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「とりあえずビール」で一体感得る人と困る人 玉村豊男氏「工業の世紀を象徴する酒」

World Now 更新日: 公開日:
エッセイストの玉村豊男さん
エッセイストの玉村豊男さん=2007年9月、長野県、郭允撮影

――ビールは飲みますか?

家ではワインの方が多いが、外では「とりあえず」の生ビールを飲む。最初のビールはおいしいね。

でもビールだけ延々とは飲みません。おなかいっぱいになっちゃって食事が楽しめないからね。

それと、休肝日にはノンアルコールビール。昔よりおいしくなったと感じる。

――なぜ最初はビールなんですか?

のどの渇きをとめるのが一番。あの炭酸のしゅわっていう清涼感がいい。一種の清涼飲料水として飲むんです。

――一番おいしく感じたビールは?

30年くらい前にチェコのピルゼンにある醸造所で飲んだピルスナーはおいしかった。

数年前にはギネスビールをアイルランドの本社で飲みましたよ。2、3分かけて注ぐんだよね。泡をきっちりのせたビールってこんなにおいしいものかと驚いた。

――ワインとビール、何が違うのでしょうか。

ワインというのは、まず、ブドウ畑の横で飲む酒なんです。ブドウの出来栄えに左右される農産物でもある。

でもビールは、原料の麦もホップも乾燥していてどこにでも運べる。冷やせて水を用意できればどこでもつくれるという装置産業です。

だから、「工業国家」が増えるにつれ、世界中に広がった。工業の時代には均質であることが評価される。

大量生産技術が確立したビールは、うってつけの酒。つまり、工業の世紀である20世紀を象徴する酒といえるでしょう。

――飲む側は、なぜビールを選んできたのでしょうか。

日本ではこれまで、ビールとサラリーマン社会が直結していたと思う。かつてのムラと同じで、選べない人間関係のなかでうまくやるための手段ですね。

仕事が終われば、みんなでビールを飲む。泡が減らないうちに、すぐ飲まないといけないという制約がまた一体感を高めるのにいいんじゃない。

「飲み会」は、酔っ払うのが目的で、しらふだと怒られる。そういう印象が強い。反対に、ワインは友人同士やカップル、家族で飲むというイメージで広がってきた。

――でも最近は、日本でも消費が鈍り気味です。

転換期といえるでしょうね。豊かな社会になると一人当たりのアルコール消費量は減る。

酒には憂さを晴らし現実を忘れるために飲むという側面があるが、社会が成熟すると高級な酒をゆっくり飲む。量は減るし、あまり酔うことをよしとしない。

しかも、大量生産ではなく手づくり、ローカルの時代になってきた。

日本でも、21世紀になって、誰がどこでつくったものなのか分かることが重要になった。農業的な価値観が見直され、消費者は商品に物語を求め始めている。

――そこで飲まれる酒とは?

ブドウの品種やつくり手が品質に大きな影響を与えるワインは、物語がないと売れない酒です。

こうしたワインに始まる価値観は、日本酒にも入ってきてますよね。蔵元が酒米を買うより、「杜氏が育てた米で酒つくりました」という方が受ける。

好むと好まざるとにかかわらず、これからビールもワインの文法で動くようになるのでは。クラフトビール市場は日本でも伸びると思います。

――「クラフト」だけですか?

味でいえば、日本の大手メーカーのビールも、高級路線のものはどれもおいしくなっていると感じる。

きちんとした背の高いグラスにきちんと泡を立ててゆっくり飲むことが大切です。

もちろん、メーカーだの銘柄だの、しのごの言わないでパーッと飲むのもビールの良さだよね。

あと、これは声を大にして言いたい。グラスに残ったビールにつぎ足すのはやめて。日本酒の飲み方を引きずっているのかもしれないけど、つぎ足されたビールは、やはりおいしくないですよ。(聞き手・田玉恵美)

――

<たまむら・とよお> 1945年、東京生まれ。著書に『料理の四面体』『田園の快楽 それから』『パンとワインとおしゃべりと』など。長野県東御市で農園「ヴィラデスト」を経営。

ウーロン茶は下戸の救世主

酒を飲まない私にとって、「とりあえずビール」ほどめんどうなものはない。

席につくと、だれかが勝手に「生ビール、人数分」と店員に向かって叫ぶ。

「あの、すみません、私はビール飲めないんです」

そこからだ。メニューをじっくり見る時間はない。オレンジジュースにしようか。でも、果汁100%だろうか。

店員に聞くと「分からないので、聞いてきます」。

お願いだから、早くして。本当は無料の温かいお茶でいいが、それも頼みにくい。

「早くしろよ」という周囲の視線が突き刺さる。もうなんでもいいや。「ウーロン茶ください」

自宅でウーロン茶を飲むことはないし、さして好きでもないのに、なぜか外では注文してしまう。

なにしろどんな店にも置いてあるから安心だ。

現在最大手のサントリーがウーロン茶を発売したのは1981年のこと。

サントリーのウーロン茶
サントリーのウーロン茶=サントリー提供

当時は、お茶を買って飲む習慣がなく、先行きは必ずしも明るくなかった。

だが、スナックなど夜の店で働く女性たちが飛びついた。

「ウイスキーの水割りと色が似ているため、場の雰囲気に水をささないウーロン茶が健康にも気を使う女性たちに喜ばれたようです」とサントリー食品インターナショナル広報の神谷香七さんは言う。

緑茶は家庭を想起させるが、ウーロン茶は目新しいぶん非日常を楽しむ飲食店に浸透しやすかった。

以降、酒の流通ルートに乗って一般の飲食店などにも普及した。

全国茶生産団体連合会などのまとめによると、1980年から2001年までの間に、ウーロン茶葉の輸入量は6倍以上に増えた。

下戸の救世主になった感のあるウーロン茶だが、大きなグラスだと1杯がやっと。

ビールをがぶ飲みした人たちと同じように割り勘にされると絶句する。ウーロン茶の力も、無配慮な飲んべえたちには及ばないようだ。(田玉恵美)