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「負け犬」から「最高バージョンの自分」へ 20歳で韓国を出たデジタルノマドの15年間

World Now 更新日: 公開日:
韓国出身の映像クリエーター、ブマさん
韓国出身の映像クリエーター、ブマさん=2025年12月6日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

アジアの街々で出会ったデジタルノマドの働き方や暮らし方を伝えるルポ連載の第4話。厳しい競争社会の韓国で、かつて自分を「負け犬(loser)」と呼んだブマさん(35)と、親が望む「安定」の呪縛に苦しんだノアさん(35)を紹介する。一度はレールを外れたかもしれないが、ブマさんは笑顔で、今が「人生で最高バージョンの自分」と語った。

タイ北部の古都チェンマイに、世界各地からのデジタルノマドらが長期滞在する施設「Alt_PingRiver」がある。長崎で知り合ったラトビア出身のデジタルノマド、サマンタさん(24)が教えてくれた施設だ。

今回紹介するのは、ここで出会った2人の韓国出身者の話だ。

1人目は、映像クリエーターのブマさん(35)。いまは世界各地のクライアントから映像編集の仕事を受注し、同時に、自ら個人ブランドを立ち上げようと準備も進めている。

ただ、道のりは順風満帆ではなかった。

自分を「負け犬」と感じていた

経緯を振り返る韓国出身の映像クリエーター、ブマさん
経緯を振り返る韓国出身の映像クリエーター、ブマさん=2025年12月6日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

「韓国で大学を出た当時、自分のことを『負け犬(loser)』だと感じていた」

彼女は静かに、しかしはっきりと語り始めた。

大学でホスピタリティの分野を学んだ。それは社会が求める「良い大学を出て、安定した企業に就職する」という路線ではなかった、と彼女は説明した。

「点数や学校名で評価される中、私は特に良い点数もなく、誇れるものがなかった」。2年制の大学を19歳で終えた時、漠然とした焦燥感と、「自分には何もない」という敗北感に襲われていたという。

そんな時、1冊の本に出会った。

「人生で何をしたいか見つけるには、まずたくさんの経験をしてみることだ」という趣旨の言葉に突き動かされ、韓国を飛び出した。

20歳でオーストラリアに渡り、ワーキングホリデーの生活が始まった。英語を学ぶ傍ら、ホテルで働き、ケーキ工場でケーキを作り、ビビンバ店で料理を運び、貿易会社に雇われた。

さらにはカナダ、イギリスへと舞台を移した。様々な職務を経験する中で、「自分が本当に何をしたいのか」を探し続けた。「人生で色々なメニューを試さないと、何が好きなのかは分からない。若い頃は、そのメニューが全くなかった」。そう振り返った。

「好き」を仕事に 映像編集で築いたキャリア

イギリスで音楽フェスティバルを回った時、人生に転機が訪れた。

「グラストンベリーやブームタウンのような大規模なフェスティバルで、視覚的に圧倒された。こんな世界があるのかとインスピレーションを受けた」。ステージの壮大さ、人々を熱狂させる映像の力に心を奪われ、「これがやりたい」と直感したという。

グラストンベリーとは「グラストンベリー・フェスティバル・オブ・コンテンポラリー・パフォーミング・アーツ 」のことで、英サマーセット州で開かれる人気の野外音楽フェスティバル。ブームタウンもやはり屋外に多くの若者を集めるフェスティバルだ。

私も後で映像を探すと、フェスティバルの動画がYoutubeでいくつも出てきた。これらを見て、私もやっとブマさんの言いたいことが理解できた気がした。

彼女は、ビジュアル表現の世界に目覚め、映像編集の技術を学んだ。チュートリアル動画を見まくり、自力で映像を作り続けた。

自身のポートフォリオを各方面に送り、インターンシップのオファーを獲得。映像業界でのキャリアが始まった。8年前のことだ。

しばらくは会社勤務での映像制作に没頭していたが、自由に作れないストレスがあったためフリーランスに転身した。

「今や誰もが動画を作れる時代。『底辺への競争』に巻き込まれないため、ニッチ分野で秀でる必要がある」

選んだのは「最初の3秒で視聴者の心をつかみ、購買に繋げる」セールスの視点を磨くことだ。

収入がゼロになった時期もあったが、今は、欧米のクライアントを中心に7社と取引がある。うち3社が定期的に仕事を回してくれるようになり、安定した収入源を確保できた。

インタビュー中に満面の笑みで言った。

「今月は月額の収入目標を達成できそうなんですよ」。フリーランスとしての一つの到達点だという。

 

韓国出身の映像クリエーター、ブマさん
韓国出身の映像クリエーター、ブマさん=2025年12月6日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

「今の私は、自分の人生で最高のバージョン」

デジタルノマドとして1年が経ち、チェンマイを自身のベースと定めたという。

「ノマドコミュニティーには、似たマインドセットを持つ人々がたくさんいる。誰もが自分の仕事や情熱について語る。韓国では『何をしているの?』と聞くと、『××で働いている』と会社名で答える人が多いが、ここでは『どこの会社に勤めているか』ではなく、『何をしているか』が大切にされる。そこが気に入っている」

ブマさんにとっては、チェンマイが、デジタルノマドが集まる国際的なハブの一つであることも重要な要素だ。多様な人々との交流がクリエイティビティの源泉になっているという。

「私を構成する要素は、これまで見て、聞いて、経験し、感じたことの全て。様々な文化や人々に触れ続けるこのライフスタイルが、私自身を豊かにし、創造性へとつながっている」

韓国で「敗者」と感じていた15年前の自分とはもう違う。

「今は気分がとてもいい。自分自身について心地よく感じている。人生のこの段階で、今の私は、自分の人生で最高のバージョンだと感じている。もちろん常に足りないパズルがあるが、今、少なくとも人生のこの段階で、自分の人生について自信を持っている」

将来については、こう語った。

「将来はチェンマイで1年のうち8ヶ月を過ごし、残り4ヶ月は韓国で親孝行したい」

結婚して家庭を築くことへの希望もあり、チェンマイに「ベース」を置くことが、そうした人生設計の第一歩だと考えている。「旅を続ける人生もいいけれど、最終的には愛する場所で、愛する人たちと、自分らしい生活をデザインしたい」

コリビング施設に、もう一人の韓国出身ノマド

仕事の合間に談笑するデジタルノマドら。中央のビーンバッグに座っているのが韓国出身の起業家ノアさん
仕事の合間に談笑するデジタルノマドら。中央のビーンバッグに座っているのが韓国出身の起業家ノアさん=2025年12月3日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

コリビング施設には、もう一人、韓国出身のデジタルノマドが滞在していた。

ノアさん(35)。公務員である両親のもとで育った。大学では会計学を専攻したが、それは「公務員のような安定した仕事」を求める親の期待に応えようとする「安全なキャリア志向」だったという。

しかし、その道に疑問を抱き始めた。「会計士や公務員になることは自分の道ではないと気づいた」。安定を求める理性と、違う方向を指す感情の板挟みになり、しばらく苦しんだという。

会計士の道を降り、次に目を向けたのは英語だった。バックパッカーとしてアジアを旅した際、TOEICで高得点を出していたにもかかわらず、英語が話せず、聞き取れない経験をしたからだ。

「日本人はどう? 学校でずっと英語を勉強してきたのに、いざとなると何もできない。この悔しさ、わかってもらえるかな」

編み出した英語学習方法は、映画セリフの丸暗記

葛藤していた当時を語る韓国出身の起業家ノアさん
葛藤していた当時を語る韓国出身の起業家ノアさん=2025年12月3日、タイ・チェンマイ、金成隆一撮影

 

その悔しさから、英語学習を始めた。映画「ノッティングヒルの恋人」を100回視聴して、セリフを丸暗記する、独自の学習法だ。

「セリフを完璧にコピーしたことで、ネイティブに近い表現が自然と出てくるようになったんだ」。効果を試すため、27歳でオーストラリアに渡り、ワーキングホリデー生活を開始。レストランで皿洗いの仕事をしながら、同僚たちと英語で会話し、自分の英語力が通用することを確信した。「まるで魔法だった。映画で覚えた表現が自然と口から飛び出してきたんだ」

自信をつけて韓国に戻り、今度は英語教育のビジネスを立ち上げた。

英語の音を耳で覚える練習をサポートするアプリを開発。順調に顧客が増え、数年で3000人以上の受講生を抱えるまでに成長し、年収は15万ドル(約2200万円)に達したこともあるという。

 

「負け犬」から脱却したブマさん、「安全な道」への違和感から起業家になったノアさん。

20代で苦しんだものの、2人はもがきながら、映像や英語というスキルを身につけ、チェンマイで「ロケーション・インディペンデント」な生活を送っていた。

次回は、衛星「スターリンク」の機器をリュックに入れ、世界中を歩き回っているデジタルノマドを紹介する。