や固定資産税が払えないからです。みんな、置いてきぼりにされている、と感じています」と話した。
マグマのようにたまった現状への不満を、ピンポイントで突いて噴出させたのがトランプだった。
大統領選投票日の前日の夕方、トランプは近くの町スクラントンにいた。「最後のお願い」で駆け回った全米5カ所のうちの一つに選んだのだ。「偉大な壁をつくる!」「壁をつくれ!」。定番となった掛け合いで集会は最高潮を迎えた。
声かけに答えてくれた21人のうち、民主党員なのに共和党候補のトランプに投票した人が3人いた。その一人、無職ジェームズ・ヤーディ(58)は「政治家ではないトランプなら変化を起こせると思った」と明かす。壁も麻薬対策として期待をかけている。
だが、公約の壁建設は、試作品こそできたものの、議会の反発が大きく、予算のめどは全く立っていない。
もし、トランプが約束をほごにしたらどうなるのだろう。
そう尋ねると、ヤーディは「がっかりするだろう。きっとそうだ」と何度もうなずいた。
先の重機運転手ブラックからは笑みが消えた。「失望するさ。だってそれを掲げて当選したんだから」