5月中旬、ドイツ北部の港町ハンブルクの日は長い。ガラス張りのイベントスペースは、午後6時でも昼間のような明るさだ。仕事を終えた人たちがやって来た。静かに音楽が流れる空間でハグをかわし、カウンターで飲み物を注文し、グラスや瓶を手におしゃべり。ただ、ここでの「仕事終わりの1杯」は全てノンアルコール。ソフトドリンク、ノンアルビール、ノンアルカクテルから選ぶ。
午後7時過ぎ、イベントが始まった。DJブースに3人が立ち、それぞれがテクノやポップス、ヒップホップを流す。参加者はヘッドホンを装着。聴きたいDJのチャンネルを選び、音に身をゆだね、体を揺らす。サビにあわせて歌ったり、飛んだり、一気に盛り上がる。トムさん(25)は「酒もドラッグもやめたから3年以上、クラブに行っていなかった。でも音楽とダンスは大好き。だから来た」。
酒やドラッグを媒介として「非日常の世界」へ入っていくのではなく、あくまで日常にとどまり、「音楽に酔いしれる」このイベントは、「ソバー・センセーション(ソバーはしらふの意味)」。首都ベルリンのテクノ文化が無形文化遺産リストに登録され、「テクノの聖地」とも呼ばれるドイツで人気を集めている。
主宰者のギデオン・ベリンさん(32)は「クラブには酒とドラッグがつきものと期待して行く人もいる。でも飲み過ぎ、薬のやり過ぎで、音楽どころじゃなくなってしまうこともある」。
フランクフルト近郊の出身で、10代からDJとして活動。初めて酒なしでDJをしたのは、友人のトルコ人の誕生パーティー。「イスラム教徒のラマダン(断食月)で、酒なしでやってみようと思いついた。するとみんな楽しそうだし、平和で雰囲気の良いパーティーになった。良いじゃないか、と」
2016年からイベント化し、ベルリンで定期開催。コロナ後に注目が高まり、ドイツだけでなく、スウェーデンやポーランドなどでも開いた。この日は木曜日だ。平日夜に開催するのにも理由がある。「踊ってクタクタになってベッドに飛び込んで、起きても二日酔いはなく、仕事に行ける。参加しやすいでしょう」
ベリンさん自身は時々お酒を飲む。「お酒に反対しているんじゃない。でも、違う形でも音楽を楽しめることを証明したいんだ」
酒なしでも参加者を飽きさせないよう、試行錯誤した。お香をたいたり、照明で楽しませたり、生演奏を入れたり、ダンスフロアに着ぐるみを登場させたり。この日、ヘッドホンを準備したのもその一つ。建物を出ても音楽を聞けるので、風を感じながら踊っている人も多い。隣の人は違う音楽で盛り上がっているかも知れないが、それも楽しいようだ。
ただ、入場料は15ユーロ前後と低めの設定で、お酒も出さないため、イベント単体での黒字化は難しい。「大手保険会社がスポンサーになってくれて助かっている」とベリンさんは言う。
午後9時半、辺りが少し暗くなった。80人ほどが思い思いに踊っている。クララさん(24)に、なぜ普通のクラブに行かないのか尋ねた。ハンブルクは若きビートルズが下積みをしたことで知られ、世界的に有名な歓楽街がある。
ドイツでは4月に嗜好(しこう)品として少量の大麻の所持・使用が合法化されてもいる。「踊るだけじゃなく、知り合った人と話もしたい。でもお酒を飲んだ人って、人の話を聞かず自分ばかりがしゃべるでしょう」
トムさんは汗だくで踊っていた。お酒をやめても、リラックスしたい時はあるだろう。どうするのだろうか? 「スポーツをする。何も考えずに体を動かすと、リフレッシュできる。ぜひ試して」
参加しているのは若者ばかりではない。アニータさん(60)は1980年代のヒット曲を聞きながら踊っていた。「昔なら考えられないようなイベント。でもこれはこれで楽しい。確かなのは、若い世代は自分たちとは全く考え方をしているということ。私たちの方が適応しないといけないのかもね」
午後11時過ぎ、ポツポツと帰り始めた人がいる。「さよなら、また明日」と友人に手を振って、最寄りの駅やバス停を目指して歩いていく。その足取りはもちろん、確かだ。
Z世代のアルコール離れ、背景に「生産的でありたい」?
ドイツに限らず、飲まない世代の代名詞となっているのがZ世代(10代前半~20代後半)だ。先頭集団が飲酒年齢に入ったのが10年前ごろ。大人への「通過儀礼」だった飲酒習慣の廃れが知られるようになった。
米ミシガン大学などの調査では飲まない大学生は2002年から2018年に2割から3割に増えた。2022年の英国(イングランド)の調査でも、飲まない割合が最も高いのは16~24歳で26%、最低は55~64歳で14%だった。
英ヨーク大学の社会学講師、エミリー・ニコルズさん(37)は、Z世代のアルコール離れについて、三つ挙げる。①常に「生産的」である必要があり、酔う時間がない②飲酒を精神的リスクと捉えている③ソーシャルメディアでの交流が増えて家にいる時間が長くなり、飲酒の機会が減っている。
生産的でありたいとの願望の背景には、「社会や経済の不安定さがある」という。そこを生き抜き、成功するためには、常に「オン」でなければならないというわけだ。
さらに、社会の個人主義化は一層進み、心身の健康を自分で管理しなければならないプレッシャーもかかる。その状況下でアルコールはもはや「快楽」ではなく、「リスク」とみなされている、と分析する。
米国などでは、若者がアルコールではなく、大麻など新たな「リスク」に移行しているとの調査もある。ニコルズさんはこれについて、地域差はあるが、英国のようなドラッグの規制が依然として強い場所では同様のことは起きていないと指摘し、「これもプレッシャーの高い社会では若者が様々なリスクを取る余裕がないと感じている、と説明できるのではないか」という。
ノンアル派急増、健康志向?
世界銀行や経済協力開発機構(OECD)のデータで、飲酒量の変化を見てみよう。ワインやビールなど、各種のお酒に含まれる純アルコール量の1人あたり(15歳以上)の消費を見ると、2000年から2019年に、世界全体で5.1リットルから5.4リットルへ微増した。
押し上げたのは中所得国で、もともと消費が多かった高所得国では軒並み減った。フランスは13.9リットルから11.4リットル、ドイツも12.9リットルから10.6リットルだ。
一方、ノンアルコール・低アルコール飲料の市場は年々拡大している。「ビール大国」として知られるドイツも例外ではない。ノンアルコールビールが存在感を増しており、連邦統計局によると、2022年のノンアルビール(度数0.5%以下)の生産量は47万キロリットルで、2012年の24万キロリットルから倍増した。
ドイツには1516年に制定され、ビールの原料を「麦芽、ホップ、酵母、水」に限るなどと定めた「純粋令」がある。ノンアルビールもこれを守りつつ、発酵を途中で止めたり、醸造後にアルコールを抜いたりして、飲み応えや風味を保つものが多い。
「ノンアルビールは運転をする人が『仕方なく飲むもの』から、『選ぶもの』に変わった」と語るのは、ミュンヘン近くにある醸造所エルディンガーの輸出担当者アンドレアス・カースさんだ。
エルディンガーは、苦みが少なく、さわやかな飲み口のヴァイスビアー(小麦ビールや白ビールと称される)で有名なメーカー。ノンアルビールも生産しており、特にスポーツをする人へのキャンペーンを強化して「健康志向」の人たちをうまく取り込んだ。
「ドイツでも若い世代を中心にアルコール消費は減っている。ただ、ノンアルビールは別だ。通常のビールよりカロリーが低い点も、若い世代や女性にアピールできる」とカースさん。ノンアルビールの売り上げの具体的な数字は言えないとのことだが、「ロケットのようだ」と笑顔を見せた。