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ヨハネスブルク、目の前で起きた射殺事件 銃社会で暮らすとはどういうことか

アフリカ@世界
銃規制を求めて米ワシントンを行進する高校生ら。「どうか撃たないで下さい」と書かれたプラカードを掲げる

銃規制を求めて米ワシントンを行進する高校生ら。「どうか撃たないで下さい」と書かれたプラカードを掲げる

目の前で起きた射殺事件

 私は若いころ、深夜の街角で人が射殺される光景を見たことがある。1994年の初頭のことだった。大学院生だった私は、南アフリカの社会運動のフィールド調査のために、南アフリカの最大都市ヨハネスブルクに7カ月ほど滞在していた。
 街中のアパートの6階に住む友人のところへ遊びに行き、夜更けまで酒を酌み交わしていたところ、窓の外から複数の男が怒鳴りあう声が聞こえた。部屋の電気を消し、そっと窓から路上を見下ろすと、3人の男が路上に倒れた男1人に殴るけるの暴行を加えていた。すると、3人のうちの1人が懐から銃を取り出し、路上に倒れている男に向けて発砲した。
 当時の南アは長年にわたって続いたアパルトヘイト(人種隔離)体制から民主化への移行期であり、国は混乱を極めていた。警察に通報しても全く取り合ってもらえないことが「常識」になっていることを知っていた私と友人は、一部始終を見ていたことを気づかれないよう静かに窓を閉めた。翌朝、恐る恐る窓から下を見ると、遺体は路上に放置されたままだった。やがて警察の車がやってきて、何事もなかったかのように遺体を回収した。

 南アは世界で最も治安が悪い国の一つである。南アの殺人認知件数は1995年度(95年4月~96年3月)に年間2万6877件に達し、人口10万人当たりの殺人認知件数は64.9件と世界ワーストワンを記録した。その後、件数は徐々に減少し、2011年度に1万5609件にまで減ったが、ここ数年、再び増加傾向に転じ、2016年度は1万9016件を記録した。
 南アの総人口は2016年現在およそ5600万人だ。一方、総人口およそ1億2000万人の日本における2017年の殺人認知件数は895件と、南アに比べて2桁少ない。南アの5倍以上3億人が暮らす米国ですら、2016年の殺人認知件数は1万7250件。日米の状況と比べると、南アにおける殺人発生率がどれほど高いかが分かるだろう。

 そんな治安情勢であるから、射殺の目撃から10年後の2004年、今度は新聞社の特派員として再びヨハネスブルクで暮らすことになった時には、犯罪対策のことで頭がいっぱいであった。今度は妻子と一緒だったからである。4年に及んだ南ア暮らしの間、自宅に強盗に入られたことはなかったが、当時小学2年生だった娘が友人宅に遊びに行っていた際、その友人宅に白昼、銃で武装した強盗団が押し入ったことがあった。娘を含む誰も負傷しなかったが、今思い出しても冷や汗モノの体験であった。

米国に並ぶ銃犯罪の死者数

 南アの殺人事件のうち、銃が使用された殺人はどのくらいの割合を占めているのかを示す統計はなかなか見つけることができない。古い統計だが、国連薬物犯罪事務所の調査によると、治安情勢が最悪だった1995年度に発生が認知された2万6877件の殺人のうち、銃器を使用した殺人は全体の41.5%に当たる1万1154件だった。さらに、2007年度に認知された殺人1万8487件のうち、45%に当たる8319件で銃器が使用されたという。
 スイスのジュネーブに本部を置く「Small Arms Survey」が2012年に算出した値によると、人口10万当たりの銃器を使った犯罪の死者が最も多いのは米国で、10.2人。南アは9.41人で世界ワースト第2位であった。米国と南アの双方で暮らした経験のある私の個人的体験から言っても、南アは米国に勝るとも劣らない銃社会である。

 米国と同じく欧州からの白人移民が国家建設を主導した南アでは、数の上では圧倒的な少数派であった白人が圧倒的多数派の先住民(アフリカ人)を支配するために、暴力=銃に依存してきた歴史がある。
 1994年の民主化以前の南アでは、アパルトヘイト体制の支配者である白人市民にのみ銃所持が許可されていた。民主化の9年前の1985年の南アの総人口は3298万3000人で、このうち白人は14.8%に当たる約486万7000人だった。南アにおける銃器に関する統計には混乱が見られるが、1986年の南アの合法的な銃所有者(白人)は約106万人で、登録銃器総数は約250万丁だったとの統計がある。つまり、アパルトヘイト体制下の1980年代半ばには、白人のおよそ2人に1丁の割合で銃が存在したことになる。

 その後、南アにおける合法的な銃所持者と銃器の数は増え続け、民主化翌年の1995年の銃所有者は約240万人、登録銃器総数は約350万丁にそれぞれ増えた。これは、治安の悪化に対応するために、銃所持によって自衛に走る白人が増えたことによるものと思われる。

 増え続ける銃器に危機感を募らせた民主化後の南ア政府は、2000年に銃器管理法を成立させ、2004年から同法に基づく厳格な銃器管理を開始した。銃所持の希望者は、犯罪歴調査や薬物中毒者でないことを証明するための審査を受けるようになり、自動式小銃については、その必要性を政府が認めない限り所有免許の発行を取りやめた。もちろん、アパルトヘイト時代と違って、新たな法律は人種を問わず全ての南ア国民に等しく適用された。
 銃の製造・販売業者でつくる南アフリカ黒人銃所有者協会(BGOASA)によると、現在、新規の銃所有免許申請者の8割は、申請が認められない。2011年の銃所有者の登録総数は約150万人、登録銃器総数は約290万丁にまで減っているという。

銃規制の「入り口」も遠い米国

 だが、先述した南アの殺人事件発生率の高さは、政府による強力な銃規制をもってしても、銃犯罪の抑止が簡単ではないことを示している。犯罪に使用されている銃の大半は違法な形で入手・所持されたものとみられるため、銃所持に規制をかけるだけでは銃犯罪の抑止に限界があるのだ。
 南ア社会に蔓延する違法銃器の総数は当然ながら分からないが、200万~400万丁程度と推定されている。違法銃器の出所は、銃を所持している一般家庭からの盗難▽警察や軍からの紛失(横流しの疑いが指摘されることもある)▽周辺諸国からの密輸入▽1994年の民主化以前の黒人解放闘争で使用されていた銃器……などと推測されている。
 
 調べてみると、推定2億7000万丁の銃が社会に出回っている米国でも、犯罪に使われた銃の多くは違法な形で入手されたものだという調査結果があった。古い調査だが、米財務省管轄の捜査機関である「アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局(ATF)」が1996年7月~1998年12月にかけて実施したものである。
 米国製のすべての銃器には、シリアルナンバーが刻印されている。ATFが1998年に起きた犯罪で使用された銃の販売経路を追跡すると、全米の85%の銃販売業者は犯罪に使われた銃を販売したことがない、との事実が判明した。
 次に、犯罪で使用された銃の実に57%が、全米の銃販売業者の1.2%に過ぎない特定の業者によって販売されていたことも分かった。犯罪者たちは、身元確認などをきちんと行なわずに格安で銃を販売する「問題業者」の存在を認知し、そこから銃を調達していた可能性が高いのである。
 また、犯罪に使われた銃の46.3%が「ストロー購入」と呼ばれる方式で購入された銃であることも分かった。ストロー購入とは、法律で銃の購入や所持を禁止されている人物(犯罪歴のある人物、薬物中毒者など)のために、購入資格のある他の誰かが銃の購入を代行する方法のことである。この方法で銃を購入すれば、基本的にはどんな「問題人物」でも好きなように銃にアクセスできる。

 銃の乱射事件が相次ぐ米国で、高校生を中心とする銃規制を求める運動が大きな盛り上がりを見せている。きっかけは17人が犠牲となった、今年2月のフロリダ州の高校銃乱射事件だった。若者たちは、銃規制に向けて動こうとしない政治家たちに挑み始めた。
犯罪に使われる銃の多くが違法な銃であるとすれば、新たな銃所有者を増やさないための規制は、銃犯罪の抑止に向けた施策の「入り口」に過ぎない。その「入り口」の施策にすら政治家が取り組もうとしない、あるいは取り組めない現状に、米国社会の闇の深さを見る思いがする。