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「持ち運べるスキル」はITだけじゃない 写真家と建築家というクリエーター系ノマド

World Now 更新日: 公開日:
ポーランド出身の「イメージメーカー」マルタさん。自身のウェブサイトにある作品をパソコンで見せてくれた
ポーランド出身の「イメージメーカー」マルタさん。自身のウェブサイトにある作品をパソコンで見せてくれた=2025年12月3日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

アジアの街々で出会ったデジタルノマドの働き方や暮らし方を伝えるルポ連載の第7話では、クリエーター系のスキルで旅をするデジタルノマドを紹介する。記者がタイ・チェンマイで出会った2人のクリエーターは、場所を変えることで感性を研ぎ澄まし、仕事の質を高めようとしていた。旅は休暇ではなく、創造性を刺激する仕掛け。IT以外の分野でも、「どこでも働く」を実践する人々がいた。

タイ北部の古都チェンマイにあるコリビング施設(滞在しながら、仕事もできる)で過ごした1週間で、私はヨガに初挑戦することになった。

午前中、施設に滞在するデジタルノマドらは、ジムや水泳、ジョギング、ムエタイ教室へと散っていく。そのエネルギーに押されたのだ。

私の隣で涼しい顔でポーズを決めていたのが、ポーランド出身のマルタさんだった。

記者(右)の隣で、ポーランド出身の「イメージメーカー」マルタさんがヨガを楽しんでいた
記者の隣で、ポーランド出身の「イメージメーカー」マルタさん(左)がヨガを楽しんでいた=2025年12月3日、タイ・チェンマイ

ヨガの後に話を聞くと、彼女は自らを、「フォトグラファー」に加えて、「イメージメーカー」という言葉も使って説明した。

聞き慣れない肩書なので、仕事内容を教えてもらった。

高級ブランドなどの依頼を受け、自ら撮影したモデルの写真にAI加工や3D技術を掛け合わせ、一つの世界観(イメージ)を作り上げるのだという。

作品は、広告やファッション誌を飾る。

「持ち運べるスキル」の種類

私がアジア取材で出会った50人以上を整理すると、「持ち運べるスキル」は大きく三つに分けられる。

①    IT系
②    クリエーター系
③    コーチング系(オンラインで何かを教える)

この連載では前々回と前回、プログラマーやソフトウェア開発者など、IT系のノマドを紹介してきた。

今回は、マルタさんのような、クリエーター系のスキルを持ち運び、世界を渡り歩く人々に焦点を当てたい。

英語を話せないまま、ロンドンへ

マルタさんはポーランドのクラクフ大学で写真と映画を学び、2007年に卒業した。

「何か新しいことを経験したい」。その衝動に突き動かされて、英語も十分に話せないまま親友とロンドンへ渡った。

家探しも仕事探しも苦労したが、ファッション写真の最先端に触れる日々が、彼女の感性を鍛えた。

「若さ故、怖いもの知らずでした」と彼女は振り返る。

5年ほど修行した後、オランダでの仕事を機に拠点を移し、2013年ごろ独立。

そこで出会ったのが、後に夫となる3Dアーティストのパオロさん(50)だった。

AIは敵ではなく、「完璧な道具」

転機はコロナ禍だった。

世界各地で移動規制が厳しくなり、対面撮影が難しくなる中、2人への依頼は急増した。

デジタルで背景をつくり、モデルの写真と合成し、イメージを創る――。

ロケができないブランドにとって、2人のような技術が不可欠だった。

その後、生成AIが登場する。「AIに仕事を奪われる」と懸念が広がる中、マルタさんは言う。「私にとって完璧なタイミングだった」

AIにゼロから作らせるのではない。実在のモデルをあらゆるアングルから撮影し、その画像データをAIに学習させ、さらに指示を出す。

長年培ってきた写真の技術と、3D制作で培った空間創造の知見。ここにAIを組み合わせることができるようになったのだ。

最近も、日本の大手家電メーカーの商品の広告制作に関わったばかりだ。商品を撮影し、その素材をAI加工して、ブランドが求める「イメージ」を数カ月かけて作り上げたという。

自宅を拠点に「50%ノマド」

いまマルタさんが力を入れているのは、商品を売るための広告だけではない。

画一的な美の基準に疑問を投げかけ、ダウン症のあるモデルやトランスジェンダーのモデルなど、多様な個性を起用する作品づくりだ。

「ファッション写真は文化に影響を及ぼし、文化の反映でもある。人々はそこから価値観を吸収する。だから、多様な肌の色、多様な美しさを表現できれば、と考えています」

半年前、2人は結婚し、今はハネムーンを兼ねたノマド生活の最中だ。

コワーキングスペースでも、よく2人で一つのパソコン画面をのぞき込み、議論しながら作品を作り上げていた。

コワーキングスペースで、夫のパオロさん(手前)とパソコン画面をのぞき込み、イメージをつくりあげるマルタさん
コワーキングスペースで、夫のパオロさん(手前)とパソコン画面をのぞき込み、イメージをつくりあげるマルタさん=2025年12月4日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

2人はオランダに自宅を構えている。

そこを拠点にしつつ、1年の半分を旅して過ごす「50%ノマド、50%定住」というライフスタイルを続ける予定だ。

「旅をしながら仕事をするのが長年の夢だった」と語るマルタさんは、旅の効能をこう表現する。

「旅先で異なる環境に身を置くと、日々の習慣(ルーティン)から解放される。そうすると、脳がいつもとは異なる働きを始め、創造性が刺激される」

「なぜ、ここに縛られているんだ?」

インタビューに応じるシンガポールの建築家レン
インタビューに応じるシンガポールの建築家レンさん=2025年12月4日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

同じ施設に滞在していたのが、シンガポール出身の建築家レンさん(38)だ。

大学院修了後、シンガポールの設計事務所で10年ほど働き、数年前に独立した。

安定して受注があり、仕事は順調だ。

ある日、シンガポールのコワーキングスペースで席を借りて、図面に向かいながら疑問が浮かんだ。

「私はこれだけ旅が好きなのに、なぜ、この場所に縛られている必要がある?」

「ない、でしょ」

クライアントとの打ち合わせはオンラインでできる。図面はデジタル画面で引ける。

上司はいない。ボスは自分だ。決めるのも自分だ。

現場確認を任せることができるアシスタントを雇えたことを機に、旅に出た。

2024年末のことだ。

滞在先は、タイのチェンマイや、インドネシアのバリ島など、シンガポールから飛行機で3時間圏内。

これなら、緊急の対応が必要になっても、すぐに飛んで帰れる。

「深い作業」と「建築巡礼」の循環

レンさんは朝8時半にはコワーキングスペースの席に着く。同じ頃、シンガポール社会も動き始めているので、ちょうどよい。

「朝が最も頭がさえている。この時間に深い作業(deep work)に取り組む」

技術的な図面チェック、施工業者や依頼者とのやりとり、見積書の作成、そしてクリエーティブな思考を最も要するデザイン業務。

これらを午前中に凝縮する。

「深い作業」を終えると、パソコンを閉じ、街へ。

週3回ほどジムに通い、体を動かしてリフレッシュする。あるいはカフェでコーヒーを飲みながら、街の風景を眺める。

旅する理由は「インプット」だ。「旅は、日常のルーティンから脱するための仕掛け」

新しい土地で人と街を観察し、空間の使い方や素材選び、色合い、スケール感、自然との調和といった要素を探求する。

欧州留学中に名建築を訪ね歩く「建築巡礼」を覚えた。日本にも建築家の作品を見に訪れたといって、私の取材ノートに「Tadao Ando」「Kazuyo Sejima, SANAA」「Atelier Bow-Wow」と書き込んだ。

順に安藤忠雄、妹島和世とその建築家ユニット「SANAA」、建築家ユニット「アトリエ・ワン」だ。

シンガポール出身の建築家レンさん。記者の取材ノートに、好きな建築家とユニットの名前を書いてくれた
シンガポール出身の建築家レンさんが、記者の取材ノートに、好きな建築家とユニットの名前を書いてくれた=2025年12月4日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

日常を離れることで、建築家としての感性は研ぎ澄まされる。

「旅先での新鮮な学びが、創造性を刺激してくれるという確信がある。将来の仕事への間接的なヒントが得られる」

場所を変えることで刺激される創造性

「イメージ」をつくるマルタさん。

リアルな「空間」を設計するレンさん。

仕事は違うが、2人は同じ結論にたどり着いていた。

場所を変えることは、創造性を高める武器になる。

次回(第8話)では、音楽プロデューサー、コピーライターといったクリエーター系ノマドを紹介する。