リンダさんの家 に移ってから数日後、シンシンは2歳になった。
子どもの2歳の誕生日と言えば、1歳の時と違って、本人もなんとなく「誕生日」というものの特別な雰囲気を感じ取れる年齢だ。初めての子なら、親としても「ママ(パパ)になって2年」だし、ここまで頑張ってきた自分だって褒めてあげたい。胸躍り、写真映えするような飾りを準備して……と考える人も多いと思う。実際、私もNZに来る前は、「シンシンの2歳の誕生日は、どんなことしようかな」なんて考えていた。
だが、当時の私にそんなことをする心の余裕はなかった。親子ホームステイでは異例とも言えるホストファミリーの「はしご」をし、母子もろとも新しい家の環境に慣れようとするのに必死で、気持ち的にもシンシンの2歳を祝うモチベーションがどうしてもあがらなかったのだ。ただ、ちゃんと「母ちゃんは祝ってあげたからね」という証拠を残すためにも、ケーキを買って写真くらいは撮らねば……と考えていた。
その日、学校が終わると、私はシンシンとルールーを預かってくれているベビーシッターのエリーさんの家へ向かった。開いているリビングの窓からエリーさんが子どもたちに絵本を読む声が聞こえた。邪魔をしないようにしばらく聞いていると、どうやら、誕生日を迎える子どもに向けた内容だった。
そーっと家に上がり、リビングの様子をうかがうと、ソファに座るエリーさんの膝の上にちょこんとのり、シンシンはじっと英語の物語に耳を傾けていた。床に敷かれたマットの上では、ルールーが窓から差し入る午後の日差しを浴びて猫のように気持ちよさそうにゴロゴロしていた。まだ0歳の彼も、エリーさんの読み聞かせを聞いているようだった。
読み終えたエリーさんに私は「今日も見て頂いてありがとうございます」と言うと、「Happy Birthday!」と言ってくれた。よく見ると、シンシンの手には、カラフルなモンスターが描かれたかわいらしいバースデーカードが。手書きで「Happy Birthday our little trouble」(誕生日おめでとう、私たちの小さな困ったちゃん)と書かれていた。エリーさんの他に、旦那さんとおばあちゃん(エリーさんの母)、私のホストシスターでもあったドイツからの留学生ステラさんの名前もあった。
エリーさんに具体的なシンシンの誕生日を伝えたことはなかった。ただ、日本で留学準備をしていた数カ月前に、預けるにあたって子どもたちの生年月日やアレルギー、性格などについて記入した表を留学エージェント経由で渡していた。それを、覚えてくれていたのだ。
予期せぬお祝いに心がほっこりした私は、2人をベビーカーに乗せて軽い足取りでエリーさん宅を後にした。
その日は水曜日だった。私たちはある場所へ向かった。散歩コースにあるコミュニティセンターだ。ここで週に1回、地元のゴスペルサークルの練習が行われているのだった。この街で親子ホームステイを始めて3週間近く過ぎたころ、手書きで「誰でも参加OK」という看板を見て思わず「赤ちゃん連れでもOKですか?」とベビーカーを押したまま中へ入ったのがきっかけだった。
メンバーは地元の中学生から大人までいて、定期的に教会や地元のイベントなどで歌っているという。「新入り」の私にも歌詞付きの楽譜一式をくれ、練習の合間にはシンシンとルールーを抱っこして遊んでくれた。それ以来、毎週水曜になると、このゴスペルサークルに子連れで顔を出していた。
練習はいつも1時間半~2時間ほど。この日も、いつものように練習が終わり、帰り際になにげなく「シンシン、今日で2歳なんです」と言った。すると、アルトのリーダーの女性が歌い出した。ここまでは、私も実は想像ついていた。ところが、
♪♪Happy Birthday to You~~♪♪
世界中で歌われるあの聞き慣れたメロディーだが……あれ。英語じゃない。耳を傾け、眉間にしわを寄せていると、「マオリ語よ」。よく通る美声で教えてくれた。えー!そんな貴重なことばの歌、記念に撮りたいのでもう一度歌って下さい!私がお願いすると、今度はメンバー全員が歌ってくれた。
またもやサプライズ。胸がほっこりしていた私は、今度は涙腺が緩みそうになるのを感じて、コミュニティセンターを後にした。
スーパーに寄り、小さなチョコレートケーキと「2」のろうそくを買うと、私はリンダさん宅に戻った。
家に戻ると、なんだか賑やか。ソフィーの友人が遊びに来ていた。
リンダさんは台所でなにか巻いている。聞くと、カリフォルニアロールという。アボカドやエビ、きゅうりが入ったカラフルでビッグサイズの手巻き寿司。聞いたことはあったが、実物を食べたのは初めてだった。
「ひっさしぶりに作ったわ~。何年ぶりかしら。上手く出来ているといいけど」と、平皿にてんこ盛りにしながらリンダさんはほほえんだ。
大きな巻きずしはシンシンの口には入らず、崩してごはんと海苔だけパクパク食べるシンシンを囲み、みんながまた歌ってくれた。今度はHappy Birthday to Youだった。
さらに驚いたことに、リンダさんはプレゼントを用意してくれていた。レゴデュプロと言う、通常のレゴブロックよりも大きく、小さな子どもでも安全に遊べるサイズのブロックだった。レゴはもちろん知っていたが、こんな小さな子ども向けのものがあったなんて。
そういえば、チャーリーが見せてくれた巨大な「おもちゃ箱」からは、溢れんばかりの数のレゴブロックが出てきていた。シンシンもルールーも飲み込めるサイズだから、2人の前では出さなかったが、チャーリーもレゴで育ったのよ、とリンダさんは言った。
「説明書や絵が描かれている箱はすぐ捨てちゃいなさい。自由に組み立てたり、なめたり、触ったりしているうちに自分でいろいろ作るようになって、創造力が鍛えられるからね」と、教えてくれた。
我が子の2回目の誕生日。心温かいNZの人々のサプライズと心遣いによって、一生忘れられない日となった。レゴデュプロの消防車のパーツを30分でなくしてしまったシンシンに代わり、ワインでほろ酔い加減の大人も含めて、みんなで床をはいつくばって探しまくったことなんて、本人は覚えていないだろうけど。
***いよいよNZでの親子ホームステイも終わりに近づいてきました。私はここフィティアンガで、どうしてもやり遂げたいことがありました。