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ラマダンとスポーツの共存、時代とともに変化 欧州サッカー界では意見の隔たりも

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
セネガルのサディオ・マネ(左)=2012年、ロイター
ロンドン五輪の予選リーグで、ウルグアイの選手と競り合うセネガルのサディオ・マネ(左)=2012年、ウェンブリースタジアム、ロイター

ユスフ・チッポ(訳注=1990~2000年代に活躍したサッカー選手)には秘密があった。

モロッコ人ミッドフィールダーのチッポが、欧州のプロチームに所属して数カ月たったころのことだった。自分の実力を証明しようと躍起になっていて、成功のチャンスを損なうようなことはどんなことであれしたくなかった。

その中には、ラマダン(訳注=イスラム教の太陰暦で9月。夜明けから日没まで、飲食してはいけない)中に断食していることを公にすることも含まれていた。世界中に何十億人といるイスラム教徒にとっては断食が当たり前であっても、1997年の冬、ポルトガルのプロサッカーチーム・FCポルトのロッカールームでは違ったのだ。

FCポルトの1日2回、朝と午後にある練習はきつかった。夜明けから日没まで飲食物をとらずに練習に参加するとなれば、さらにつらかった。めまいと頭痛に襲われる日々に黙って耐えた後、ついにチッポは白状し、FCポルトは彼の活力と健康を維持する方法を急いでとりまとめた。

しかし、ほかのイスラム教徒の選手たちにとっては数十年の間、少なくとも公式には、チームはそこまで居心地のいいものではなかった。

プレーが切れ目なく続き、交代が少ないスポーツでは、試合途中にベンチに行く機会が少ない。そのため選手たちは長い間、日没直後に食べ物を口にするのに工夫を凝らし、臨機応変な方法に頼ってきた。

例えば、

  • 日没とともにチームメートが負傷を装ったり大げさに騒ぎ立てたりして、イスラム教徒の選手がサイドラインに走って飲食物を口にする時間をかせぐ
  • 断食明けの時刻に、チームスタッフがデーツ(訳注=乾燥させたナツメヤシ)の実をいくつか、あるいは糖分の多い飲み物を手渡す
  • ひざのけがを手当てするためにフィールドに飛び出したトレーナーの救急箱の中に、なぜか大量のバナナがある

――などの方法だった。

ところが、かつてはイスラム教徒の選手が断食することはお勧めできない、あるいは批判されるべきこととみなしていたサッカー界も、最近はその方針を変えつつある。

イスラム教徒のスター選手の増加とその価値の高騰を反映して、世界で最も裕福なリーグやチームの一部が、顕著な一例を除いてラマダンの断食を受け入れるようになった。

欧州ではその結果、多くのイスラム教徒の選手が、ラマダン月間の前と最中に個別の栄養計画を立ててもらったり、断食に適した練習スケジュールを組んでもらったり、さらに試合の最中にフィールド上で飲食物を口にするための中断がリーグによって認められるなどの便宜を受けられるようになった。

こうした変化の一部は、イングランド・プレミアリーグのような金持ちリーグが多様性を受け入れるようになったことに由来する。プレミアリーグの影響力とファン層はとうの昔に国境を越えて広がっているのだ。

変革の原因にはもっと実際的な側面もある。世界中の一流チームにとって、イスラム教徒の選手たちにはいまや数億ドルを投資する価値があり、こうした選手たちは自分たちの望みをはっきりと口に出すようになってきた。

たとえば2022年、リバプールでフォワードを務めていたサディオ・マネ(訳注=セネガル代表のフォワード)はチームのキャプテンに、監督ユルゲン・クロップのところに行ってラマダン期間中の通常練習を早朝に変更するよう交渉してほしいと頼んだ。

そうすれば、マネをはじめスター選手のモハメド・サラー(訳注=エジプト出身のストライカー)らチーム内のイスラム教徒の選手たちが、断食を始める夜明け前の食事に、より近い時間帯に活動できるからだ。クロップは受け入れた。

「チームはとても真剣に考えてくれる。それが私にとって大事なことだと分かっているし、私を健康でいさせる必要がある彼らにとってもとても大事なことなんだ」。プレミアリーグの別のトップチーム、アーセナルに所属したエジプト出身のミッドフィールダー、モハメド・エルネニー(訳注=アーセナルに8年所属した後、2024年に退団)は指摘した。

アーセナルで活躍したモハメド・エルネニー(左)=2016年、ロイター
イングランド・プレミアリーグのアーセナルで活躍したモハメド・エルネニー(左)=2016年、ロイター

31歳のエルネニーは2023-2024年シーズンのラマダン期間中に断食したアーセナルの3人の選手の1人だ。

彼によると、チームは断食が始まる約2週間前から選手への準備を始め、最高のパフォーマンスを維持するために選手が必要とするであろうことを「文字通りすべて」用意する。ラマダン入りの前日には手順をおさらいする。

プレミアリーグのほかのチームや欧州の数十のチームもいま、同じことをしている。

イングランドとオランダのリーグも、試合中にいわゆる「ラマダン休止」を取れるようにルールをはっきりと改正した。ドイツの審判たちは、同様の理由で試合を中断する権限を与えられている。

しかし、すべての国が同調している訳ではない。

フランスのサッカー連盟は最近、選手たちが断食明けの食べ物をとるために試合を中断することのないようチームや関係者に指示し、連盟加盟チームの選手には、断食を禁じるガイドラインを発表して批判を浴びた。

フランス当局が、ガイドラインは宗教とは距離を置くという連盟のルールに合致している、として擁護したものの、少なくともトップ選手が1人、抗議して代表チームの練習をボイコットした。

ほかの国は融和と教育を推し進めている。イングランドのプレミアリーグでは2021年以降、イスラム教徒の選手がいるすべてのチームに、審判団と日没と同時に短い休憩を取るよう調整することを許可している。そしてプロサッカー選手協会(PFA)は、ラマダンについての紹介と断食の最良の実践についてのヒントを織り交ぜた30ページにわたる手引を作成した。

「イスラム教徒の選手に環境に適応するよう求めるのではなく、逆にこちらが理解したほうがいい」とPFAのCEOマヘタ・モランゴは指摘した。

プレミアリーグで初めて計画的に試合が中断された例として知られているのは、3年前のクリスタルパレス対レスター戦だ。

クリスタルパレスの元チームドクター、ザファール・イクバルによると、試合開始前、両チームの医療スタッフが審判のところに行き、試合中断の必要性を説いた。定刻になると、クリスタルパレスのゴールキーパーがフリーキックをゆっくり蹴り上げ、試合が中断されるきっかけをつくった。

「ボールがラインの外に出ると、試合は一時中断され、2人のイスラム教徒の選手がサイドラインに走って飲み物とデーツを口にした。素早い動きだったので、スタジアムにいた誰も何が起きたか気づかなかった」

この巧妙な手法はその場ではほとんど気づかれなかったが、翌日、この2人の選手のうち1人が、ゴールキーパーとリーグ、そしてチームに感謝の言葉を述べて初めて明るみに出た。

英サッカー界で著名な元監督ハリー・レドナップにとっての初めてのラマダン対応は、ウェストハム・ユナイテッドの監督をしていた2000年のことだった。

スター選手のストライカー、マリ系フランス人のフレデリック・カヌーテ(訳注=マリとフランスの二重国籍で、U21でフランス代表、その後マリ代表を務めた)がラマダン月間、日中は一切飲食しないと告げた時の衝撃を語る。

「最初は何のことかと思った。実際に何を意味するのか、知らなかったんだ」

レドナップはその後、疲れ知らずに駆け回ることで知られたガーナ出身のサリー・ムンタリら、さらに多くのイスラム教徒の選手がいるポーツマスに移った。そこでは、ラマダン期間の試合中に日没を迎えたら、即座に飲食できるようチームが軽食や飲み物を用意していた。

しかし、レドナップによると、その時ですらチームには栄養指導の専門家はいなかった。「彼らはある試合のさなかにいったん、精根尽き果てた。それで、マーズバー(訳注=ヌガー入りのチョコレートバー)を食べさせたんだ」

ムンタリの断食は、彼がイタリアリーグに移った時に新聞のトップ記事になった。移籍先のインテルミラノの監督ジョゼ・モウリーニョが、スタミナ不足のレッテルを貼って試合から外したのだ。

モウリーニョは取材陣に「ムンタリはラマダン関連の問題を抱えている」と言った。この神聖な月は「選手がサッカーの試合をするのに適切な時期に訪れなかった」とも述べた。このコメントは、全体の文脈から切り離されて取り上げられた、とモウリーニョは主張した。

アーセナルでは、エルネニーはラマダン期間中、全ての練習に参加した。そのために、夜明け前と日没後に食べる食事の内容を練習の強度によって変えていたという。

試合のある日、先発メンバーに選ばれたら、その日は断食せずにラマダン後に断食して埋め合わせることができるという決まりを利用した。プレミアリーグのように競争が激しいリーグで、「自分の献身を疑われるようなことは絶対にしたくなかった」からだ。

プレミアリーグのロッカールームでイスラム教徒の選手が珍しくなくなったにもかかわらず、練習中や展開の速い試合中に水をすすることさえできないと知ることは、非イスラム教徒の選手を混乱させることもある。「チームメートの表情が変わる」とエルネニーは話す。

好奇心丸出しの選手もいる。エジプト出身で、イングランドで10年以上プレーしたディフェンダー、アーメッド・エルモハマディは、以前チームメートだったアイルランド人のポール・マクシェーンがある年、1日だけ断食につきあってくれたと明かす。

マクシェーンはやり遂げることができなかったが、「気持ちがとてもうれしかった。1日でも大変なのに、30日間続けるのはどれだけ大変か、と言っていたよ」とエルモハマディは喜んでいた。(抄訳、敬称略)

(Tariq Panja)©2024 The New York Times

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