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【前編】キャリア手放し、英語力ゼロから世界トップ10の大学院へ クリエイティブディレクター・木本梨絵さん

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クリエイティブディレクターの木本梨絵さん。現在はユニバーシティ・カレッジ・ロンドン大学院に留学中=木本さん提供[
クリエイティブディレクターの木本梨絵さん。現在はユニバーシティ・カレッジ・ロンドン大学院に留学中=木本さん提供

社会人として経験を積んだあと、海外留学をめざす人がいます。なぜ、輝かしいキャリアと安定した生活に区切りをつけ、異国で学ぼうと決意したのか。留学経験のある学生ライターが、人生の「先輩」に率直な疑問をぶつけるインタビューシリーズです。第1回は、英語力ゼロから3年間で、世界大学ランキングでトップ10に入るユニバーシティ・カレッジ・ロンドン (UCL)大学院への進学を実現したクリエイティブディレクター・木本梨絵さんに、社会人留学の意義や準備のしかた、一歩を踏み出すためのヒントを聞きました。前後編でお届けします。

ざっくり要点

1. 「あの時ああしていれば」という後悔をすべて消すため、社会人経験を積んだのち世界トップレベルの大学院へ挑戦した
2.  デザインと人類学を掛け合わせることで、自身のクリエイティブディレクターとしての専門性と視点の幅を大きく広げた
3.  約3年間の準備期間を設け、起業で培った資金を投資に回すなど、計画的かつ着実に海外留学への足場を固めていった
4. 完璧な英語を目指すのではなく、現地の授業を楽しむレベルを目標に設定し、スキマ時間を活用して学習を継続した

「あのときああしていれば」を全部つぶす

――なぜ社会人になってから留学を?

留学は、武蔵野美術大学に通っていた学生時代からずっと興味はありました。

大学4年生の就活では行きたい会社に受からず、中途半端なところに行くぐらいなら夢を追いたいと考えて、海外美大の大学院進学を両親に相談したこともあります。でも両親には「社会人を経験してからのほうがいいんじゃないの?」と言われて。

今、振り返ればその通りだったと思います。悩んでいるうちに落ちていた会社から合格の連絡が来て、就職しました。

5年間会社員をしてから27歳で起業し、クリエイティブディレクターとしてビジネスを続けていましたが、ずっと心のどこかで「あのとき海外に行っていたら」と思うことがありました。

東京でキャリアを積むほど周りの人のバックグラウンドが変わってきて、留学経験があったり帰国子女だったり。英語なんてみんな喋れて当たり前で、複数の言語が話せる人もいて。自分だけ海外経験がなく日本語しか話せないことにコンプレックスを感じるようになりました。

ターニングポイントは29〜30歳ごろ。離婚して自由になり、「今なら何でもできる」と思いました。

結婚していたり子どもを持つことを考えていたりすると海外に飛び出すのは勇気がいるけれど、すべて手放したタイミングで、肉体はこれから衰えていくし、ラストチャンスだと思って。

このまま「あのとき留学していたら」「英語が喋れたら」と後悔して生きていくよりも、自分の心につっかえていた「あのときああしてれば」を全部つぶしていこうと思ったんです。

――クリエイティブディレクターの木本さんが、なぜデザインではなく、人類学をロンドンで学ぼうと思ったのでしょうか。

デザインは非常勤講師として教える側でも長年やってきて、今さら学費を払って作品を作るような学び方は想像がつきませんでした。

デザインリサーチと人類学は親和性が高くて、人類学を学ぶことでクリエイティブディレクターとしての幅が広がるという理由もあります。

でもそれだけじゃなくて、10年間同じことをしてると停滞感というか。これより上にはステップアップできない「階段の踊り場」をぐるぐる回っている感覚があったんです。

頑張ってキャリアの階段を上っていたら、仕事が何でもうまくいくようになって、10件以上の案件を、寝る間も惜しんですごい速度で動かして。

これからの人生、これをずっと続けるのかな、みたいな。もっと物事に対して本質的にゆっくり向き合う人生がいいなと思ったんですね。

忙しく働くだけじゃなくて、1つの「知りたい」に5年〜10年かけてゆっくり向き合っていくみたいな、人生のスピードを遅くできるのが人類学研究でした。

「東京では常にあくせく働いて、時間がなくて、タクシーでコンビニおにぎりをほおばっていた」=木本さん提供
「東京では常にあくせく働いて、時間がなくて、タクシーでコンビニおにぎりをほおばっていた」=木本さん提供

ーー仕事や人生との向き合い方を変えるために留学された、ということでしょうか。

どちらかというと「別バージョンの人生をやってみたい」が大きいです。

人生をゲームや映画に例えると、自分は和歌山編と東京編しか経験していなかった。「自分の人生を映画化したら売れるかな? ずっと日本にいる普通の人生だしヒットしなさそう」って思って。

人生って1回しかないのにこれでいいのかなって。他の国に行って自分がどうなるか、英語が話せたらどう変わるかを死ぬまでに試してみたかったんです。

イギリスの大学院留学 いくらかかった

――資金や語学力など、留学準備はどのようにされましたか。

30歳のときに日本で英会話の勉強を開始し、離婚後、31歳で大学院留学を決意しました。

その半年後から3カ月間、ロンドンの語学学校に通ったあとに、UCLのインターナショナルプレマスター(IPM)という大学院の準備コースに9か月通い、最終的に大学院に入学したのが33歳です。

思い立ってからの行動は早かったけれど、準備に約3年はかかりました。費用は、月10万の英語コーチングを1年間受けて約120万、語学学校は約60万、IPMが約400万、大学院が約600万。合計すると学費系が約1200万で、さらにロンドンだと家賃や生活費がかさみます。

奨学金を使う人も多いですね。私は27歳で起業して、3年間は身を削るように働いて貯金がたまっていたので、その資金を留学に投じました。

起業当時は「若い女性のクリエイティブディレクター」として珍しがられ、仕事がたくさんもらえるのは今だけかもしれないと勘違いしていたので、将来のために売り上げのほとんどを投資に回していて。

あの頃にファイナンス面でしっかりやっていたのが留学するときにうまく効いた、という感じでした。

「IPM時代は高校生のように月から金まで毎日学校に通い、テストや宿題に追われる忙しい日々。仕事との両立が本当に大変だった」=木本さん提供
「IPM時代は高校生のように月から金まで毎日学校に通い、テストや宿題に追われる忙しい日々。仕事との両立が本当に大変だった」=木本さん提供

――留学先はどのように選びましたか。

留学そのものが目的になっている人が多いのは良くないと思っていて。

「海外に住んでみたい」という憧れで行くのもいいけれど、それよりも自分が何を学びたいか、それを効果的に学べる場所はどこなのかを考えていくほうがいいと思うんですね。

あとは気候や街の雰囲気が自分に合うかとかも大事で。自分は北欧旅行に感化されて人類学での留学を考えるようになったので、はじめはデンマークのワーキングホリデーに行く予定だったのですが、どうせなら人類学の発祥地であるイギリスで学んだほうがよいのでは?と思ったんです。

その中でも私が現在通っているUCLの「Anthropology and Professional Practice MSc(人類学と専門実践の修士課程)」は人類学の学士課程をとっていなくても受けられるコースで、人類学の知見を自分の職業や専門分野に活かすことを目的としたところだったんです。

私にとってはドンピシャで「これだ!」と。実際に教授と喋ってみてもいい感じだったのでスムーズに決めました。今、一緒に学んでいるクラスメートにもいろんなキャリアを持った大人たちが集まっていて、とても素敵なコースです。

同時に、世界ランキングの高い大学に行きたいという思いもありました。ランキングが高いほど集まる学生のレベルも高くなると考えていたのと、どうせやるなら難しいことにトライしたほうがいいと思っていて。誰にでもできるわけではないことを努力して達成することに価値を感じていたんです。

留学エージェントを使ってアドバイスをもらいつつ、自分でもリサーチしつつ、イギリス留学経験のある知人たちにもたくさん話を聞きました。プレマスターに通ったほうがいい、というのも友人のアドバイスでした。

――英語力に自信がない人にはプレマスターはおすすめですか。

私にとってはプレマスターがすごく良かったです。ただ約400万円かかるので、全員にすすめられるわけではなくて。かわりに物価の安いフィリピンに半年〜1年間留学してIELTS対策をする人も多いです。

私は早くヨーロッパに住みたかったのと、イギリスの教育現場で共有されている前提知識や、日本とは違う授業の進め方に適応するという点で、プレマスターで英語とイギリスにおける基礎教養を学べたのが大きかったです。

英語が苦手なままいきなり大学院に行くと、やっと授業を理解できるようになってきた頃に大学院の1年間が終わることになりかねないので、私にとってはよい準備のしかたでした。

英語を全然話せなかった私でもこれだけ準備したら大学院行けるんだ、という事実は自分でもびっくりです。もし英語力で不安に思っている人がいたら、「全然なんとでもなるよ!」と伝えたいですね。

英語学習のコツは「完璧を求めすぎない」

――日本での英語学習のモチベーションをどう保っていましたか。

海外一人旅の予定を定期的に入れて、英語を使う機会を作りました。例えば飛行機のチケットやレストランを先に予約して「2カ月後にオスロで一人で何しよう、英語喋れないとつまんないじゃん!」って。

仕事をしてると自分のことが後回しになりがちなので、自分で「納期」を設定するようにしていて。それも、IELTS受験とかじゃなくて、旅行とかイベントとか「楽しい納期」であるほうがよくて。

「2年後の留学」だと遠いけど、3カ月〜半年ごとに「おもしろ納期」を作ることでモチベーションを保っていました。

――日本で英会話練習をする中で、ご自身の成長を実感できましたか。

当時も今も、日によって「話せる」「話せない」の波があるんですよね。気づいたら伸びていた、という感覚で。

ただ、一人旅のたびに現地の人と積極的に会うようにしていたので、「前よりは話せるようになったかな」というのはあったかもしれないです。英語は毎日やってたので、爆発的に伸びたということはないけれど、着実に成長してはいたと思います。

――仕事と英語学習をどう両立させましたか。

「早起き」ですね。オンライン英語コーチングを週3回くらい、朝6時半とか7時に固定で入れていました。当たり前だけど、朝って仕事のミーティングが入らないんですよ。

あとは、歩きながらリスニングをしたり、海外の人と話してる風にシャドーイングしてました。日常の調べ事を英語にしたり、パソコンやスマホの言語設定を英語に変えたり、ラジオも英語で聞いたり。仕事が忙しくても、日常的に触れることで英語に使う時間が意外ととれました。

「ロンドンの[3.1]自宅の書斎で作業をする時間は至福。本当に好きな仕事や勉強しかしていないので、以前より一つ一つの物事に向き合えている気がする」=木本さん提供
「ロンドンの自宅の書斎で作業をする時間は至福。本当に好きな仕事や勉強しかしていないので、以前より一つ一つの物事に向き合えている気がする」=木本さん提供

――早起きとスキマ時間の活用で両立されていたのですね。

完璧を求めすぎないことも大事です。発音とか文法とか、完璧な英語を話せないとダメ、と思いがちなんですが、30歳から始めてそれは無理だと思っていて。

ネイティブレベルの英語を目標にすると何十年かけても達成できないと思うので、私は「大学院で人類学の授業を楽しめるレベル」をゴールに設定しました。発音は日本人アクセントで、文法がごちゃごちゃで語彙が少なくても、伝われば良い。

今でも私の英語って崩れているけれど、伝わるんですよね。大学を楽しめて、パートナーや友達と英語で話せるってだけの英語力で、みんなが想像してるよりも結構レベルが低くて。

それでも毎日楽しく生きていけているので、自分の目標のハードルを下げるというのも大切だと思います。

――現在も仕事と留学を両立されていますが、どう管理されていますか。

これも「早起き」です(笑)。朝の7〜9時に日本とのミーティングを入れています。

クライアントや仲間に恵まれて、自分が遠隔で働ける体制を渡航前に固められたのが大きかったです。これが会社員だと難しい場合も多いので、自分がどこで何をしていてもお金を稼げる、自分で自分の人生の舵を全部決められる、独立した状態にできると楽です。

私は「人」と「住む場所」の自由度が高い人生のほうが幸福度が高いと思っています。好きな人としか会わず、好きなところで生活し、お金を稼ぎながら世界のどこにでも行ける人生がよかったんです。

それを考えると、会社員よりは自分で切り拓いた場所で生きていくほうがよくて。「イギリス行きたい」と思ったら行ける状態を20代で苦労して作ったのが大きかったですね。