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新型コロナにかかって気づいた 親子留学で本当に学んだこと

育休ママの挑戦~赤ちゃん連れ留学体験記~ 更新日: 公開日:
親子ホームステイをしていたフィティアンガで、息を飲むほど美しかった夕焼け=2019年3月、今村優莉撮影

「ダメなママでごめんなさい」エリーさんの言葉は

フィリピン・セブ島で2018年秋に始めた親子留学は、舞台をニュージーランドのフィティアンガにうつし、日本への帰国を2日後に控えていた。2019年3月のことだ。

決して順風満帆なことばかりとは言えなかったものの、英語以外にもたくさんのことを学んだ実りある日々だった。

日本を飛び出したとき生後3カ月だったルールーは8カ月に、1歳半だったシンシンは2歳を迎えた。特にルールーは親子留学中に元気よく卒乳してしまい、現地の粉ミルクと離乳食でぷくぷく成長。ホストマザーのリンダさんに「little dumpling(小さなお団子ちゃん)」と呼ばれて愛された。

6週間、週末を除いて毎日面倒を見てくれたエリーさんによるシッティング最終日。私は学校が終わるとスーパーに寄り、チョコレートのギフトセットを買ってシンシンとルールーを迎えに行った。

「2人は本当にすばらしいベイビーだった。とても楽しい日々を過ごせたわ」。そう言って、エリーさんはシッティングの時に使っていた、英語の本を数冊プレゼントしてくれた。どれも、私たちが渡航前に、彼女が友人やセカンドハンドショップを回って集めてくれた乳幼児向けの良質な絵本だった。こちらの人々は、ものを大事に使い、どんなに古びてもすぐに捨てず、それを必要とする人に譲る。大きなスーパーは2つしかない街に、個人が経営する小さなリサイクル店は至る所にあることが、それを物語っていた。

親が買い物をしている間、子どもは自由にフルーツを食べてもいいという表示とともに置かれたフルーツバスケット。どこも子連れに優しい街だった=ニュージーランドのフィティアンガで、今村優莉撮影

最初のホストマザーでもあるエリーさん宅に行くのはこれが最後なのだと思うと、感慨深いものがあり、同時に、いろいろと恥ずかしい思いがあふれてきて、月並みなあいさつしか言えなかったのをよく覚えている。

「あのとき、ダメなお母さんでごめんなさい」。この連載を書くにあたり、およそ1年ぶりにエリーさんに連絡をとった私は、当時きちんと言えなかったことを伝えた。

You were definitely not a bad mother.(あなたがダメなママだったということは、全くないよ)

ただちょっと、勉強にフォーカスしすぎていたかもね。あなたが勉強を一生懸命したいという気持ちはとてもよく伝わったし、応援していたつもりよ。でもね、子どもたちは遊んでいながらも、ママが帰ってくるのを毎日毎日楽しみにしていたのよ。

エリーさんにそう言われ、はっとした。子どもたちは、当時まだ小さすぎて、私が何をしているかなど、気にもされていないと勝手に思い込んでいた。「そんなことないよな」。私が語学学校に行ったりダイビングのライセンスを取ったり、のびのびと過ごせたのは、風邪ひとつひかず、二つのホストファミリーに可愛がってもらっていたシンシンとルールー兄弟のおかげだ。

私は、育児に疲れたりストレスがたまったりして子どもに対して笑顔が減るくらいなら、他の人に助けを借りてしまったほうが子どものためでもあると思っていた。でも、やっぱりどんなに小さくても2人の母親は私だ。「そんなことに今頃気づくなんて、やっぱ、私はダメな母ちゃんだ・・・」。そう思いながら、気づかせてくれたエリーさんに、今度はきちんとお礼を言った。

必ず戻る 交わした約束

日本に帰る日の朝は、冷たい雨が降っていた。南半球では秋が始まっていた。

早朝の出発だったが、リンダさんとチャーリー、ソフィーと犬が玄関まで見送りしてくれた。

今回、私は楽しめたけど、子どもたちはまだまだ小さくてこの大自然を堪能させてあげられなかったのがちょっぴり残念でした。シンシンとルールーがもう少し大きくなって、自分の足で大地を自由に踏みしめられる年頃になったら、また遊びにきても良いですか。

そういって学校が手配してくれたワゴン車に乗り込もうとした私にリンダさんは言った。「必ず戻ってきてね。キャンプ、一緒に行こう」。そして、私たち3人に2回ずつキスをくれた。

海を背景に、日差しを浴びてまぶしそうにするシンシン(左)とルールー=ニュージーランドのフィティアンガで、今村優莉

リンダさん宅まで迎えに来たのは、あの日、初めてフィティアンガの地に降り立ったときにエリーさん宅に送ってくれたのと同じドライバーだった。

「どう?フィティアンガは素晴らしかっただろう?」

ルームミラー越しにそう聞く運転手に、私は「本当に。素晴らしいところでした。でも、正直言うと、小さな赤ちゃん連れの身で味わうには、ここの自然はあまりに大きく、広く、時間が足りませんでした」と答えた。

「そうか。じゃあ、また来る理由ができたじゃないか」。そう言って、大きな体を揺らしながら笑った。

6週間前、フライトに疲れて車内で熟睡した私は、チャイルドシートに収まったシンシンとルールーが寝息を立て始めたのを確認すると、2時間半、車窓に流れる景色を目に焼き付けた。

日本に戻ったら、もっと育児を楽しもう。私が楽しませてもらい、エネルギーとして蓄積した思い出を、今度はちびたち2人に返してあげようと思いながら。

2年半ぶりに職場復帰 

その年の4月、私はおよそ2年半ぶりに職場復帰した。朝日新聞国際報道部の内勤記者として、東京を拠点に国際ニュースの関連記事を書いたり、特派員が書いた記事にデジタル版の見出しをつけたりする仕事をしている。週に1~2回はベビーシッター会社や地元のファミリーサポートサービスにお世話になり、育児と仕事の両立に息切れしそうになりながら、めまぐるしい日々を送っていた。

セブで親子留学をしてからちょうど1年後の昨年9月に、この連載をスタート。毎週木曜日の掲載を目指して原稿を書くことがライフワークになっていった。締め切りが近づくと、シンシンとルールーを寝かしつけた後にぼーっとする頭と体にむち打ち、夜中の2時や3時までパソコンに向かうことも少なくなかった。続けて来られたのは、厳しく優しく励まし続けてくれたデスクと、なによりも読者のみなさまから届くお便りや反響のおかげだ。

昨年12月、「留学情報館」が都内で開いた「ママ・赤ちゃん留学」のイベントに呼んで頂いたときは、翌月にセブへの親子留学を予定している女性に会った。「今村さんの連載を読んで、行きたいと思えるようになりました」と言ってくれた。連載を毎回読んでくれているといい「ずっとお会いしたかったです。ファンです」と言われた。そこまで言ってもらえるなんて、きっと後にも先にもないだろう。

よく出かけていた公園のシーソーで、地元住民に遊んでもらうシンシン(右)=ニュージーランドのフィティアンガで、今村優莉撮影

英語以上に得たもの 

ハプニングも、トラブルも、恥ずかしい思いもたくさんした親子留学だったが、英語以上に得るものもあった。特に、セブで一緒に学んだママメートは、今もよき友人として連絡を取り合っている。英語を学んだことを機に独立して起業した女性や、転職してキャリアを積み上げている女性もいる。数カ月に一遍会うと、子どものことだけでなく、仕事についても話は尽きず、気づくと5時間以上経っていたこともあった。

思えば、社会人になってから、会社や仕事関係以外で友人を作る機会は、あまり多くない。大人になってからできる純粋な友人というのは貴重だ。

で、肝心の英語はというと、帰国後に受けたTOEICが890点。「えー、留学までしたのに900点超えられなかったの」と、学生時代に英語留学を経験した妹に冷ややかに言われたことを除けば、私のなかでは満足だ。シンシンは今も英語になじみがあるようで、Youtubeの英語の歌を日々口ずさんでいる。それを横で見てきたルールーも、最近はイヤを表現する時に「No」とか言い始めて、私としては怒りたいやら笑っちゃうやら。先日、シンシンが「ママ、I love youって言って」というので「I love you!」と言うと、「アイラブユートゥー!」と言って「トゥ-」のところで抱きついてきた。Youtubeめ。

同時に子ども2人が乗れるショッピングカートに乗せて、広い店内をぐるぐるまわるのが好きだった=ニュージーランド・フィティアンガのスーパーマーケットで、今村優莉撮影

新型コロナウイルスに感染 隔離で経験した心の痛み

そしてこの春――。私は、新型コロナウイルスに感染した。

体の痛みや発熱、嗅覚、味覚障害におそわれた日々は苦しかったが、いま振り返ると、精神的な痛みのほうが、影響は大きかったと感じている。発症してから入院が決まるまでの10日間を自宅で過ごし、入院はまる2週間に及んだ。自宅では部屋にこもって自主隔離をしていたため、3週間以上、子どもたちに触れることも出来なかった。家にいるのに姿も見せず、求めても抱っこしてくれないママを求めるシンシンとルールーの泣き声をききながら、私も泣きそうになりながら保健所に「早く隔離してほしい」と訴えたほどだ。

闘病を終えて病院から家に帰ると、2人の様子がおかしいことに気づいた。
シンシンはこれまでなかった、目をパチパチする「チック症」の症状がでていた。ルールーは自宅でも私の姿が一瞬でも見えなくなると、パニックになったように泣き叫ぶようになってしまった。2人の主治医は「ママがコロナになって突然会えなくなっちゃったことで不安やストレスを抱えちゃったんだろうね。心が落ち着けば治るよ」と言った。

観光地でもあるホットウォータービーチでシンシンと遊ぶリンダさん=ニュージーランドのコロマンデル半島で、今村優莉撮影

心が落ち着くって、どうすれば良いのだろう。主治医は言った。「出来るだけママがそばにいて、安心感を与えてあげることだよ」

在宅勤務が中心となったこともあり、私はこれまで以上に長い時間を2人と過ごすことになった。ママが病院から戻ったからといって、べたべた甘えていたのは最初の数日だ。いたずらは復活し、部屋は汚れ、モノは散らかる。だけど、シンシンが時折見せる不安な表情や泣き声、「ママ、おうち?」を繰り返すルールーの様子を見ていると、自分が被った肉体的な痛み以上に、子どもたちの心に大きな傷を与えたのだと感じた。

ふと、セブやフィティアンガで2人にたっぷりの愛情で接してくれた人たちのことが浮かんだ。ジョセさんもエリーさんもリンダさんもチャーリーも、惜しみない愛情で2人を包んでくれ、とにかくよく抱っこしてくれていた。彼らと過ごしているとき、2人は本当によく笑っていた。

ベビーシッターをしてくれた前ホストマザーのエリーさんに抱かれるルールー。この日は偶然、同じ柄のシャツを着ていた=ニュージーランドのフィティアンガで、今村優莉撮影

よし、たくさん抱きしめよう。母親に抱っこして欲しいという我が子のシンプルな要求に応えてあげられなかったことを思えば、部屋を汚して散らかすことへの怒りなんて、微々たるものじゃないか。

自宅の庭にあるプールでボートを浮かべて遊ぶチャーリー(右)とシンシン=ニュージーランドのフィティアンガで、今村優莉撮影

イライラしても怒ってしまいそうになっても、私はとにかく抱きしめた。

少しずつだが、シンシンもルールーも症状が和らいできていると思う。同時に私も、抱っこを通じて彼らのぬくもりと、赤ちゃん独特のにおいを吸い込むことで、自分の気持ちが落ち着くのを感じている。永遠に片付かない部屋やおさまらない兄弟げんかにイライラすることがないといえばうそだが、2人が同時多発でギャン泣きをしても、以前と違って「大丈夫。大丈夫」と両手で抱えてあげられる自分がいる。頭に浮かぶのはいつも、親子留学で出会った人々の笑顔だ。

先月、ルールーの定期健診が、新型コロナウイルスの影響で延期することを知らせる電話がかかってきた。電話の相手は、私が連載1回目で健診アンケートに「心から笑えることが少なくなった」と記入して心配し、自宅に面会しにきた保健師だった。

「その後、海外留学なども終えて、お仕事も復帰されて、大変だと思いますが、いまお子さんとの関係はいかがですか」と聞かれた。

「もちろん、大変だし、しんどいし、きついです。でも、今、これまでになく子どもと向き合えていると思います。そして、すっごく可愛いです」

電話の向こうで保健師は、大きな安堵とともに「それを聞けて本当に嬉しいです」と言った。(終わり)

***朝日新聞デジタルで連載した「ママが感染した 記者のコロナ闘病記」(全3回)はこちらからお読みになれます。