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古代エジプトのビールってどんな味? 約3千年前のパピルスの記述をヒントに再現

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
自家醸造した古代エジプト風ビールを、自宅でゆっくりと味わうディラン・マクドネル
自家醸造した古代エジプト風ビールを、自宅でゆっくりと味わうディラン・マクドネル=2024年6月14日、米ソルトレークシティー近郊、Kim Raff/©The New York Times

アイデアは、コロナ禍の初めのころに浮かんだ。ロックダウンで巣ごもりが続くようになり、全米でサワー種を使ったパン作りが大流行したときだった。

その際に、米ユタ州ソルトレークシティーの近くに住むアマチュア醸造家のディラン・マクドネルは、ビデオゲーム・デザイナーのシェーマス・ブラックリーが、4500年前の古代エジプトの酵母を使ってパンを焼いたとSNSで自慢していることを知った。

「ビールでもそれができないものだろうかと思った」とマクドネルは振り返る。

その思いはつい先日、こはく色のビールとなって結実した。古代エジプトの偉大なファラオ「ラムセス2世」(訳注=紀元前1303年ごろに生まれ、在位は紀元前1279年ごろから紀元前1213年ごろに没するまで)が、宿敵ヒッタイト帝国との戦いの合間に飲んだであろうビールに最も近いはずだとマクドネルは信じている。

近年は、昔のビールを復元する試みが盛んだ。バイキングのものがあれば、中国の殷(いん)(訳注=紀元前17世紀ごろから紀元前1046年まで続いた。確認されている限り中国大陸最古の王朝)や西周(訳注=殷を滅ぼしてから紀元前771年ごろまで続いた中国の王朝)のものもある。

ビールそのものを発明したとされるシュメール文明(訳注=紀元前3500-3000年ごろ、古代メソポタミア南部・現在のイラク南部にあった)のものだってある。

「こうした古ビールは、世界中いたるところにある」とニール・ウィッテはいう。ミズーリ州カンザスシティーにあるビール醸造コンサルティング業「Craft Quality Solutions」のビールの専門家だ。ただし、「500年とか1千年前によいとされたものは、現代人がおいしいと思うものとはまったく違うだろう」と断る。

それでも、古代文明が残した「強い飲料」を復活させることでいにしえの文明をしのぶ魅力は、急速に広まっているようだ。

普段は障がい者を支援する非営利組織の最高執行責任者を務めるマクドネルには、プロの醸造家の向こうを張るような気持ちはない。ましてや、趣味でつくった醸造酒で稼ごうなんて思ってもいない。

それでも、古代エジプトのビール造りについては、ほかのだれよりも先んじているという自負がある。かつて使われたであろう材料を正確に探し出し、それを古代の酵母で発酵させたからだ。

自家製ビールの醸造室に座るディラン・マクドネル
自家製ビールの醸造室に座るディラン・マクドネル=2024年6月14日、米ソルトレークシティー近郊、Kim Raff/©The New York Times

ワインはギリシャ・ローマの文明に結びつけられることが多い。一方、「ビールは東地中海や古代の近東に不可欠だった」とマリー・ホプウッドは指摘する。カナダのバンクーバーアイランド大学の人類学部長で、古代ビールの研究家だ。「とくに昔は水が汚染されていることがよくあったので、だれもがビールを飲んだ」

けれど、長くワイン研究に注がれていた関心がビール考古学にも向けられるようになったのは、つい最近のことにすぎないとホプウッドは続ける。そして、その違いは現代の偏見に根差していたと説明する。多くの20世紀の考古学者は「ワインなら上流層。ビールなら下級層だと思って育った」というのだ。

しかし、学問の世界とビールの醸造業界は、今やそれぞれにこうした長年の分け隔てを消し去ろうとしているかのようだ。キプロスでは、考古学者が大昔のビール醸造所の発掘を進めている。米ミシガン州ベルモントの工場直営パブ「Archival Brewing」では、19世紀にあったメキシコの歴史的なラガービールなどの再現に力を入れている。

ホプウッドによると、古代のビールは現在のものよりアルコール度が低く、生ぬるいまま飲まれていた。造り手は通常は女性で、「その裏付けはバイキングや南米のインカ文化も含めて、世界中で出ている。いずこも、母から娘、そのまた娘に伝え継がれた」。

アマチュア醸造家マクドネルに話を戻そう。仕事と家庭の両立に追われ、「無謀な思いつき」の具体化にとりかかるのに3年以上もかかった。まず、文献から調べ始め、「エーベルス・パピルス」をひもといた。紀元前15世紀にパピルスに記された古代エジプトの処方箋(しょほうせん)集だ。

その中からいくつか紹介すると、男性の脱毛症治療薬として「獰猛(どうもう)に見えるライオンの脂肪」が出てくる。塩と乳脂肪、甘いビール、ハチミツを混ぜあわせた液体も登場する。婦人科系の痛みに苦しむ女性の「お尻に流し込め」との指示がある。

マクドネルは最終的にビールに関連した75の処方を見つけ、使われている材料を一覧表にした。そこから、最もひんぱんに出てくる8種の材料を拾い出した。

デザートデーツ(訳注=ナツメヤシとは異なるアフリカなどの乾燥地帯が原産の樹木の実)、イエメンシドルのハチミツ(訳注=イエメン南部の特定の地にはえるシドル〈ナツメの木〉からとれる高級ハチミツ)、シカモアイチジク(訳注=別名エジプトイチジク、古代エジプトでは生命の木とされた)、現在のイスラエル産のゴールデンレーズン、ジュニパーベリー(訳注=ジン独特の香りのもとにもなる針葉樹のジュニパーになる果実)、キャロブ(訳注=和名イナゴマメ)の果肉、ブラッククミン(訳注=和名ニオイクロタネソウ)とフランキンセンス(訳注=日本では乳香。香りは呼吸を楽にするとされる)だ。

ディラン・マクドネルが造った古代エジプト風ビールの原料の一つ、デザートデーツ
ディラン・マクドネルが造った古代エジプト風ビールの原料の一つ、デザートデーツ=2024年6月14日、米ソルトレークシティー近郊、Kim Raff/©The New York Times

とくに、シカモアイチジクは入手が難しかった。代わりに、植物学上の近縁種とされる黒イチジクのブラックミッション(訳注=米国ではカリフォルニア州などでとれる)を使うこともマクドネルは考えた。

ところが、幸運に恵まれた。友人のメンフィス大学(米テネシー州)の建築史学者マリカ・ダリー・スナイダーが、ちょうどエジプト・ルクソールにあるカルナック神殿(訳注=紀元前2000年ごろから現在のルクソールで建設が始まり、ラムセス2世の時代を含めて拡張が続いた)をデジタル的に再構築する作業に取り組んでいた。

なんと、その現場責任者の一家が、シカモアイチジクの果樹園を何世代にもわたって世話していることが分かった。

「すぐに、みんなでお祝いをした」とマクドネルは笑う。

醸造の基本となる穀物としては、紫色のエジプトオオムギとエンマーコムギ(訳注=古代エジプトなどで栽培されていた)を選んだ。

次は、酵母を決めねばならなかった。冒頭で紹介したビデオゲーム・デザイナーのブラックリーが古代エジプトの酵母を使ってパンを焼いていたように、マクドネルも市販されている現在の商業品種ではなく、古代の菌株を使いたかった。

ここでも、マクドネルは運がよかった。欧州に住むベテランのビール醸造家イタイ・ガットマンが率いるイスラエル人チームが、イスラエルで見つかった古代の容器アンフォラから、付着していた酵母を採取することに2015年に成功していた。紀元前850年ごろにペリシテ人(訳注=地中海沿岸で活動した古代の海洋民族。パレスチナの地名のもとになった)が醸造に使っていたものらしい。

酵母には、けた外れに長い期間休眠するという驚くべき力がある。休眠中は、数えきれないほどの菌の群れが「ヒソヒソ話を続けている」とガットマンは語る。「お互いに化学作用のような信号を発信しあっていて、ひたすら待ち続けているんだ。『まだ、繁殖を再開するのに適した時期ではない』ってね」

ガットマンは、古代の微生物である菌株を売る会社「Primer’s Yeast」を設立している。古代の酵母とスーパーの棚に並ぶイースト菌(訳注=自然環境から採取した複数種が混ざった酵母を培養したものを天然酵母、1種類を人工的に培養したものをイースト菌と区別することが多い)の違いについて、「オオカミとゴールデンレトリバーほども違う」と例える。

市販のイースト菌は、どんな味になるのかを予測しやすい。一方の天然酵母は、今では「off flavors(オフフレーバー)」(訳注=本来その飲食物が持つはずの香りからはずれた異臭)と呼ばれるものを生みやすい。

「好ましくない副産物をできるだけ取り除くことが必要になる」とガットマンはいう。欧州の伝統的な醸造所は、酵母のフルーティーな香りを自然なまま維持してきたと説明する。何世紀も前の醸造法を受け継いできたベルギーの修道院はその一例だ。

マクドネルが引き出したかったのは、まさにそのフレーバーだった。だから、「ガットマンの酵母は全体の工程の中で飛びぬけて重要だった」と評価する。「もし、この酵母がなかったら、今回の古代ビール造りは特筆すべきもののない、単に楽しいビールづくりに過ぎなかっただろう」

ディラン・マクドネルの古代エジプト風ビールで原料の一つとなったフランキンセンス
ディラン・マクドネルの古代エジプト風ビールで原料の一つとなったフランキンセンス=2024年6月14日、米ソルトレークシティー近郊、Kim Raff/©The New York Times

ビール業界の中には、古代の酵母が大変革をもたらすかもしれないということについて懐疑的な見方をする人もいる。

先のビール専門家ウィッテは「近代科学は、だれかから何かを奪い去るようなことはいっさいしていない」とまず断る。その上で、近代の微生物学のおかげで「醸造業者は純粋培養された単一のイースト菌を使えるようになり、歴史上のどの時代よりも安定的に完成品を造れるようになった」と話す。

それでも、マクドネルは自家製の歴史的なブレンドに満足している。一口目は、酸味がある。でも、どんどん複雑な味わいが出てきて、豊かでさわやかなリンゴ酒のような感じになる。色もそうだが、アプリコットの風味に似ているようにも思える。泡立ちは、伝統を守って控えめだ。

なんて名前のビールかとよく聞かれる、とマクドネルは笑みをもらす。売りに出すことは考えていなかったので、命名は想定外のことだった。でも、あまりによく尋ねられるので、ついに決めることにした。

二つのことに思いをはせる名にした。ビールの風味と、このビールのはるかな起源だ。それは、古代エジプト人がトルコ石を掘り出した砂漠の半島あたりにあったのかもしれない。

「シナイ・サワー」がその名となった。(抄訳、敬称略)

(Alexander Nazaryan)©2024 The New York Times

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