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セブ島英語学校の明るい先生たち 授業はペーパーレス、おしゃべり大好き 

育休ママの挑戦~赤ちゃん連れ留学体験記~
親子留学専門学校「kredo kids」(クレドキッズ)のフィリピン人教師たち。20~30代を中心に元気で笑顔が多く個性的な先生が多かった=今村優莉撮影

セブで唯一の親子留学専門学校「kredo kids」(クレドキッズ)に入学した私は、朝9時から午後4時(途中1時間のランチタイム)まで授業を取った。授業は基本すべて1コマ50分のマンツーマンレッスン。TOEFLコース、IT英語、ビジネス英語、TEDコース、トピック別英会話…という時間割だった。

TOEFLクラスは、もともと学校になかったコースだったが、どうしてもやってみたい、とお願いしてトライアルで追加してもらった。TOEFLは読み、聞きのほか、限られた時間内で適切な文法と語彙を使って回答するスピーキングと、あるテーマについて時間内に英文を書くエッセイが試験項目にある。これらを鍛えることで、アウトプット力を高めたかった。

セブに留学しにいく、と会社の上司に伝えたとき、上司から
「具体的な目標はあるの?」
と聞かれた私はとっさに
TOEFL90点とります」
と答えていた。ちなみにセブ留学前の私の点数は78点。90点というのは、私の会社の社内留学の選考目安なので、ひとまずそこを目標とした。

■ゲイの先生の「日本人は偏見を持つと聞いて」にショック

学校のマンツーマン用ブース。ドアはなく、壁で仕切られただけなので、静かな環境とは言いがたいが、慣れると意外に外の音は気にならない=今村優莉撮影

学校の先生はみな個性的だった。大学を出たばかりの青年から、歌手経験者、妊婦さんに3人の子持ちのお母さん。およそ20人いた先生のうち、8割は女性だった。ゲイの先生もいた。日本では、まだLGBTの人たちが生きやすい世界とは言えないが、少なくとも私の通っていた学校では公言をためらわない先生ばかりだった。ただ、あるゲイの先生から

「日本人のなかには同性愛に偏見を持つ人もいる、と同僚に言われてからは、生徒さんにはあえて自分からは言わないことにしているんだ」

と言われた時はショックだった。そうか、やはり日本はまだそんなふうに思われていたのか、と。

■環境に優しいペーパーレス 授業はすべてパソコンで

この学校では紙の教材はほとんど使わなかった。生徒には入学初日にIDとパスワードが与えられ、各自で指定された学校のサイトから教材をアクセスしたりダウンロードしたりした。授業はすべて小さなブースに備え付けられたパソコンを使用。聞き取りが必要なレッスンではヘッドフォンを使った。教科書とノートが基本スタイルという日本の学校とは対照的だが、環境のことを考えるとこちらの方が進んでいると言えるかもしれない。

Nadeth(ナデット)先生(29)は2人の子持ちのお母さん。オフィス機器販売会社のマーケティング部門で3年働いたあと、英語教師に。パワフルなトークと豊かな表現能力の持ち主で
「フィリピンの男は甲斐性がなくて本当に働かないのよ!だから私が稼がないといけないのよ」
と冗談(ではなく恐らく本気)でよく言っていた。

「Common communication barriers in workplace and how to deal with them?」(職場における一般的なコミュニケーションの障壁と、どのように対処するかについて)をプレゼンする著者(中央)。毎回難しかったが、とても貴重な体験だった=学校スタッフ撮影

ビジネス英語の授業ではPPT(パワーポイント)を使っての英語プレゼンにも挑戦した。2週おきに「東京に出張で訪れたら行くべき3つの目的地(Three Best Destinations For Business Trip in TOKYO)」「日本の職場文化における3つの重要な変化について(Three Important Changes in Japanese work Culture)」と言ったテーマを与えられ、毎回約15分、複数の先生の前で発表。プレゼン後は先生からの質問にその場で答え、そのパフォーマンスによって点数をもらう、というスタイルだった。私の職業に合わせ「新聞の未来(The Future Of Newspaper)」というのもあった。

World Teacher’s Day(世界教師デー)では学校が先生にサプライズで○○賞と書いたタスキと花束を渡して表彰した=今村優莉撮影

■先生を大事にする文化 世界教師の日にみんなでお祝い

ある日、「サプライズで先生を表彰するから、ランチタイムは生徒もぜひ学校に残ってください」とお知らせがきた。

その日は10月5日。世界教師デーという。私は恥ずかしながら、そんな日があることを知らなかった。

学校が先生にピザなどの軽食、フルーツを振る舞い(私たち生徒も頂いた)、それぞれの先生の特徴に合わせて「○○賞」をあげる。手が込んでいると思ったのは、○○の部分が「口紅が一番真っ赤で賞」という冗談みたいなものと「いつも思いやりに満ちた授業をしているで賞」などのきちんとした部分の二つに分けて2回表彰していたことだった。

ナデット先生によると、フィリピンでは先生をとても大切にする文化があるという。この日の学校側の先生への表彰式をみていると、それがとてもよく伝わった。

フィリピン人の先生は総じてみな冗談が大好きでおしゃべりだ。ともすると、50分の授業の半分はフリートークで過ぎていた……ということもあり、滞在日数が長くなく、トークじゃなくて勉強だけしたい!という日本人ママからは「もっとまじめに授業をしてほしい」と不満の声が出ることもたまにあった。そんな声を「批判」ととらえてフリートーク一切なしのスタイルに変える先生もいれば「英語で冗談が言えるようになれば立派なもんじゃない!」と割り切って自分のトークを貫く先生もいた。

Nadeth(ナデット)先生(左)とのトピック別会話では、「テロの起きる世界」「女性の人権」「障害者の生き方」「同性愛」「安楽死について」などのテーマで学んだ

Grace(グレース)先生は、私の文法担当だった。彼女は私と同い年だったが、過酷な経験の持ち主だった。経済的な事情で5歳から17歳まで孤児院で育った。孤児院を出た彼女は、引き取られた親族から、日本人男性と結婚するよう迫られた。貧困から脱するための親族なりの選択だったというが、彼女は「私を売ろうとした」と寂しそうに振り返った。同意なき結婚から逃れるためその家を逃げ出した彼女は、パン屋の店員やウェイトレスとしてアルバイトを転々としたのち、いまの夫と結婚。子どもをもうけたあと、どうしても勉強がしたくて23歳で大学へ。英語を専門にした。卒業後は報道記者になることを夢見ていたが、幼い子を抱えての両立は難しいと考え、育児と両立が出来る英語教師になることを選んだという。3人の母親となった今、「教師は天職」と話す。私の職業が新聞記者で、英語を学ぶのは特派員になりたいからだというと、彼女はこう言った。

「世界には多くの国で紛争があり、恵まれない子どもやいわれなき差別に苦しむ人がたくさんいる。それを伝えて世界を変える力をジャーナリストは持っている。あなたにはあらゆる努力をして世界で羽ばたく特派員になってほしい」

若い頃、報道の仕事に携わることを目指していた彼女の言葉はズシンと響いた。「言っていることはわかるけど、文法がいい加減な」私の英語を、彼女は厳しく指導してくれた。「子育てが忙しいお母さんにはなるべく宿題を出さない」方針の先生が多いこの学校で、彼女は毎日宿題を出した。もちろん、出来なくても怒られるわけではないが、3人の子持ちの彼女から出された宿題を、シッター付きの生活をしている私がサボるわけにはいかなかった。

***こんな感じで、私は毎日少しずつ英語脳を培っていました。だけど学校が終わった後や、週末は「ママメート」と買い物したりご飯を食べたり。ちょっと待って。日本人ママと過ごすときに日本語をしゃべると、授業でせっかく活性化されかけた英語脳がどんどん消えていく~!ある日、私たちはこんなルールを作ってみました。「one Japanese one peso」(日本語1単語につき、1ペソ)。さあ、いつまで続くか。