――今年は第2次世界大戦の終結から80年になります。ウクライナ情勢の長期化、中東の不安定化、世界的な二極化が進む中での節目の年を迎えますが、戦後の国際協力の枠組みは、大きな変革が必要になっているのでしょうか。
地政学上の情勢は大変に厳しいものがあります。この1年の紛争の増加は、世界各地で悲惨な結果をもたらしました。1億2200万人以上の人々が移住を余儀なくされ、国連は紛争に巻き込まれる子供たちが、かつてないほど増えていると警告しています。
国連自体も、多国間システムをより各国を代表するものにして、効果を高めるための改革を進めています。昨年9月には、総会が多国間主義の強化を目的とした50以上の行動を含む「未来のための協定」を採択しました。そのうち15の行動は、世界平和と安全保障の強化を目的としています。これは非常に重要な取り組みで、より平和で安定した世界を目指して、すべての利害関係者が取り組むべきものです。
重要なのは、多国間システムが試練を迎えているとはいえ、多国間主義そのものを放棄すべきだということではないということです。安全保障、経済、環境、その他の重大な課題を解決する唯一の方法は、協調的なアプローチです。
ーーパリ協定の目標を達成するための世界的な取り組みの進捗状況を、どう評価しますか。2025年に意味のある気候変動対策を達成するための重要な要因は何だと考えますか。
残念な現実のひとつは、2024年は観測史上最も気温の高い年になったことです。地球温暖化の影響を免れられる大陸、国、地域はありません。気温上昇による人命への壊滅的な被害は、最近ではアメリカ・カリフォルニア州の山火事でも明らかになりました。
気候変動による深刻な経済的損失も指摘されており、適切な対策を講じなければ、今後25年間に世界で38兆ドルもの損失が発生する可能性があるとの研究もあります。
2023年にドバイで開催された国連気候変動会議(COP28)では、パリ協定で定められた計画の下、気候変動への取り組みの進捗状況に関する初の「グローバルな実績評価」が行われました。その結果は明白でした。
排出量の削減やグリーンテクノロジーへの資金調達の加速といった問題については、進捗が遅すぎます。しかし、同じ会議で、各国が初めて化石燃料からの「移行」に合意するなど、明るいニュースもありました。
つまり、この話は複雑です。前向きな取り組みはありますが、さらなる行動が必要です。
私は、世界経済フォーラムのFirst Movers Coalition(第1陣連合)のようなイニシアチブに勇気づけられています。これは、100社を超える大手企業が連携し、グリーンテクノロジーに対する市場の需要を生み出すことを目的としたグループです。
また、世界最大のCEO主導型コミュニティーであり、(温室効果ガスの実質的な排出量をゼロにする)ネットゼロ排出量に焦点を当てた世界経済フォーラムのAlliance of CEO Climate Leaders(CEO気候リーダーズ同盟)は、昨年、2019年から2022年にかけて、合計で10%の絶対排出量削減を達成したと発表しました。もちろん、さらに多くの取り組みが必要です。しかし、これらの実証例は、単に何が可能であるかを示すだけでなく、すでに何が起こっているのかも示しています。
――テクノロジーの進歩とAIのさまざまな産業への統合が進む中、2025年の仕事の未来をどのように予測しますか。また、急速に進化する状況において労働者が取り残されないようにするために、政府や企業は何をすべきでしょうか。
一部の予測によると、生成AIは毎年、世界経済に4兆4000億ドル(約680兆円)の価値を追加する可能性があると言われています。これはもちろん莫大な利益を生み出す可能性もありますが、混乱も引き起こすでしょう。
国際通貨基金(IMF)は、AIが世界中の仕事の40%に影響を与える可能性があると推定しています。実際、WEFが最近発表した「仕事の未来レポート2025」によると、調査対象となった雇用者の60%が、デジタルアクセスの拡大が自社のビジネスを変革すると予想しています。
最先端技術の潜在的な可能性と、利益を公平に分配する必要性から、今年のダボスのWEFの年次総会では「インテリジェント時代における連携」というテーマが掲げられています。 議論の主な焦点となるのは、テクノロジーが浸透した未来の経済の需要に応えるために人々をどのようにスキルアップさせるか、そして最先端の分野における数百万の新たな雇用をどのように活用するかです。
――サイバー脅威やハイブリッド戦争の増加を踏まえ、2025年の世界的な安全保障の将来をどう予想しますか。急速に変化する地政学の環境で、各国がセキュリティーを維持するためにどのようなことが必要だと考えますか。
安全保障情勢の悪化は、ここ数年で最も不幸な展開のひとつです。世界経済フォーラムが独自に開発した「グローバル・コーポレーション・バロメーター」は、世界的な協力体制を測るために41の指標を使用していますが、それによると、特に2020年以降、平和と安全が急激に低下していることが示されています。
特にサイバーセキュリティーに関しては、企業レベルおよび地政学レベルでサイバー脅威がますます懸念されるようになっています。企業レベルでは、WEFによる新しい調査によると、3人に1人の最高経営責任者(CEO)が、サイバースパイ行為と機密情報・知的財産の盗難を最大の懸念事項として挙げています。
地政学レベルでは、2024年のWEF年次総会で、アントニオ・グテーレス国連事務総長が「ガードレールのないAIの暴走的な発展」による「存在を脅かす脅威」について警告を発しました。以来、国連の「人工知能に関するハイレベル諮問委員会」は、AI関連のリスクに対処し、その恩恵が広く共有されるようにするための青写真を発表しました。また、昨年には米国と中国が、核兵器の使用に関する意思決定にAIが使用されないことを確保することに合意しました。
こうした重要な進展は、進歩があることを示しており、急速に変化する世界情勢の中で、各国が強靱性とセキュリティーを向上させるためにできることの指針となるでしょう。
各国政府は、すべてにおいて意見が一致しないとしても、共通の関心事については互いに協力する方法を見出す必要があります。これは、サイバーセキュリティーのような問題については特に言えることで、これは国境を越えた問題であり、対応を怠れば誰もが不利益を被ることになるのです。