1. HOME
  2. World Now
  3. STEM分野の若手女性研究者たちが米国で描く夢 QUADフェローシップ参加者に聞く

STEM分野の若手女性研究者たちが米国で描く夢 QUADフェローシップ参加者に聞く

国際女性デー2025 更新日: 公開日:
QUADフェローシップ2024年度メンバーの田中穂菜美さん(左)、澤田碧砂さん(中央)、五十嵐祐花さん=本人提供
QUADフェローシップ2024年度メンバーの田中穂菜美さん(左)、澤田碧砂さん(中央)、五十嵐祐花さん=本人提供

日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国の枠組みである「QUAD(クアッド)」。その4カ国の政府が取り組む「Quad Fellowship」というプログラムがある。4カ国出身者を対象に、米国で科学、技術、工学、数学(STEM)を学ぶ修士課程および博士課程の学生に奨学金を給付し、交流や米国政府の視察などの機会も提供する。2024年度の第2期からはアセアン(東南アジア諸国連合の10カ国)出身者も対象に加わった。2024年度に日本から選ばれた学生は10人。うち6人が女性だ。日本は一般的に理系に進む女性の割合が少ない。2022年度の文科省調査でも、大学学部生における女性比率は、理学系で27.8%、工学系で15.8%と低い。だがこのプログラムでは逆に女性が多数派となっている。なぜ彼女たちは理系を、そして米国をめざしたのか。3人に聞いた。(秋山訓子)

待っているだけではチャンスは来ない

五十嵐祐花さんはマサチューセッツ工科大(MIT)の博士課程に在籍する28歳。AIや科学計算を支えるプログラミング言語の研究をしている。10人の中では2人しかいない日本の大学出身者だ。

マサチューセッツ工科大(MIT)の博士課程に在籍する五十嵐祐花さん=本人提供
マサチューセッツ工科大(MIT)の博士課程に在籍する五十嵐祐花さん=本人提供

五十嵐さんは、自分のやりたいことを実現するためには自分でまず動く。興味を持ったらメールをし、会いにいく。熱意を行動で示す。そんな彼女をまわりも応援せずにいられない。

大学で研究室に所属する時も教授に何度もメールをし、返事がないと研究室を直接訪ねた。「とりあえずグループミーティングに来てみれば?と言われてのぞいたけれど、何も分からなくて。でも、あきらめたくなくて、がんばることにしたら、助教が面倒を見てくれて、その後、共著で論文を出しました。主体性はあるほうだと思います。レールに乗っているだけ、待っているだけでは何のチャンスも来ない」

大学生の時にスイスの研究所で1年間インターンをした。そのきっかけも、グーグルがスポンサーをしているオープンソースソフトウェアのプロジェクトに参加した時に、メンターだったスイス人が、彼女のやる気と熱意を見て自分の属する研究所に来ないかと声をかけてくれたからだ。

「行動派の自分はアメリカに向いている」と思った五十嵐さんは、大学院から現在も所属するMITに進んだ。「日本では女性差別がすごくて息苦しかった。高校の時に物理を選択しようかと思って先生に話を聞きに行ったら、女性が物理を選択して大学に受かるのは難しい、と言われて。何それと思いました。アメリカは誰が何をしようと気にしない」

マサチューセッツ工科大(MIT)の博士課程に在籍する五十嵐祐花さん=本人提供
マサチューセッツ工科大(MIT)の博士課程に在籍する五十嵐祐花さん=本人提供

「女性が少なくて生きづらい」とあきらめるのはもったいない

五十嵐さんは自分の考えを積極的に世の中に向けて発信してきた。東大卒業直後には、理系の各クラスで女性が少しずつ等しく配分されているのがおかしいと感じ、「ある程度のボリュームの人数を1クラスにまとめるべきだ」とブログやツイッター(現X)に書いた。

「そのほうが、女性同士の友達もできやすいし、助け合うこともしやすい。(主に理学、工学系に進む)理科一類はクラスに女性が1人ということも多く、あまりに女性が少ない。そのために、本当は理科一類に出願したかったけれども、女性が理科一類に比べると多い、(主に農学系に進む)理科二類に出願したという話を、同期や後輩の女性から何度も聞きました。高校生からも、東大ではあまりに女性が少なくて生きづらいと聞くので志望校変更を検討していると相談を受けました。そういう理由で東大受験をあきらめるのは、あってはならないことです」。賛同するというメッセージが多数寄せられ、後にこれは実現した。今やXのフォロワーは3万人だ。

とはいえ、アメリカを礼賛しているわけでは全くない。

「アメリカは必ずしも理想的な場所ではない。資本主義が行き過ぎて格差もひどい」。一方で、日本の変化も感じている。「私が日本を出た5年前に比べたら、女性の労働環境などとても良くなったと思う。仕事と子育ても両立しやすい制度が整ってきた」。博士号取得後はアメリカで研究を続ける予定だ。

「格差の対策は、表面化させてこそ」

澤田碧砂(あずな)さんは、コロンビア大学公衆衛生大学院で疫学を専攻し、もうすぐ修士号を取得予定の24歳。学部の頃から米国で過ごし、リベラルアーツ大学での4年間を経てから現在に至る。大学院では、「環境要因」がどうメンタルヘルスに影響を与えるかを研究している。 

コロンビア大学公衆衛生大学院で疫学を専攻する澤田碧砂さん=本人提供
コロンビア大学公衆衛生大学院で疫学を専攻する澤田碧砂さん=本人提供

澤田さんはもともと、生物などの理系科目が得意だった。高校生の時は人の心理にとても興味があったが、日本で心理学といえば文系だ。

「アメリカなら文理の区別が日本ほどはっきりしておらず、文系的なトピックに対しても、理系的な方法で取り組めるかもしれないと思いました」。そこで米国の大学に進学しようと決めた。

大学では心理学で扱うようなトピックについて生物学的なアプローチをできるニューロサイエンスを専攻していた。大学での授業や研究は楽しく、もっと学び続けたいと思い大学院進学を志した。進学当時は、ストレスや感情などのメンタルに影響を与える、生物学的要因について知りたいと思っていたという。けれど、大学院での授業が始まってすぐ、環境要因にも興味を持つようになった。

環境要因とは何か。「自分が想像していた以上に環境は我々の健康に大きく影響を与えていることを知り、衝撃を受けました。さらに、生物学的な要因は変えることが難しいのに対し、環境的なものは、生物学的な要因に比べて変えられることにも希望が持てる気がして。環境を変えれば健康になれて病気を予防できるかもしれない」

環境要因の一つとして、「格差」をキーワードとしている。

「日々生活する中で目にする階級や人種、ジェンダーに基づく格差に悔しさを感じることも多いです。さらにはその格差が健康に影響してきてしまうというのはやるせない気持ちになります。けれど、疫学研究はその格差が存在すること、そしてそれらが本来平等であるはずの健康に影響を与えていることを世に知らしめることができる。格差を表面化させて初めてその格差に対策が取られる。そういう意味で、今の研究はとてもパワフルなのではないかと思っています」

地方出身の壁を越え米国へ「自分の考えのレイヤーが増えていく」

田中穂菜美さんはカリフォルニア工科大の博士課程で腸内細菌に着目した脳神経科学や免疫学を研究する28歳だ。福岡県で育った。2024年度のメンバーのなかでただ一人、日本の地方出身だ。大学から米国に進んだが、東京出身ではないことが、留学にあたっても非常に高い壁になったという。

カリフォルニア工科大の博士課程で脳神経科学や免疫学を研究する田中穂菜美さん=本人提供
カリフォルニア工科大の博士課程で脳神経科学や免疫学を研究する田中穂菜美さん=本人提供

福岡市内の私立の進学校に通っていたが、「海外の大学に進学する人は、何年かに1人いるかいないかで、学校の先生も含めて周囲に米国進学に詳しい人が誰もいなくて、本当に苦労しました。霧のなかを手探りで歩いているような感じ」。彼女はその後も地方出身で米国進学を願う若者たちを支援する活動をしている。

暗中模索の進学プロセスだったが、米国の大学で学びたいという意志は揺るがなかった。2歳から7歳まで米国で過ごし、高校でも1年間留学をした。

「アメリカの授業は議論が中心で、自分の意見を言うことを常に求められる。いろんなバックグラウンドの人がいて、政治や社会問題についても友人と気軽に話せて、こんな見方や考え方もあるんだと自分の考えのレイヤーが増えていく」

たとえば、アメリカ史の授業で太平洋戦争について学んだ時、原爆投下に対する考え方が日本とは全く違うことを知った。「原爆は戦争を終結させるため、被害を最小限にするための手段だった、と言われて……衝撃でした。でも、自分とは違う考えを持つ人との議論を通してお互い学ぶことがありました。自分とは違う考え方と出合い、その後に話し合い、共有し合うことで自分の世界も広がり、その経験が海外大に進学するきっかけともなりました」

田中穂菜美さん(左)と澤田碧砂さん
田中穂菜美さん(左)と澤田碧砂さん

今の研究テーマを選んだのは、学部時代にアフリカで医療インターンをしたことがきっかけだ。病院がない遠隔の村々を現地の医療チームと回り、健康診断や手術を無償で行った。「先進国でどんなに医療や科学技術が発展しても、途上国や遠隔の地域に行き届かせることはお金や人、設備などの理由で難しい。安価で管理しやすく、誰でもアクセスできる予防・治療法の確立が重要だと痛感しました」。腸内細菌を研究してサプリメントなどが開発できれば摂取も簡単で広い地域に行き届かせることも容易だという。「健康維持や病気の予防・治療の方法としてとても大きな可能性があると感じています」

Quad Fellowshipの目的は、研究を社会の中に生かし、変革をもたらしていくこと。3人ともに共通しているのが、研究だけでなく、政策や産業にもその成果を生かしていきたいと考えている点だ。「同期のメンバーは、本気で社会を良くしたいと思っているアツい!!人たち」(田中さん)。さまざまな背景を持ち、経験を積みながら、それを見据えている。彼女たちの10年後、20年後がとても楽しみだ。