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「黄金のチケット」はもう古い? AI時代、コンピュータサイエンス専攻を襲う就職難のリアル

働くママのシリコンバレー通信 更新日: 公開日:
イラスト:tanomakiko

必死に勉強して難関大学に入り、高い授業料を払った先に待っていたのは、まさかの「採用凍結」――。かつてテック業界への「黄金のチケット」と呼ばれたコンピュータサイエンス専攻ですが、2026年現在のシリコンバレーでは、その価値観が根底から揺らいでいます。失業率は平均の2倍超、エリート学生ですら就職難にあえぐ衝撃のリアルとは? 変化の激しいシリコンバレーで、どう自分をアップデートし、生き残る道を探るべきか。隣人や愛娘を見つめる筆者の温かくも鋭い視線から、これからのキャリアのヒントを探ります。

まだまだコロナ禍真っ最中だった5年前、当時女子高校生だった隣人のお嬢さんは、成績評価ほぼA+の優等生。ご両親もスタンフォードやアイビーリーグなどレベルの高い大学に入学することを期待しているようでした。しかし、フタを開けてみると州立大学も含めて全ての大学に不合格。

アメリカの入試は広く知られているように、本試験の当日のテスト結果の判定ではなく、学校の成績に加えて小論文やスポーツ、ボランティアなどの課外活動の内容も評価対象となります。

そこの部分が弱かったのかもしれないですし、パンデミックで入試過程が混乱し、入学許可担当事務局が対応に追われたことも一因だったかもしれませんが、やはり一番の要因は競争率が高く最も難関とされるコンピューターサイエンス専攻の一択勝負だったからかもしれません。

コンピューターサイエンス学部の合格率は歴史や文学などの人文学系に比べても低く、マサチューセッツ工科大学(MIT)やスタンフォードなどではわずか3~4%台。カリフォルニア大学などでも同様の傾向が見受けられます。

ITバブルが崩壊した頃は人気が落ちたコンピューターサイエンス学部ですが、スマートフォンが普及し、アプリケーションの開発ニーズが急増したことも追い風に。「コードを学び、コンピューターサイエンスの学位を取れば、高収入の仕事が手に入る!」という認識が広がり、競争率が非常に高い学部へと変貌(へんぼう)しました。

例えば、ソフトウェアエンジニア、データサイエンティスト、サイバーセキュリティーエンジニアなど、Google、Appleなどの巨大テック企業やスタートアップにとどまらず、ありとあらゆる企業で高い需要が発生し、入学難易度も年々上がっていきました。

ちなみに、その隣人だったお嬢さんは、公立の2年制大学のコミュニティーカレッジでよい成績をキープし、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のコンピューターサイエンス学部に編入しました。州立大学に1年生で入れなくても3年生からの編入はよくあるパターンです。

イメージ写真(Getty Images)

コンピューターサイエンス学部でプログラミングを学ぶことはテック企業で、「黄金のチケット」が保証されている、と長らく認識されていました。6桁(10万ドル以上/1,500万円前後)の初任給が約束された就職への道につながるからです。

しかしながら、昨今では「黄金チケット」から「くすんだチケット」へと評価が急変してきています。

大手テック企業がトップAI研究者をメジャーリーグのスター選手並みの高給で奪い合っている一方で、新卒はテック企業が求めているAIコーディングツールを十分に学んできていないため即戦力として採用されにくい状況にあります。

さらに、パンデミック期の過剰採用の反動によるレイオフや、新卒採用の停止や制限の影響が重なったこと、また、初級レベルのプログラミング業務が生成AIに置き換えられつつあることもあり、環境が変化しています。

「大学合格よりインターンの方が難しい」? コネなし、実績なしの若者を阻む壁

ニューヨーク連邦準備銀行のレポートによると、大学卒業者全体の失業率が3.1%なのに対し、コンピューターサイエンス専攻の失業率は7.0%、コンピューターエンジニアリング専攻は7.8%とされています。

「就職先がないから大学院にそのまま進学する」という声もちらほら聞くので、実際のところはその数値を上回っている気がします。

「90以上エントリーシートを出してもインタビューに引っかかったのは三つだけ、そのうちどこからも採用されなかった」

「もう建築に大学院の専攻を変えようかと考えている」

「たくさん出したのにインタビューに呼ばれたのはメキシコ料理のファストフードチェーン、チポトレからだけだった」

そんな学生の例が、アメリカのメディアに紹介されました。

学生の夏休み期間だけのインターン採用でも、以前だと州外の学生には給与以外に宿泊代や引っ越し費用までビッグテック企業が負担していたほど手厚い対応だったことを考えると、隔世の感があります。

このインターン先の確保も昨今は競争が過熱しており、「大学に入るよりインターン先を見つける方が大変」との声も上がっています。アメリカは誰を知っているかが大事なコネクション社会なので、取引先企業に頼んで娘や息子を入れてもらったり、お互いの子ども達をお互いの会社に送り込んだり、という「すご技」も最近目にしました。

私も大学生の保護者から(ときにはジムの更衣室でたまたま話し始めた祖父母たちからまで!)インターン先の紹介を依頼されることもあります。数年前は「Google くらいうちも給与出しているから誰かインターンを紹介して」と依頼されることもあったのに… …。

ハードルの高いコンピューターサイエンス学部に晴れて合格し、安くない授業料を払い、もしくは長期返済の奨学金や学生ローンを抱えたにもかかわらず、就職事情がわずか数年でこのように急変したことに、最も当惑しているのは学生たち本人かもしれません。

10年前、私がサンフランシスコのシリコンバレーに移り住み、仕事を探しているときには、「プログラミングができたらどれだけいいだろう」と切実に思ったものでした。英語もできない、弁護士でもない、医師でもない、会計士でもない、スタンフォードやハーバードでMBAをとったわけでもない、そんな私でもできる仕事はシリコンバレーでは限定的なように思えました。同じく他の国からきた移民のママ友がGoogle や現在のMetaでプログラマーとして活躍しているのがとてもまぶしく見えました。

2010年代初頭以降、テック企業や大統領により若い世代にプログラミングを学ぶように推奨するキャンペーンが実施されました。現在高校生の私の子どもも小学校1年生から、コーディングの「基礎の基礎」クラスがスタートしました。担任の先生が「プログラミングができたら将来安泰」といった感じのメッセージを子どもたちに伝えていたことに違和感があったものです。

コーディングができるようになるのはもちろんプラスに作用するでしょうし、移民や低所得層の子どもたちがプログラミングを学ぶ機会を得ることで、将来の可能性が広がり、生活水準が向上することを目指す政策であることは理解できるものの、コーディングができることがゴールではなく、そのスキルを使って何をしたいか、何ができるかを考えさせる方が重要な気がしました。

  

一方で、「長期的にはコンピューターサイエンスの学位は引き続き価値があり、テクノロジー分野の仕事は今後も経済の中心であり続ける可能性が高い」というのが私の周囲も含めてシリコンバレーの多くの人の見解でもあります。最近卒業した、もしくは2026年春に卒業するコンピューターサイエンス専攻の学生たちは、たまたまどんぴしゃで過渡期にあたってしまったという意見です。

正解のない時代を生き抜く「アジャイル」な思考法

大学などの教育機関はデータサイエンス・AI時代に適応した教育システムに強化され更新されつつあります。プログラマーの「需要が無限にある」という前提が崩れ、AIの台頭により仕事内容と求められる技術が大きく変化している最中ではあるものの、AI対応にアップデートされたコンピュータースキル自体は引き続き重要で、彼らのニーズは回復する、という見解は私も賛同したい部分です。

コンピューターサイエンスの学位を持つ人にとどまらず、「2026年は過去5年で最悪の就職環境」という報道もあります。AIだけでなくトランプ関税や金融政策の先行き不透明な情勢、さらに最近のイラン攻撃も影響してくるかもしれません。

採用が控えめとなり、私の職場のインターンの中にも1年以上仕事を探している若者もいるので、状況の厳しさを実感しますし、リーマンショック時とも単純には比較できない構造的な変化が起きているように感じています。

米東部ニュージャージー州立のラトガース大学で就職フェアが開かれ、学生や卒業生が企業のブースを回っていた=2025年9月18日、杉山歩撮影

ソファで横になってTikTokをいつまでもいつまでも見ている高校生の娘を見ながら、「大学卒業後に社会に出たときに、彼女が食べていける職業は何があるのだろう」と考えます。

自動運転のロボタクシー、ウェイモに乗って学校へ通う高校生たちを見ていると(18歳以上から一人で乗れます)、長距離トラックのドライバーなど車の運転に関わる仕事は、おそらく今後5年から10年の間にほぼ自動運転に取って代わられるだろう、ということは私のレベルでも予測できます。

「コードを学べば必ず成功できる」、ましてや「大学をでれば必ず就職できる」といった単純公式はもはや成立しません。長期的に見ると、何がどうなるのかを正確に予測するのは専門家でも非常に難しい複雑な状況です。

今回はコンピューターサイエンス学部の急激な変化を取り上げましたが、変化による困難と、自己の存在価値すらも揺らぐかもしれない危機感、これは新卒にかぎらず今生きる我々すべてがこれから直面することです。今までやってきたこと、信じてきたこと、誇りに思っていた仕事が一瞬でなくなる可能性もうっすら覚悟する時期にきているかもしれません。

ガチガチにゴールを決めず、アジャイルに(俊敏に)、とにかくやってみる、ダメそうだったら違う方向に素早く切り替える。時代を読む力が今以上に必要とされているときはないかもしれません。