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「知名度ゼロ」だったメルカリ、インド最難関大から一挙採用 海外IT人材つかむコツ

World Now
メルカリの入社イベントに参加するインド人の新入社員ら=2018年10月、東京都港区、栗林史子撮影

■インド学生の心つかんだハッカソン

フリーマーケットアプリ大手のメルカリ(本社・東京都港区)は2018年秋、インド最難関のインド工科大(IIT)からの29人を含む外国人44人を一挙に採用して話題になった。

当時、メルカリのインド国内での知名度はゼロに近かった。だが、海外市場に打って出て、グローバルテック企業へと会社の形を変えていく上で、将来海外拠点のリーダーを担えるような優秀な人材はのどから手が出るほど欲しい。IIT卒の社員が社内にすでにいたこともあり、インドで採用に乗り出すことを決めたという。

採用に先立つ17年10月には、社員ら約15人が1週間近くインドに滞在し、IITなど難関大の学生を対象にしたハッカソン(プログラム開発のアイデアや技術を競うイベント)を開くなどしてアピールした。ハッカソンには最終的にIIT全23校や、他の難関大学からもエントリーがあり、想定以上の好感触をつかんだという。企業のグッズやTシャツなどを使った地道なPRにも力を入れ、12月に始まった学生の採用面接では、一部企業にしか認められない採用面接解禁日の面接枠を、米マイクロソフトやゴールドマンサックスなどと並び獲得。優秀な学生の採用に成功した。

採用活動はこれで終わりではなかった。スムーズに日本での生活を始められるよう、日本語の研修を2カ月インドで受けられるようにしたり、家族の絆を重視するお国柄を重んじ、インドで内定者の家族も招いた歓迎会を開いて親の不安をなくしたり。住まい探しから銀行口座の開設、携帯電話の契約まで、会社が丁寧にサポートする体制も整えたという。

さらに、一人一人に業務以外での日常生活の困りごとを相談できる担当をつける「バディ制度」も始めた。もともと、業務面を相談できる「メンター制度」はあったが、何かと不安の多い異国での生活に、新卒の社員が慣れることができるよう配慮した。

そのとき入社したアヌクル・クマルさん(24)にとって、決め手は「チャレンジ」だったという。「メルカリはスタートアップ。インドでの知名度は気にしなかった。様々な国から人が集まり、自分のアイデアで多くのチャレンジができることに魅力を感じる」と話す。

メルカリのアヌクル・クマルさん

東部コルカタ出身で、インド国内の激しい競争を勝ち抜き、IITカラグプル校に入学して土木工学を専攻した。IITの授業ではディベートやプレゼンテーションの機会が非常に多く、寮に帰っても友人たちとの議論に明け暮れた。「それを4年間続けるうちに、自然と交渉力やコミュニケーションスキルを身につけることができた」という。いまはエンジニアとして、ユーザーが商品をより簡単に出品できるよう、日々改善に努めている。

「インドは発展途上国。ふだんの生活の中でも様々な問題や課題が出てきます。そんな中で『自分たちに何かできることはないか』という視点でいつも解決策を考えています。インドでよく言われる『ジュガール』という考え方なのですが、仕事でもそれを自然と意識しています」

■グローバル化の一つの転換点に

メルカリではいま、東京オフィスで働くエンジニアの約半数を外国人が占める。インドからの大量採用をきっかけに、外国籍社員の採用に弾みがついた。海外の新卒の受け入れ体制や、エンジニアの評価制度などを再設計し、国籍を問わず多様な人材が働きやすい組織へと変えていったという。IIT卒の社員が増えたこともあり、かつてのような大規模な採用活動を行わなくても、学生の側から興味を持ってくれるようにもなったという。

人事担当の田井美可子さん(32)は、「国内だけではエンジニアの採用は質も量も限界がある。IIT人材の採用がグローバル化の一つの転換点になった」と話す。

どのような人材を採用し、育成していくかは、会社の将来のかたちを考える上でとても重要だ。「IIT人材を採用するというチャレンジは大きかったですが、そのときに整えた基盤がいま生かされていると思います。一人一人の社員のパフォーマンスを最大化するためにはどうすれば良いのか、という原則に対して、会社や社員の基本的な考え方が構築された機会になりました」。

メルカリは社員の多様性を重視し、今年1月には山田進太郎CEO直轄の組織「D&I(ダイバーシティー&インクルージョン)カウンシル」を作るなどしている。「多様な価値観が存在することを受け入れる、お互いの違いを尊重し合う文化というのは、他社がまねしようと思ってもすぐにはまねできないことです。テック企業特有の視点かもしれませんが、多様な価値観の中でこそ多角的な意見が出てきて、そこでイノベーションが生まれる。それによって、お客様に届けるプロダクトも良くなっていきます」。

■STEM人材 足りない日本

日本ではIT人材は慢性的な人手不足に陥っている。背景の一つには、その仕事を担うSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)分野を学ぶ人材の少なさがある。

ユネスコの統計によると、18年にSTEM分野で学位を取得した人数を国別に見ると、最多は中国で約37%。インドが約21%、米国が約5%と続く。日本は約1.6%だ。

また、経産省が19年に公表した「IT人材需給に関する調査」によると、30年には国内のIT人材は約45万人不足すると試算されている。

その穴を埋めるのは外国人材だ。20年版のIT白書によると、国内のIT企業に勤める外国人のうち、最も多いのは中国人。インド人は増えてきたとはいえまだまだ少なく、今後伸びる余地があるといえる。だが、英語が使えるインド人の採用は、日本語を学んだ中国人や韓国人とは異なり、グローバルな競争になる。そのため、賃金水準も上がりやすいという。

■海外に活路 地方企業も同じ

インドの人材が活躍するのは東京だけではない。「日本の西の果て長崎から世界を攻める」をスローガンに掲げる亀山電機(長崎市)は、工場の自動化に欠かせない独シーメンス社製の制御盤の扱いが得意な企業だ。ウェブ制作やソフトウェア開発なども手がけ、約80人の従業員の1割が外国人。インド出身者3人のほか、フィリピンやネパール国籍の社員もいる。

長崎市の亀山電機

コロナ禍に多くの企業が苦しめられる中、亀山電機では外国人社員が活路を切り開いた。国をまたいだ移動が難しくなり、日本やアジア各地の工場に、輸入機器を扱うことのできる欧州の技術者が来られなくなった。そこで、日本にいる外国人社員が得意の英語力と高い技術力を武器に、その操作を代行して乗り切った。コロナ禍での業績落ち込みを補う活躍を見せたという。

会長の北口功幸さん(55)は、もともとインド人だから採用したわけではない、という。県内の大学で日本語を学んでいたインドからの学生がいて、数年前に1人採用したのが初めてだった。だが、その後も続けてインド人を採用し、「インド人は高い技術を持ち、コミュニケーション能力が高い」と驚いたという。「日本の人口が減る中で、活路を海外に求めないといけないのは地方の企業も同じ。そのためには外国人材と一緒になってやっていく必要がある」と話す。

亀山電機会長の北口功幸さん

週に一度、業務中に英語しか使ってはいけない「No Japanese Time」を設けたり、外国出身の社員との交流を深めるイベントを定期的に開いたりするなど、様々な取り組みで国際化を進める。「No Japanese Timeになると、とたんに社内が静かになるのはどうにかしたい」と苦笑いする北口さん。自身も若い頃は米国でインド人を相手にギリギリとしたビジネス交渉を経験したことがあるという。「タフな交渉相手だったが、すべて終わった後では良い関係が築けた。そういったところも含めてインド人の強さだと感じた」と振り返る。

■「語学力で日本と世界をつなぎたい」

亀山電機で同僚と会話するパラシュ・ヴァッサクさん(右)

今年入社したばかりのパラシュ・ヴァッサクさん(24)は、子どもの頃からドラえもんやクレヨンしんちゃん、忍者ハットリくんなどのアニメが好きで、地元グジャラート州の大学で機械工学を学び、卒業後にインドで働きながら日本語を学んだ。故郷の村からは、米英やカナダなど英語圏で働く人はいたが、日本で働くのは自分が初めて。インド人にとって日本語は簡単な言語ではなく敬遠されがちだが、「技術力の高い日本で働きたい」との思いで独学したという。来日後、福岡県の企業でボイラー設計の仕事に就いたのち、亀山電機にはハローワークを通じて採用された。

日本での仕事について話す亀山電機のパラシュ・ヴァッサクさん

小学校では英語、ヒンディー語、グジャラート語、マラーティー語、サンスクリット語の五つが必修だったというヴァッサクさん。その時の苦労に比べれば日本語の習得はさほど難しくはなかった。日本語の教材を買い、SNSで日本人の友人を作ってインドから質問攻めにした。「日本の企業は英語力の課題はあるけど、技術力は非常に高い。自分の語学力を生かして、日本と世界をつなぐ役割ができたらと思っています」。

企業のHP制作の仕事をしているサヒル・バドゥワルさん(25)は、他の日本企業で働いたのちに亀山電機に転職した。大学で専攻したコンピューターサイエンスやプログラミングのスキルを生かせて、満足しているという。「他の社員とご飯を食べたり、話したりする機会があって、すごく助かっています。日本での暮らしに不安に思うことは少ない」という。インドと比べると、「長崎の人は親切で、住みやすいし生活が便利。日本のラーメンも好きです」と話した。