ミニスカートにハイヒールのモデルたちに続いて、4人の女性が舞台に上がると、観客は拍手や口笛を送った。
4人はグラスを掲げ、「みなさんありがとう、乾杯!」。
ドイツ東部、チェコとの国境に近い人口約5万のホーフ市。ファッションショーのようなこのイベントは、3年前から季節限定で売っている「ホラディビアフェー」というビールの発表会だ。
力を合わせてこのビールをつくる4人の女性は全員、市内や近郊で古くから続くビール醸造所の後継ぎたち。25~33歳の女性ばかりという珍しさもあって、ドイツのビール界ではちょっとした有名人だ。
肝心の味はどうなのか。丸みのあるシャンパンボトルに入ったビールを、記者(鈴木)もグラスでいただいた。甘みがあり、どこか花のような香りがする。
「ビールには男性が仲間とぐびぐび飲むイメージがある。ワインのように味や香りを楽しめて、飲んだ人が何これ、と驚くような、興味をそそるビールをつくりたかった」
4人のうちの一人、1731年創業のマイネル醸造所の12代目ギゼラ・マイネル=ハンセン(26)は説明する。
4人がそれぞれモルト(麦芽)、ホップ、酵母、水と、ビールの四つの原料を担当。シャンパンづくりに使う酵母や、ビターオレンジの風味を生むホップ、加熱してキャラメルの味わいを出したモルトなどを厳選したという。
ホーフ市があるバイエルン州はドイツにある1300の醸造所の半分以上が集まり、世界中で飲まれる「ピルスナー」ビールの製法や、「ビール純粋令」という厳格な品質基準を確立させた地でもある。
どの街にも歴史を誇る醸造所があり、独自のビールをつくってきた。その本家でなぜ、「新しさ」「驚き」を強調したビールづくりが注目を集めるのか。
背景にあるのは、先進国で進む「ビール離れ」だ。
ドイツの人口一人当たりビール消費量は年間107リットル(2013年)。日本の倍以上の水準だが、20年前より30リットル以上減った。増えたのはミネラルウオーターや清涼飲料水、牛乳、紅茶。高齢化や健康志向、飲酒運転の厳罰化が理由とされる。
女性や若者には「父親世代の飲み物」という古くさい印象もあるという。
ホーフ市内にも第2次世界大戦後には10軒の醸造所があったが、需要減で廃業に追い込まれたり、大手に買収されたりし、いまは2軒だけ。
ハンセンは、「若い女性はお酒だったら、おしゃれなシャンパンやワインを選ぶ。ハイヒールをはいた女性が楽しめるビールをつくろうと4人で意見が一致した」。
発表会では「ちょっと甘すぎる」(地元紙記者)といった辛口の評価もきいた。だが、ホーフ市広報のライナー・クラウスは「彼女たちの行動は奇抜に見えるけれど、地域のビールの存続のため応援したい」と話す。
「脱ドイツ」のビール
ドイツの外に目を向ける醸造所もでてきている。
バイエルンの州都、ミュンヘンにある小規模醸造所、クルーリパブリック。ここでビールのレシピを作るのは、米国人の醸造家だ。ホップを大量に使って香りを高めたアメリカ流の「インディアン・ペールエール(IPA)」など、「ドイツの主流とは全く違う」ものを売り出している。
創業者の一人マリオ・ハネル(32)は「ドイツビールはみな同じで、飲みたいものがなかった。旅に出たら、他の国には知らないビールがたくさんあることに気づいたんだ」という。
かつてドイツからラガービールのつくり方を学んだ米国では、戦後、バドワイザーやミラーなど大手ブランドが市場を席巻した。
その一方で、1970年代から、各地に小さな醸造所が生まれ、それぞれ独自の「クラフトビール(地ビール)」づくりを始める。
IPAやベルギー発祥の酸味の強いビールなど多様な味わいが生まれ、大手ブランドの製品に飽き足りない人々に受け入れられるようになった。その人気は近年では、イタリアや北欧をはじめ世界中に広がる。
ドイツの大手も動き始めた。
国内生産量8位のパウラナー社は3年前、社内に小さな醸造所を開いた。新種のホップを使い、さわやかなオレンジの香りがするビールは、自社のふつうのビールの10倍以上の値段だ。
担当するターニャ・ライクシュベントナー(26)は、「ビールは大量生産される工業製品だと思われているけれど、そうじゃない。我々も手づくりのおいしさを生み出せることを示したかった」と説明する。
バイエルンビール醸造者同盟のウォルター・クーニグは、「ドイツの市場はクラフトビールの影響を受けた高価格帯と、安さを競う低価格帯に二極化してきた。歴史があっても、製品に特徴を出せない中規模醸造所は厳しい」と話した。