タイポグラフィの奥深さに魅せられて チェコ語の「もっとも難しい文字」を追う
1. 早稲田大学の学生ライターである筆者が、東京・四谷三丁目にある国内でも珍しいタイポグラフィ専門ギャラリー「プリントギャラリー」を訪れ、主催者の阿部宏史さんに取材した
2. タイポグラフィは活版印刷に由来し、文字を見やすく整えるだけでなく、身近な漫画の吹き出しや表現などにも高度な技が使われている
3. 展覧会のテーマとなったチェコ語の文字“Ř”は、自国民にとっても習得が最も難しく、フォントの未対応などもありながらも大切に使い続けられている
4.阿部さんは流行を追うのではなく「誰も知らないけれど面白いもの」を紹介することで、訪れた人に新しい視点や世界の広がりを持ち帰ってほしいと語っている
四谷三丁目駅から徒歩5分の場所に、ひっそりとたたずむギャラリーがある。国内でも珍しい、タイポグラフィ専門ギャラリー「プリントギャラリー」(東京都新宿区舟町)だ。
2026年5月30日から6月28日まで開催されていた展覧会は、「The most difficult letter/もっとも難しい文字」。自国民にとっても発音が難しいと言われているチェコ語の文字“Ř”をめぐる企画だ。
7月にチェコに短期留学予定の筆者は、絶賛この文字に苦戦中。うわさを聞きつけ、早速ギャラリーを主催する阿部宏史さんを訪ねた。
阿部さんは早稲田大学文学部を卒業後、4年間スイスに留学。バーゼルでデザインを勉強したのち、現在は本・冊子やwebなどを手がけるグラフィックデザイナーとして活躍している。その他にも多摩美術大学で教鞭をとるなど、教育活動にも携わるかたわら、2012年にプリントギャラリーを開設した。
取材ではタイポグラフィについて、柔らかくも熱い口調で語っていただいた。
阿部さんの人生を変えたきっかけは、1冊の本だった。
学部時代に、大学の図書館で偶然出会った「タイポグラフィ・トゥデイ typography today」だ。独創的なデザインの数々に心を奪われ、気づけば本の編集者「ヘルムート・シュミット」に魅了されていた。
シュミットは大塚製薬のポカリスエットや資生堂のELIXIRなど多数のロゴデザインも手がけてきた著名なタイポグラファだった。スイスで学んでいたシュミットにあこがれ、阿部さんはスイス留学を決めた。
ギャラリーを始めたきっかけの一つは、「シュミットの展覧会を自分で開いて、彼の作品を生で見たい」という想いからだった。
そもそもタイポグラフィとはどのようなものだろうか?
現在では「『文字」を見やすくするためのデザイン」と説明されることが多いが、阿部さんによるとその起源は15世紀、グーテンベルクの活版印刷にまでさかのぼる。
当時、タイポグラフィとは鉛の活字を使ったデザインのことだった。活字には丸や四角などの記号類も含まれるため、本来的には文字限定ではない。しかし現代において定義はかなり幅広く、人によって異なるという。
身近な例として漫画がある。阿部さんは言う。
「漫画は実はすごい。吹き出しの形がギザギザしているときと丸いときとでは印象が違う。文字を重ねたり大きさを変えたりすることで、音が“見える”ようになる。実は一番高度なタイポグラフィの技が使われているんですよね」
私たちが普段目にする文字の配置には「流行り」があるという。代表的なのは、文字と文字との間隔「スペーシング」だ。
阿部さんが提示した各時代の作例は、まさに技術の変遷そのものだ。活版、切り貼り、PC技術の変遷によって文字の表情は全く違ってくる。この「技術と表現のつながり」にこそ、阿部さんが見いだすタイポグラフィの面白さがある。
「デザインには技術的な側面が影響してきます。僕はこの技術についてもっと知りたいし、技術による表現の幅や違いにひかれるんです。文字の使い方や配置の仕方でまるきり意味合いも変わりますからね」
実は、このギャラリーには珍しい特徴がある。
チェコの前はカザフスタン、その前はオランダ...と、「世界各国の」様々なタイポグラフィを紹介しているのだ。
「理由は単純で、見たことがないから見てみたいんです。普段のデザインの仕事だけをしていても何か嫌で、自分自身に刺激を与えなきゃと思っていて。国が変われば文字がもちろん違うし、色使いも、来る人も違うんですよ。そこが面白いんです」
続けて「文字というのは国を背負っていると思います。」と阿部さんは展覧会の冊子を手元に広げた。
「たとえば名前にŘの入っているチェコ人が外国に行くと、Rの上のハーチェク(符号)が省かれ別の発音になってしまい、自分の名前すら変わってしまうことがあるそうです。チェコ人にとってもこの文字の習得は一番難しいそうで、子供たちは長い時間をかけて、7歳ごろにようやく発音できるようになるそうです。フォントがこの文字に対応していないこともありますね。それでも、この文字は使われ続けている。言葉の使い方や文法は、結構みんな保守的で、なかなか変わらないんです」
企画展示の対象となるデザイナーは、当初阿部さんの知り合いから探し始め、最近ではインターネットで見つけている。マイナーなデザイナーも少なくない。この「マニアックさ」こそがギャラリーを始める動機の一つであり、理念でもある。
「そもそもグラフィックを専門とするスペースが日本にはほぼないんです。元々経歴からして、僕は普通の美大とかのルートとは違いますし、興味も少しズレたところにありますしね。流行ってるのは、別のところでやればいいと思っていて。展示しているデザイナーについては、日本で誰も知らない。けれど、こんなおかしなことをやってる人がいると知るだけでちょっと世界が広がるじゃないですか。訪れた人に、ちょっとでも新しい視点を持って帰ってもらえたらな、と思っています。実は近々、移転の予定なのですが、続けていきます」
マイナーな領域や、独自の興味を突き詰めてきた阿部さんだからこそ言える、進路へのヒントだ。
最後に、「好きなことで生きていきたい」と考える大学生へメッセージをお願いした。
「一つだけでなく、二つ、三つと自分の強みを育てておくと、将来の選択肢がぐっと広がると思います。今はインターネットを通じて自分の活動を発信しやすい時代なので、そうした強みを生かせる機会も増えていくはずです」