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数学やITだけでは語れない インドの本当の力ってなんだ 住んで話して見えたこと

World Now 更新日: 公開日:
太鼓腹の象神ガネーシャの像=奈良部健撮影

■カレーと多様性

「Unity in Diversity(多様性の中の統一)」。言語や宗教、カーストなど多様な人々がお互いを尊重しながら、ゆるやかにまとまっている。インドの理念が込められた国是である。多様性は私がインドに出会った学生時代から、惹かれてやまない魅力の一つだ。

東京で生まれ育った私にとって、インドは日本社会の対極にあった。これだけ「分断」された社会が一つの国としてあるのは、奇跡のようにも思えた。もっとも新聞社に入社後、和歌山や新潟、愛知などに赴任し、日本社会の多様性にも驚愕することになるのだが。

「君はこれからインドの色々な土地に行くでしょう。365日で1日たりとも同じカレーを食べることはない」。インドに赴任する前、インドの外交官からこう言われた。たしかに具材やスパイスの調合、調理の仕方は千差万別だし、地域や宗教、家庭によっても味は異なる。インドの人たちは「カレー」と呼ばず、具材で料理名を言うことが多いが、それでも一つ一つはカレーに違いない。カレーは、インドの多様性とゆるやかな統一そのもののようだ。

カレーを食べる親子

今回、朝日新聞GLOBEでは「カオスを生む才能 インド」をテーマに特集した。インドの多様性は、異なる文化的背景を持つ人々をまとめるリーダーシップや、問題を柔軟に解決していく力の源泉になっているとされる。その一方で、様々な集団によって、分離独立を求める闘争や宗教紛争、カースト間の衝突が絶えず起こってきた。

■一つのインドは存在しない!?

「インドとは、相異なる無数の国に我々が与えた名称である。一つのインドという国は存在しない。雑多な、相互に対立する土着の諸集団のかたまりがあるにすぎない」。インド統治にあたった英国人官僚ジョン・ストレイチは19世紀末、こう書いている。

記者としてインドで取材しても、書く記事は社会の側面の一つにすぎず、巨象をなでているに過ぎないと感じることがあった。女性が被害者となる性犯罪の実態を調べ、その惨状に憤りを感じたが、多方面でパワフルに活躍する女性たちにも多く出会った。インドは、所得の状況でも貧しい人からビリオネアまで、幅がとてつもなく大きく、貧者も金持ちも人口が巨大だ。「平均値」がほとんど意味をなさない社会である。

記者の仕事は、声なき声に耳をすませることだ。経済的に貧しい人たちや差別された人たちに多く会い、その声を伝えたい。20年近く前の学生時代、そんな思いを強くするきっかけになったインドの友人との会話があった。

「これだけの人口大国で一斉に競争したら、カオスになる。カーストはあらかじめ職業の役割を分担し、社会に調和をもたらすための知恵だ」

当時の私は高位カースト出身の友人の発言に反発した。生まれながらにして可能性を否定された人の前で、その言葉を言えるのか。どこまで「虐げられた人たち」の生活を知っているのか、と。私も実態を何も知らなかったのだが。

■ガネーシャのぽっこりした腹

インドに赴任して取材を重ねると、過酷極まる状況に置かれた人たちが多くいた。しかし、その人たちは悲しみに暮れているだけではなかった。むしろ日々の生活や家族を大切にして、会話を楽しむ姿が印象的だった。ヒンドゥー教では、前世の行いによる因縁で現世があるとする輪廻転生の考えがある。一見、前向きな彼らの姿は、こうした考えに基づいた、現実へのあきらめによるものかもしれなかった。

あるいは、象神ガネーシャのぽっこり出た「腹」。甘い物が好きなガネーシャの太鼓腹は宇宙のすべてのもの、嫌なことや苦しいことも飲み込んでいるとされる。物事は変化するのだから些細なことに執着しない、何があっても受け入れる。インドのぽっこりした腹の人を見るたびに、物事に動じない彼らの忍耐や胆力を思う。

■新型コロナでみた悲劇

グーグルのピチャイCEO=尾形聡彦撮影

インドで新型コロナウイルスが猛威をふるった4月から5月に、脆弱な医療は崩壊し、人々は病床や酸素を求めてさまよった。私は大切な知人を失った。

世界銀行によると、インドで1日に3・2ドル以下の所得で暮らす貧困層は人口の約4割にのぼる。豊かな10%の人たちが7割以上の富を独占する超格差社会でもある。

インドの人たちが海外に出るのは、国内での格差や乏しい就業機会、厳しい競争の裏返しでもある。国家を頼れないからこそ、自分でやらざるをえない。コロナ禍では、近所どうしで救急車を用意し、酸素ボンベを融通し合う人を見た。だが、多様性の名で数々の問題を放置していいわけでは、決してない。

それでもインドの人たちの強さを考える時、思い起こすのは言葉だ。公用語ヒンディー語で「私が英語を話す」という時、「英語が私にやってきてとどまっている」という言い方をする。彼らが得意とする言葉でさえ、自分が主語の所有物ではなく、自分の能力でもない。自らを超えた存在や不可抗力を意識しているようだ。

だから、成功は神のおかげと感謝し、失敗しても悪いカルマ(縁)のせいだったと開き直れる。結果はゆだねられているからこそ、自分のできる範囲で精いっぱいやる。何度でも挑戦する。

■議論と異論への寛容

ピチャイの母校に生い茂っていたバニヤンの木=チェンナイ、奈良部健撮影

インドの多様性は排除されることなく、保ち続けられた。それは「議論と異論への寛容」というインドの伝統によるものだと、経済学者のアマルティア・セン(87)は指摘する。

インドでは世界で最も早く、公開での討論集会が開かれたとされ、紀元前3世紀には、仏教徒アショカ王が異なる宗派間の対立の解決を議論によって図ろうとした。それからおよそ2000年後のムガル皇帝アクバルも、国家が様々な宗教から中立であろうとした。

インドの数学や科学は、こうした既存の知に対する問いかけの伝統から恩恵を受け、発展した。ところが、現在のモディ政権は、批判的な記者やNGOを「反国家的」として攻撃するなど、異論に寛容な「インドらしさ」を見失っているようにみえる。

世界を股にかけるインドのエリートたちは、大国の一握りではある。だが、彼らが育つ土壌は連綿と共有されてきた。絶え間ない対話と異論への寛容、前向きさと柔軟さ、家族の愛、そして自分や他人を責めない心のゆとり。数学やITがインドの代名詞となって久しいが、強さの深層にあるのは、こうした人の生き方である。

インド南部チェンナイにある米グーグルCEOのスンダル・ピチャイ氏の母校には、インドの国樹バニヤンの大木が生い茂っていた。多くの気根が幹や枝から垂れて地面に達し、やがて新しい幹になることで、次第に陣地を広げていく。一本の木が森のように成長するバニヤンは、世界各地に根を下ろしていくインド人のようでもある。

ピチャイのような存在が幹となり、さらなるインドの挑戦者たちがこれからも海を渡っていくのだろう。