欧州委員長の演説は決別のメッセージ かつての米国の価値観はどこへ
フォンデアライエン委員長は、1971年のニクソンショックを通じて欧州が経済力強化と外貨依存脱却を目指した歴史になぞらえ、「現在、私たちが経験しているこの大変革は、新たな形の欧州の自立を構築する機会だ。この変化が恒久的なものなら、欧州も恒久的に変わらなければならない」と訴えた。
そして、「今こそこの機会を捉え、新しい『自立した欧州』を築くときだ。人間はノスタルジア(懐古主義)に陥りがちだが、古い秩序はもう戻っては来ない」ときっぱりと宣言した。
もはや、アメリカとともに世界秩序を維持することはできない――。その前提の上で欧州の新しいあり方を独自に模索していく。そんな諦めと決意に満ちた、決別のメッセージだった。
ダボス会議開幕の直前には、デンマーク自治領グリーンランドの「領有」に反対している欧州8カ国に対し、10%の追加関税を課すという、アメリカの脅しがあった。フォンデアライエン委員長は「このダボスでの演説を準備していたとき、北極圏の安全保障は主要なテーマではなかった」と苦笑した。
そして、「北極圏の安全保障に関して、欧州はしっかりと取り組んでいる。追加関税は、特に長年の同盟国に対して、間違ったものだ。EUとアメリカは昨年7月に貿易協定に合意している。政治においてもビジネスにおいても、合意は合意。友人同士が握手を交わすとき、それは何らかの意味を持つべきだ」と、アメリカを牽制(けんせい)した。
同時に、グリーンランドとデンマークと連携して大規模な投資拡大に取り組み、地域経済とインフラ支援を検討するとも明らかにした。そして、「欧州は新たな安全保障構造と現実に対応すべきときだ。独自の安全保障戦略を策定しており、本年後半に公表する」と語った。そして、その核心は「主権を有する国民が自らの未来を決定するという基本原則だ」とも。
民主主義の旗振り役となってきた同盟国に対して、こんな宣言をする日が来るとは、誰が想像しただろうか。
フォンデアライエン委員長の後に演説に立った中国の何立峰副首相は、2021年にダボスで多国間主義を訴えた習近平国家主席の先見性を何度もたたえつつ、「中国は今後も多国間主義と自由貿易を堅持する。関税と貿易戦争に勝者はない」と、暗にアメリカを批判した。そして、「自由貿易と経済の国際化によって、中国を含め、多くの途上国が早い経済発展を遂げられた」と強調し、「中国は世界の市場になりたい」とも語った。
ここだけ聞けば、かつてのアメリカの価値観そのものに聞こえる。今やアメリカが自由貿易を破壊しようとし、中国がそれを守ろうと訴える構図に、世界は大きな変化のただ中にいるのだと感じさせられる。
マイクロソフトのサトヤ・ナデラCEOと世界最大級の資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンクCEOのセッションも興味深かった。ナデラ氏はAIの進展によって、企業の働き方がいかに本質的な変化を迫られるかを語った。
たとえば、こんな例を挙げる。これまでナデラ氏がダボス会議に参加する際には、50件もの各国との会議の準備をしてきたという。チームがメモを作成し、それを本部に送って、さらに精査する。ナデラ氏が入社した1992年からつい数年前まで、このプロセスはずっと一緒だったという。それが今では、「AIに『ラリーと面会予定だ。概要を教えてくれ」と指示するだけで済む。『ブリーフィングをくれ』と言うだけで、すぐに返ってくるようになった」。
そして、AIが作った情報をすぐに全部署の社員と共有するという。「これは組織内の情報の流れを完全に逆転させる。従来の組織構造――部署や専門分野が存在し、情報が上層部へと上がっていく仕組みとは違い、むしろ情報の流れ全体をフラットにする。この仕組みを導入しようとすれば、組織構造の再設計は避けられない」。そのために、「リーダーはテクノロジーと共に仕事やワークフローを変える」という思考を持つことだ、と話した。
この日の夜は、そのマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏との夕食会に参加した。欧米の大手メディアや、インド、中国など各国の記者10人とゲイツ氏が食事をする会だった。ゲイツ氏は、政治経済、AI、グローバルヘルス……と、全員からのあらゆる質問に一つ一つ答え、時に冗談を言って笑わせ、2時間あまり話し続けた。その熱量に改めて圧倒された。
夜遅くなってシャトルバスの発着所に向かっていると、後ろから「急げ、急げ! あれを逃したら次にいつ来るかわからないぞ!」と言いながら男性が走ってきた。せき立てられて、慌ててシャトルバスに乗り込んだ。
車中で話をし始めると、イギリスのシンクタンク「チャタムハウス」として知られる王立国際問題研究所の元所長ロビン・ニブレットさんだった。講演を頼まれダボスに来たと言う。
あす21日はトランプ米大統領が登壇する。町は厳戒態勢になっている。