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命奪い家族引き裂く壁 ~創刊から200号~

World Now 更新日: 公開日:
鉄柵を隔てて米国に住む家族と再会する人たち=8月、メキシコ・ティフアナ、村山祐介撮影

米南西部アリゾナ州ツーソンの地方裁判所。証言台にラフな格好の男性6人と女性1人が、弁護士に付き添われて横一列に並んでいた。数日前に不法入国容疑で逮捕されたメキシコなどからの移民だった。

「通関施設を通らずに入国しましたか」。裁判長が英語で、日時と場所だけを替えた通りいっぺんの質問をすると、移民たちはスペイン語で一言「シー(はい)」と答える。審理は1人わずか140秒。全員に有罪判決が言い渡され、すぐ次の7人が入ってきた。

「オペレーション・ストリームライン」(流れ作業)の名の通り、ベルトコンベヤー式に進む裁判に私は戸惑った。移民に犯歴をつけて再犯時の刑を重くし、再び越境するのを思いとどまらせる狙いで2005年に始まったという。人権を軽視した「移民処理工場」との批判が絶えない。

だが、彼らは命があるだけまだ幸運かもしれない。私は「デスマップ」(死の地図)と呼ばれる地図を見たときの悪寒を思い出した。国境周辺の広大な砂漠が無数の点で赤く染まっていた。一つ一つが遺体の発見場所だ。

「移民はどんどん奥地に向かっています」。地図をつくっている移民支援団体の代表ダイナ・ベア(66)は、硬い表情を見せた。

米側で国境管理強化を求める声が強まり、1990年代に西海岸の都市部に壁ができると、2000年代には東の砂漠に回り道する移民が増加。年に百数十の遺体が見つかるようになり、地元に動揺が広がった。自動小銃で武装した自警団ができる一方、ベアたち支援団体が砂漠に水タンクを置く活動を始めた。

私は自警団や支援団体に同行して3日間、国境近くの砂漠を回った。雨期で緑は豊かだったが、気温は40度を超え、足元はトゲのあるサボテンだらけで、毒蛇もいる。「3週間もあれば白骨化し、身元も死因も分からなくなってしまう」。検視官の話にぞっとした。

国境は高さ5メートルほどの鉄柵で仕切られ、センサーを備えた監視塔が周囲を見下ろしている。この「壁」を越えたメキシコ・ノガレスは、米国を目指す移民の拠点だ。夕方に支援施設を訪ねると、礼拝堂の床の上で数人が力尽きたように寝入っていた。マイクロバスが横付けされると、この日強制送還されたばかりの移民が続々と入ってきた。

「水が尽きてから2日間歩き続けた。たくさんの遺体を見た」(農場作業員)

「マフィアの許可なく壁を越えると殺される。金が払えないなら麻薬を背負えと言われた」(車塗装工)

移民たちは、追い詰められた様子で苦境を訴えた。

10年代に入ると、砂漠に加え、国境の東半分に沿って流れるリオグランデ川での遺体発見が相次ぐようになる。治安が悪化した中米から逃れ、川を渡ろうとする移民が急増したためだ。

トランプ政権は、この川に壁建設の8割を集中させた計画を示し、地元で激しい反対運動が起きていた。

都市から砂漠、そして川へ――。四半世紀の間に雇用確保やテロ防止、麻薬対策など様々な理由で、壁は延び続けた。ひとたびできると、壁を隔てて新しい二つの世界が生まれていく。

その現実を取材の終盤に、西海岸で米国と国境を接するメキシコ北部ティフアナで出会った家族が教えてくれた。鉄柵を握りしめた看護師ベロニカ・ルビオ(41)の視線の先、壁の向こうに、生後3カ月のめいソフィアの姿があった。目を細めても、抱きしめることはできない。壁がつくった冷徹な現実だった。

壁が本当に解決策なのか。「壁をつくれ!」という熱狂に流されず、立ち止まって考えたい。GLOBE198号の表紙を飾ったルビオたちの写真に、そんな思いを込めた。(敬称略)

198号「壁がつくる世界」

■最前線 掘り下げて9

GLOBEは、今年12月で200号の節目を迎えた。「世界のどこかで、日本の明日を考える」をテーマに2008年に創刊。世界の様々な話題を、掘り下げた取材で伝えてきた9年間の歩みを振り返る。

08年10月の創刊号の特集は「北極争奪」。米国一強時代が明確に終わりを告げた世界情勢を背景に、北極圏で繰り広げられる各国のパワーゲームに迫った。

創刊号「北極争奪」

 

創刊から1カ月後の米オバマ大統領当選を受け、091月の「Changeの逆襲」(7号)で、初の黒人大統領にかける変革への期待と課題を特集。1612月の「トランプがきた」(188号)では、世界各国で「社会の分断」が進む中、トランプ時代の幕開けを追った。

188号「トランプがきた」

創刊直前に起きたリーマン・ショック。0810月の「金融激震、オイルマネーを追え」(2号)で、揺れ動く世界経済に切り込んだ。1611月の「グローバル化という巨象」(187号)では、ひずみを抱えつつ転換点を迎えたグローバル化を読み解いた。

発行日は創刊時の月2回から、164月の180号から増ページして毎月第1日曜日となり、技術革新や暮らしに密着したテーマまで幅広く特集。節目の200号「#豊かさのニューノーマル」では、世界の「新常識」を見つめ、豊かさの意味を問い直した。

200号「#豊かさのニューノーマル」

連載記事も数多く掲載し、人気コーナー「突破する力」ではテニスの錦織圭選手、iPS細胞の山中伸弥・京大教授ら200号までに193人が登場した。

GLOBEウェブサイト版には、毎号の特集だけでなく、オリジナル記事を配信。「シネマニア・リポート」など名物コーナーも生まれた。

 

■活路を求めて、読者と模索

世の中はとみに複雑になりました。グローバル化と技術革新に伴って玉石混交の情報が大量に飛び交い、処理能力が追いつきません。

だからこそ、多様な課題の責任をただ一つの敵に帰する陰謀論や、外部とのつながりを遮断して自分の世界にとじこもる孤立主義が期待を集めるのでしょう。ただ、いずれもその場しのぎに過ぎません。個々の問題を正面から見据え、地道に理解せずして、展望は開けません。

その営みの助けにGLOBEはなりたいと思います。グローバルな視点を携え、現場に足を運び、リアリズムに基づく解決法を読者とともに模索します。(編集長・国末憲人)