木更津工業高等専門学校(千葉県木更津市)情報工学科に今春入学した越智優真さんは、4月、「Fixstars Amplifyハッカソン」(株式会社フィックスターズ主催)で、応募71作品の中で最優秀賞に輝いた。応募したのは中学3年のとき。他の応募者は、東大、東工大、早稲田大、慶応大、東北大などで専門領域を学ぶ大学生や大学院生が多く、越智さんの活躍は注目を集めた。
越智さんが応募したプログラムとアイデアの題名は、「浅(くて広い)層学習 少データでお手軽機械学習」だ。
機械学習は、人工知能(AI)が自分で物事を学ぶための技術だ。その一つとして「深層学習(ディープラーニング)」があり、画像認識、音声認識、文章の要約、翻訳など幅広い分野への応用が期待されている。
深層学習は一般に、数多くのデータを用意し、膨大な計算を行う必要がある。例えば、ネコの写真を見て、コンピューターが「これはネコだ」とわかるためには、数多くのネコの写真を読み込ませて、「ヒゲが長い」などネコならではの特徴を認識させていく。その分時間がかかったり、高性能なコンピューターが必要になったりすることが課題だ。
越智さんは、この過程を「組合せ最適化問題」に置き換え、この問題を速く解くことができるソフトウェア開発キットを使い、限られたデータで高い精度の学習を実現できる可能性を示した。
組み合わせ最適化問題は、多くの選択肢の中から、一定の制約や条件をみたすベストの組合せを求める。電車やカーナビのルート検索など、身近な技術にも幅広く応用されている。選択肢が増えると、組み合わせの数が飛躍的に増えるため、超高速で計算できる「量子アニーリング」という技術が応用されつつある。
これまでのコンピューターが情報を「0」か「1」の2択で計算するのに対し、量子コンピューターは、0と1を同時に表現できるという、量子力学が持つ重ね合わせの原理を使うため、並列処理ができ計算が速い。これをうまく活用して、少ないデータでも、効率的に学習できるようにしたのだ。
機械学習がうまくできているかを示す指標の一つに、「MNISTデータベース」という、多様な手書きの数字を正しく認識できる割合がある。越智さんの方法は94.6%という高い正答率を示し、手書きの英文字や、服や靴の画像など、他のデータでもうまく機能した。
越智さんの作品は、審査講評で「表現力が高く、高精度でありながら推論の計算処理が軽いAI(人工知能)モデルが開発できる可能性を見出しました。テーマの斬新さやアプリの内容だけでなく、提案した手法の検証やメリット・デメリットの考察などを含めた全体的な完成度が高く評価されました」とたたえられた。
木更津高専情報工学科の栗本育三郎教授は、「誰でも手軽に量子機械学習計算を実現できる可能性を示した意味は大きい。大学院レベルの研究だ」と評価する。
越智さんは、千葉大教育学部付属中の1年生のとき、プログラミングに興味を持った。「プログラマーがキーボードを打っている姿が格好良かった」という。コンピューターを扱う「技術科部」に入って少しずつ勉強し、競技プログラミングの大会にも挑んだ。最初はうまくいかなかったが、徐々に機械学習に興味を持った。
勉強に役だったのは、インターネット上の交流だった。専門家のツイッターを見たり、Kaggle(カグル)のような、機械学習やデータサイエンスにかかわる世界中の人が集まるコミュニティーに参加したりした。
Kaggleの特徴は、企業や大学などが、それぞれのニーズに応じてコンペ形式で課題を出し、最も優れたモデルを賞金と引き換えに買い取る仕組みだ。企業などから様々なデータが提供され、参加者は経験を積むことができ、他の参加者のつくったモデルを見たり議論したりして学ぶこともできる。参加者には実績に応じて5段階の称号があり、越智さんは中2の夏に、上から3番目の「Expert」を獲得した。「Expert」は一定の実力を示し、大学生が取得すると、SNSなどで誇ることができ、就職活動にも役立つ水準だという。
今回のハッカソンは、中学を卒業する間際の2月末に知って、1週間程度でアイデアを考えた。こだわったのは「汎用的な」視点だ。一般に、「量子アニーリング」の技術は、「組合せ最適化問題」を中心に、特定の問題を解くための限られたものと見なされているが、越智さんの提案は、広く機械学習全般に活用できる可能性を開いている。プログラムを書くときも「汎用的なコーディング」を心がけた、という。
千葉大教育学部の付属学校には、高校はない。中学の同級生の多くが、千葉県立千葉高などの進学校に進むなか、自宅から離れた木更津高専を選んだ。
越智さんが学ぶ情報工学科のほか、機械工学科、電気電子工学科、電子制御工学科、環境都市工学科があり、1000人以上が学ぶ。1年生の時から専門性の高い講義を学べるのが魅力だ。越智さんは設備が充実している情報工学科でやりたいことをできると感じ、自由な雰囲気も気に入った。高専を5年で卒業して大学3年に編入する人も多く、卒業後専攻科に進んでから大学院の修士課程に入る道もあり、進路の選択肢は広い。
今春から、キャンパス内にある寮で学生生活を送る。さっそく、プログラミング同好会や大学数学の勉強会に入って、充実しているという。
越智さんの取り組みは、5月、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が、革新的なIT人材を公募して支援する「未踏ターゲット事業」の一つにも選ばれた。
対象になった事業は全国の9件で、越智さん以外は全員大学生か大学院生、プロの研究者だ。プロジェクトのテーマは、汎用機械学習モデルの開発。事業の期間中、より高度なコンピューターを使って、さらに手法を発展させることが期待されている。IPAによると、この事業は年齢制限なく応募できるが、高専生が選ばれたのは初めてだという。
越智さんの研究開発の源は、「楽しい」という気持ちだ。「誰もやっていないことをするのは楽しいし、目に見える成果が出ると達成感がある」。しばらくは、量子コンピューターに関する理論も含め勉強を続け、将来に備えたい、と語る。
越智さんが今回受賞した作品の発表資料は、ハッカソンの公式ウェブサイトから見ることができる。