フィリピンのセブ島唯一の親子留学専門学校「kredo kids」で私は、朝9時から16時まで、ランチタイムの1時間をのぞき、マンツーマンの授業に励んでいた。
「せっかく大金を払ってセブまで来たから、勉強しないと」という思いがあったからだが、ママメートの中には「せっかくセブまで来たんだから、ゆっくり羽を伸ばしたい!」と、授業を受けるのは午前中の4時間。午後はゆっくりショッピングやマッサージを楽しむ人もいた。
楽しみ方は人それぞれだ。
日本では、ママが子どもを預けて好きなことをする、ということに対して批判的に見る人が多いように思う。でも、ママだって四六時中子どもとだけ向き合っていたら息が詰まってしまう。
留学生活が3週間を迎えたころ、私はあるマンツーマンレッスンで、「外国語を上達させるにはどうすれば良いか」というテーマで授業を受けた。その日、予定していた先生が病気で休んだため、代理で違う先生が担当した。
彼女は、普段は午後7時から深夜2時まで、米大手会計事務所のコールセンターでフルタイムで働いていた。「家が豊かではなく、祖父母とも一緒に住んでいる。少しでも家計を助けたくてアルバイトしたい」と、パートタイムで週に3~4回、日中の時間を利用して英語教師をしていると話してくれた。
小学校から公用語が英語になり、英語力の高さに定評があるフィリピンのなかでも、特にセブ島には、欧米企業のコールセンターが数多く集まっている。最低賃金がマニラより安く、他の小さな島よりも労働人口が多い、というのが大きな理由だ。
「ユリさん、新しく覚える言葉はどんどん使わなければすぐに忘れてしまいます。あなたに必要なことは、とにかくたくさん話すことです」
Keep on talking.
鏡に向かって。すれ違う犬に向かって。誰もいなかったら壁に向かって。
「とにかく話し続けて。独り言でも何でも!」。50分の授業で彼女はそう繰り返した。
その週末、エミさん(仮名、31)とカオリさん(42) と、子連れでランチをしていたとき、私はこの話をした。同時に、自分の英語が進歩していないと感じることも打ち明けた。
「確かに、学校終わってこうやって日本語でしゃべっていたら、英語忘れるよね。特に週末挟んだ月曜日なんて、もう頭が日本語に戻ってるよね」。カオリさんが頷いた。
朝から夕方まで授業を受けて、コンドミニアムに帰って家政婦兼シッターのジョセさんと話しても、8時間。その後、子どもやママメートと過ごす時に日本語に戻すと、睡眠時間を除いても、8時間近く英語を離れる。私たちはそんな計算をした。
「思い切ってさ、私たちの間でも英語だけにしてみない?」。私はそんな提案をしてみた。
「いいね。やってみよう。日本語話したら罰金ね」。カオリさんは、One Japanese One peso. つまり、日本語一回話したら、1ペソ(約20円)というルールを提案した。
その日から私たちの「English Only Policy」が始まった。
LINEのグループ名も「English Only Mother」に変え、登校時のあいさつも、授乳室でのやりとりも、下校後のおしゃべりも、ぜんぶ英語にしてみた。
長期滞在の私の部屋は、1部屋余分にある大きいタイプだったため、週に1、2度はプチホームパーティをやっていた。ホームパーティと言っても、普段それぞれの家政婦さんが作ってくれる料理を持ち込んで、テーブルに並べ、つつきあう簡単なものだ。家政婦さんによって得意な料理も味付けも違うため、みんなでシェアを楽しんだ。
エミさんとカオリさんと私で始めたEnglish Only Policyは、少しずつ他のママメートにも伝染していった。賛同してくれるママは非常に多く、わが家に来てくれた時には、私たちはどんなに自信がなくても、とにかく英語を貫いた。
ウンチした?!
ここでオシッコしないでよ!早くオムツしなさい!
そこのおしりふきとって~。
粉ミルク、どこで買ってる?
今夜はおっぱい(授乳)休んでビール飲んじゃおうかな。
搾乳機、貸してくれない?おっぱいが張っちゃって張っちゃって!
Did you poo?!
Don’t pee here. Put on your diaper!
Can you pass me the baby wipes?
Where should I buy formula milk in Cebu?
I will stop breastfeeding tonight. I want to drink beer!
Can I borrow your breast pump? My boobs are going to explode!
こんな英語、教科書では習えない。私たちは、「この場合、なんて言うんだろうね?」と考えて、分からない表現を翌日先生に聞く、というのを繰り返した。幸い、学校には子持ちの先生も多かったため、いろいろな表現で「子育て中のママ」が使う英語を教えてくれた。
日本で私は、「おっぱい」「うんち」「おしっこ」「おちんちん」しか言わない日にもんもんとしていた。(連載第1回参照)
同じ言葉でも、英語で話すとなんか楽しい。
One Japanese one pesoルールで私たちは、結局100ペソも貯められなかった!
***「英語がうまくなりたい!」をモットーに貫いたEnglish Only Policyで、日本人ママメートと過ごす日々は楽しさと刺激が増した。家政婦兼シッターさんがお休みの週末は、私たちはよく子連れで街に出た。フィリピンでは、どこも子連れに優しかった。