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演じてみて初めて気づく、無視される小国の苦労

アフリカ@世界 更新日: 公開日:
グローバル・シミュレーション・ゲーミングの授業。学生たちはそれぞれ国際社会の異なるアクターになり、交渉をする=立命館大学提供

およそ370人の学生は、各自の希望に基づいて「欧州」「アジア」「国際機関・NGO」「メディア」など12のクラスに分かれる。私は今期、「サハラ以南アフリカ」のクラスを受け持った。クラスには25人の学生がいた。

学生は各クラス内で、さらにアクターに細分化される。「サハラ以南アフリカ」のクラスには南アフリカ、コンゴ民主共和国、南スーダン、ナイジェリアというアフリカ4カ国のアクターがあり、一つのアクターに5~6人ずつの学生が所属した。

 

授業は4月のガイダンスから始まり、学生は自分が扮するアクターに関する基礎知識を習得し、学んだ知識を他のアクターに向けて発表する。その後、アクターごとに「安全保障」に関連した獲得目標の設定、目標達成に向けた戦略の立案、戦術の策定と進み、他のクラスのアクターとの交渉、アクター間での条約の締結……と授業が進んでいく。

要するに、この授業は、参加学生全員がそれぞれのアクターになりきり、世界の安全保障環境の向上を目指して課題設定、政策立案、交渉などのプロセスを擬似体験するロール・プレイング・ゲーム(RPG)である。学生に国際情勢に関する知識を習得させ、彼らの交渉や発表の能力を向上させることを目指している。

 

さて、本稿にGSGの話を持ち出したのは、大学の宣伝のためではない。アフリカクラスの担任を通じて見えたこと。これがなかなか興味深いのだ。

 

さて、アフリカ担当を希望した学生は……

それぞれの国や組織の立場を背負い、模擬国際会議に臨む学生たち=立命館大学提供

まず、大学は学生に対し、昨年末の段階で、どのアクターに扮したいのか希望を尋ねるアンケートを実施し、その回答に基づいてクラス分けをした。

その結果、4月の授業スタート時点で、アフリカクラスにやってきたのは、なんと25人全員が「アフリカ」を第3希望以下に挙げた学生だった。第1希望で「アフリカ」と回答した学生はゼロ。第2希望で「アフリカ」と回答した学生もゼロ。アフリカクラスは、全員が渋々アフリカの国家に扮するところから授業が始まったのである。

これと対照的に、欧米やアジアの国々に扮することになった学生の多くは、第1希望か第2希望が叶った結果だった。「国際関係学部」で学んでいるような若者にとっても、やはりアフリカは関心の対象外であることを改めて痛感させられた。

 

そんな学生たちなので、アフリカの国については何も知らないに等しい。だが、国に関する基礎知識など、インターネットで情報をかき集めれば、どうにかなる。

より困難な問題は、GSG全体の統一テーマである「安全保障」について、アフリカの一国家として、どのように関わっていけばよいのか、学生たちには皆目見当がつかないことだった。

米国や東アジア諸国に扮することになった学生であれば、とりあえずは北朝鮮の核・ミサイル開発への対処を課題として想定できるだろう。欧州クラスの学生ならば対ロ関係、東南アジア諸国に扮する学生であれば中国の海洋進出が思い浮かぶに違いない。こうした国々に扮する学生たちは、マスメディアによって日常的に得ている情報の範囲で、その国が直面する安全保障分野の課題について、おおよその見当を付けることができる。

しかし、アフリカクラスの場合は、そうはいかない。国際社会の安全保障環境に、アフリカの一小国がどのように構造的に関係しているのか。国家として、どのような課題選定や戦略目標の策定が可能なのか───などについて、アフリカクラスの学生たちは、他クラスのアクター以上に知恵を絞らなければならなかった。

 

情報収集、グループ内での議論、目標設定と戦略策定などを経て、いよいよ他クラスのアクターとの交渉が始まると、アフリカクラスの学生たちは、さらに厳しい現実に直面することになった。アフリカクラスの教室にわざわざ足を運び、何らかの交渉を持ち掛けてくるアクターなど、ほとんどいない。アフリカクラスへの「来客」は、ほぼゼロなのだ。

これと対照的に、米国、中国、欧州諸国、日本などのクラスの教室には、様々な条約への加入や国際会議への参加を呼び掛けるアクターが全世界から殺到し、大変な盛況であった。たとえ小国であっても、たとえば中東の国々に扮した学生の下には、テロ対策やシリア内戦への対応などを理由に様々なアクターが押し掛けてくる。アフリカクラスの学生たちが置かれた状況とは、まさに天と地ほどの差があった。

 

授業であぶり出された国際政治の現実

 

学生はそれぞれのアクターの立場でプレゼンする=立命館大学提供

ここに至ってアフリカ4カ国に扮した我がクラスの学生たちは、人々のアフリカへの関心の低さや無知を思い知らされる。その結果、学生たちは自分の教室で他クラスのアクターを待っていてもどうにもならないことを理解し、積極的に他クラスの様々なアクターのところへ押しかけ、あの手この手で外交的成果を上げるようになっていった。

例えば、コンゴ民主共和国に扮した学生たちは、自国内で採掘されるレアメタルが武装勢力の資金源の一部になっている状況を改善しようと、鉱物の産地証明に関する国際協定を他クラスのアクターとの間で結んできた。なかなかのものである。

 

近年の経済成長や人口増大によって、アフリカは企業から有望な市場や投資対象地と見なされるようになっている。しかし、とりわけ日本のマスメディアのアフリカに関する報道は絶望的に少なく、報道の質も高いとは言えない。人々はアフリカについて知らず、関心も低い。わずか370人ほどの学生がRPGによって国際社会を再現してみても、そうした現実は見事なまでに忠実に再現される。

 

一連の授業が終わった後、アフリカクラスの学生たちに感想を書いてもらったところ、「こうした機会がなければ、小国の立場を知ることはなかった」「発展途上国が世界に向けて主張をアピールすることの難しさが分かった気がする」といった内容で溢れていた。

最終的には、アフリカクラスの学生たちは、他クラスの学生たちよりも積極的に他クラスのアクターに働きかけ、能動的に行動したように思われる。人々の無関心をはね返すには、そうするしかなかったからだ。

学生たちは、自分たちが無視される立場に置かれて、初めて弱い立場の国々に対する自らの無知と無関心に気付いた、とも言える。少子高齢化で衰退の兆しも見られるとはいえ、経済規模世界第3位の大国・日本には、そうした「気付き」が大切なのではないだろうか。