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【後編】「人生はやり直せる」30代で社会人留学、ロンドンで知った手放す勇気と新しい景色

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「ポートレート。20代の自分よりずいぶん歳をとったが、今の自分が一番好きだし、自分らしくて、内面から本当の意味で美しいと思える」=木本梨絵さん提供

すべてを手放して、本当に幸せ?――。輝かしいキャリアに区切りをつけ、30代でロンドンへ渡ったクリエイティブディレクターの木本梨絵さん。前編に続き、学生ライターがその後のリアルな生活と心境の変化に迫ります。東京の「当たり前」を失った先に彼女が見つけた新たな「豊かさ」とは何だったのか。将来の不安とどう向き合い、今の自分を愛せるようになったのか。社会人として人生の舵を自分で切る彼女の軌跡を、学生の視点から紐解くインタビュー後編です。

前編の記事は、こちらからお読みいただけます

ざっくり要点

1. 東京の「当たり前」を捨てた先で、自分の価値観を調整し、日常の中にある新たな豊かさを発見できた
2. 将来の不安を理由に足踏みするより、後悔しないために一歩踏み出し、自ら人生の基盤を立て直した
3. 卵子凍結という選択を「心の安定剤」として活用し、納得感を持って人生を謳歌するための準備をした
4. 社会人経験という強みを活かして留学すれば、たとえ孤独な移住でも人生を切り拓くことは十分に可能

東京を離れ、ロンドンで見つけた別の「豊かさ」

――順調なキャリアを手放して留学することへの不安はありましたか。

不安はありました。今は仕事を減らしているので、収入や生活の質が落ちるし、仕事の成果も少なくなる。日本にいたときほど多くの友達もいないし、言語も不自由。イベントに呼ばれるとかギフトが届くとか、日本で当たり前化していた特権的なものも全部なくなったんだ、と思いました。

ここで大事なのは「豊かさの基準」を調整することです。

東京的な豊かさとロンドン的な豊かさは違います。東京的な豊かさの基準を持ったまま移住すると「あれもない、これもない、何もできない」ってなるんですよね。

私はもう東京の情報をSNSとかであまり見ないようになっていて。ロンドンに隠居してる気分なんです。第一線からは退いているので、東京で活躍してる人たちはすごく輝いて見えたりします。

でも、いろんなものを手放したことで何が残ったかというと、今の私って結構豊かなんですよ。東京にいたときはタクシーで移動してたけど、今は物価が高いから自転車を漕いでて。

それがすごく楽しいんです。東京では毎日してた外食もここではあまりできないから、スーパーでの買い出しとか自炊とか、友達と公園でお酒飲むとかが楽しくて。ジェルネイルもサロンじゃなくて自分でやるようになって、自分でできることが増えていって。

人によっては「貧相な暮らしでかわいそう」って思うかもしれないし、収入や生活がレベルダウンするのが嫌で日本に帰る人もいっぱいいるけど、自分的にはこっちのほうが全然楽しいんです。

いろんなものをなくした人生が豊かであると気づくために、自分の価値観を調整できると楽しくなると思います。

――海外に出ることで再婚や妊娠、出産が遅れるかもしれないという不安はありましたか。

その不安はあまりなかったです。離婚後の当時は絶望していて「もう結婚は無理かも」と思っていました。

でも、「将来の不安があるからやらない」よりは、「やらない後悔をこれ以上積みたくない」という気持ちが強くて。人は年を重ねるほど、家族が増えるとか、制限は増えていくと思うんです。

そういうのを言い訳にして将来のことをゴニョゴニョ考えずに「えいや!」で留学を決めたら何とかなって、すべてうまくいったという感覚です。

――日本で卵子凍結をされたとのことですが、理由は何ですか。

40代以上の友人で「卵子凍結しておけばよかった」と話している人がたくさんいたんです。20代後半の当時はキャリアアップが楽しく、子どもを持つことを想像できませんでした。

一方で、年を取るとホルモンバランスの変化で気持ちが変わるかもしれないという話を聞いて。卵子凍結は子どもを持つための手段というよりは、「お守り」みたいなものなんです。

将来子どもが欲しくなったけどできなかったときに「できることはやった」と思えるためのもので、心の安定剤にはなるかなと思ったんです。

――社会人留学をしたい人にとって、卵子凍結はおすすめですか?

簡単におすすめはできないです。卵子凍結で子どもができる可能性は低くて、費用や時間もかかるし、身体的な痛みもある。

特に受精済みではない卵は可能性が低いんです。ただ、私はそれでもやってよかったと思っています。

仕事や留学など自分の人生を謳歌したあと、もし将来子どもが欲しくなったときに、1%でも可能性がある中でチャレンジできる状態にしたかったんです。

上手くいかなかったときに「私は全部準備したから」って納得するために、多額のリスクを払ったみたいな感覚で。人によっては、よい選択肢になると思います。

「マルチスピーシーズエスノグラフィ(人間だけでなくあらゆる存在を範疇にしたモアザンヒューマン人類学)のリサーチ中。研究のフィールドはいつもロンドン」=木本さん提供
「マルチスピーシーズエスノグラフィ(人間だけでなくあらゆる存在を範疇にしたモアザンヒューマン人類学)のリサーチ中。研究のフィールドはいつもロンドン」=木本さん提供

「社会人を経たからこそ」の価値がある

――ご自身の今後について教えてください。

人類学がすっごく面白くて、一生続けたいです。Ph.D.も将来的にとりたいけれど費用の折り合いが必要で、資金が整ったら進みたいですね。

今は移民の帰属意識やウェルビーイングをリサーチしています。他の国で生きていく葛藤とか幸せに興味があって。

人類学の研究が結果的にクリエイティブディレクターの仕事にいきてきていて、今後は人類学とデザインの知見をいかしたリサーチや執筆の仕事を中心にしていこうかと思っています。

デザインはその場に自分がいて確認することが大事な仕事なんですが、文字がベースの仕事だとどこにいてもできるんです。日本には戻らず、ずっとイギリスにいる予定です。

――社会人で留学を考えている人に向けて、メッセージをお聞かせください。

留学をしてよかったことしかないので、少しでも興味がある人は行ったほうがいいと思います。思ったよりもなんとかなるのではと。

私の場合、離婚して、言語もできず友達もいない孤独な状態で移住したけれど、2年で生活に困らないレベルになり、友達も増え、パートナーや猫と賑やかに暮らすようになりました。人生の基盤って立て直せるんです。

社会人留学の強みは、既に経験やスキルがある状態で留学できること。仕事の経験が10年あるアドバンテージは大きくて、授業でも「デザインの現場だとこうだから人類学だとこうじゃないですか?」って言えたり、自分の経験を活かせるんですよ。

ゲームで例えると、みんながゼロから装備を準備して入る街に「レベル50で入る」ようなもので、英語は大変だけど自分の経験値は裏切らない。

あとは、再婚とか子どもとかに関して焦らなかったのもよかったです。焦らず生き生きと自分の人生を生きている人って魅力的じゃないですか。いったん考えるのをやめて、懸命に日々を楽しんでいたら、言語力や人間関係など、今はイギリス生活に必要なすべてが揃っていて。

最初は先行きが想像できなくて不安かもしれないけれど、毎日を楽しんで生きていれば言語は自然に伸びていくし、大事な人とかモノとか場所が増えて、自分のホームになっていくんですね。

「ロンドンの自宅の書斎で作業をする時間は至福。本当に好きな仕事や勉強しかしていないので、以前より一つ一つの物事に向き合えている気がする」=木本さん提供
「ロンドンの自宅の書斎で作業をする時間は至福。本当に好きな仕事や勉強しかしていないので、以前より一つ一つの物事に向き合えている気がする」=木本さん提供

20代で留学してる人を見て「うらやましいな」と思うこともあるけど、20代でできていたことができないかわりに、20代でできなかったことが30代の私にはできる。経験を積んだあとに留学するからこその価値が確実にあります。

私は留学して一切後悔はないし、ロンドンにいる自分のほうが好きなんです。ずっと「日本バージョン」の自分しか知らなかったのが、留学で性格とか日常が全部変わって。

留学してなかったら、自転車でスーパーに買い出しに行く「泥臭い自分」を知らずに死んでたのかと思うと……「もったいなすぎる!」って思いますね。

場所によって自分が変わると知ること自体も収穫だし、自分の別バージョンを知ることで仮に「やっぱり日本バージョンのほうが好き」と気づいた人がいたとしても、納得して帰国できるという点で、損は一つもないと思ってて。

海外を知ったことで自信を持って日本を選んだ自分と、他の国に行かず仕方なく日本にいる自分だと、状態が全然違うと思うんです。

数週間で学べる大学のミニコースとかもあるので、小さなトライから始めて、海外に住むイメージをつけてみてもいい。私は留学前は、海外に住んでる人は「最強で自分とはレベルの違う人々」だと思ってたけど、実際やってみると私のような「普通の人」にもできることでした。

少しでも迷ってる人は絶対挑戦したほうがいいと思います。

クリエイティブディレクターの木本梨絵さん。現在はユニバーシティ・カレッジ・ロンドン大学院に留学中=木本さん提供[
クリエイティブディレクターの木本梨絵さん。現在はユニバーシティ・カレッジ・ロンドン大学院に留学中=木本さん提供