――社会課題の解決を目指すスタートアップに注目が集まっています。この状況についてどう思いますか。
社会課題系のスタートアップは絶対数として増えていると思います。個別の分野だと、脱炭素やヘルスケアなどは特にビジネスにしやすい環境が整ってきたと思います。これらの課題は世界的にも差し迫っていて、行政の支援もあるからです。
一方で、日本社会をマクロな視点で考えると、経済圏としてはかなり成熟してしまっていて、ビジネスとして拡大できそうな領域というのはかなり限られていると思います。
市場原理の中で、ビジネスにしやすい分野はほとんど残っていないのですが、唯一、残されたものが社会課題という印象です。
考えてみれば、それは自然の流れなのかなと思います。社会課題として取り残されているのは、企業にとってみれば、ビジネスとして取り組んだところでもうからない、経済合理性がないから手をつけなかったんですよね。
今、注目が高まっている気候変動も、つい最近までは、ビジネスとしてもうかるなんて考えられなかったと思います。それが今や、二酸化炭素の排出量を減らすことで光熱費をカットできたり、排出権取引市場が整備されて削減量を売買できるようになったりしました。
というわけで、脱炭素や気候変動はまだいいのです。こうやってビジネス化への環境が整いつつあるのですから。問題はまだそのレベルにまでなっていない社会課題です。
――その意味では、スタートアップとして、あるいはビジネスとして取り組むべき社会課題で注目するものは何ですか。
高齢、障害、暴力、貧困、地域(過疎)の五つです。先ほども触れましたが、脱炭素やヘルスケアなどの分野は人類にとって重要かつマクロな課題ではあるんですが、ビジネス環境が整ってきたために参入しているスタートアップも多く、まさに「群雄割拠」の状態です。一方で少子高齢化が進む日本の現状を考えた時、この五つの領域はビジネスの力でもっと取り組むべきものだと思っています。
最近「インパクト投資」という言葉をよく聞くようになりました。経済的なリターンだけを追求するのではなく、社会にいい影響を与える事業に対する投資のことですが、今後は日本でも増えそうです。そうなれば、五つの領域に取り組むスタートアップも資金調達しやすくなるのではないでしょうか。
――社会課題としてはどれも深刻で、解決に取り組む人が一人でも多く現れたら歓迎すべきことだと思うのですが、一方でビジネスにする、もうかるという点では難しさもあるのかなと思いますが、いかがでしょう。
例えば、私の会社の支援先に、重度障害児向けのリハビリを事業にしているスタートアップがあります。一見マーケット(市場)は小さそうに思われるかもしれませんが、リハビリを必要とする人は世界に24億人いるんですね。わかりやすくするために極端な例えをしますけど、この24億人から1回のサービスの対価として100円いただいたとしたら、2400億円を売り上げる会社になるわけです。
一方で私がいつも思うのは、「もうかる」とは何だろうということです。もうかることの基準って、無限じゃないですか。自分たちが食べていければ十分なのか、あるいは標準よりも高い水準の生活を送ることができれば十分なのか……。
例えばベンチャーキャピタルの世界では、頑張って大体平均3倍ぐらいなのですが、それが例えば2.5倍だったとしたら、もうからないということになるのか。私はとても疑問です。
また、100倍のリターンが得られる投資先が1社だけあって、ほかが0倍だったということよりも、2倍か3倍ぐらいのリターンでもいいから、そういった投資先ができるだけ多くある方がいいんじゃないかと思うんですよ。
話がそれてしまいましたが、どこまでいったらもうかると言えるのか、満足するのか、もうきりがないなと思って。
――そこは資本主義の悪い点かもしれませんね。人の欲望をドライブさせる装置というか、またその逆も然(しか)りと言いますか。
まさに。しかもそれで人が幸せになっていたらいいのですが、そうでもないと思うんです。自分の業界の話を例に出してしまいますが、社会課題系のベンチャーキャピタル業界って、過去に投資銀行とかでバリバリやっていた人が転向してくることがあるんですよ。理由をたずねると、「もっと社会に貢献できることがしたい」「自分が世の中に役に立って、充実感を得たい」という答えが返ってきます。最ももうかることをやってきた人が結局、たどり着いた結論がそれなんだって思うと、なんか皮肉だなと。
――今年4月に雑誌AERAで掲載された記事の中で、社会課題の解決を志す企業は「もうからない」と言われて、「殺意がわくような怒りを覚えた」と答えていますね。
「もうからない」と言われることが嫌だったというよりは、「だからもうかる手段を開発するためにみんなで力を合わせるんじゃないですか。なんで分かってくれないんですか」っていう怒りでしたね。「もうからないことに価値はない」と考えていることと、そんな価値観自体にも怒りの感情がわきました。
一方で、もうかるようにした方が当然、資本主義という土俵の中では有効に戦えることはわかっているので、それは1人でやっても仕方がなくて、誰かがそういう事業に投資して初めて花開くので、みんなの力を借りたいという思いでした。単純に経済のOSが資本主義になっている以上、それにあった「アプリ」のように事業もしていかないと、投入される取り組むべきパワーが増えないなっていう。
もちろん、もうかったから正しいというわけでもないんですが。例えば、ホームレス1人救うのと、アフリカの飢餓の子どもたち300人救うのとでは、どちらが経済合理性が高いのかという判断はあると思うんですけど、じゃあどっちが尊いかっていうことになれば、決めちゃいけないと思うんですよ。そういう意味で、「もうからないこと=価値がない」という価値観がそもそも、社会課題を助長してるんだよって思いますね。
――単に社会課題の解決に取り組みたい、ということであれば起業だけが選択肢ではないですよね。NPOやNGO、ボランティアという形もある。起業家たちがあえてビジネスの枠組みでやろうと考えるのはなぜでしょう。
うちの投資先で言うと、非営利でやっていた人たちもいますし、私自身も非営利的な活動をしていた時期もあります。ただ、非営利でやったときにお金を集めるのに苦戦して、持続可能性が保てないとか、深いインパクトを出せないとか、結果的に巻き込める人数が少ないとか。そうなると悪循環に陥りやすいですよね。
――先ほどおっしゃった「パワーが増えない」ということでしょうか。
そうです。もちろん、社会課題の中には、非営利や寄付型でしかできない領域の方が圧倒的に多いと思います。でも、それだと大きな金額の調達の難易度が高く、リソースが集まりづらく、結果的に先ほど言ったような悪循環に陥ることもあります。
もちろん、何でもビジネスにすればいいと思っているわけではなくて、でもビジネスとしてできるものはしていこうという感じですね。
残念ながら日本は今後、人口が減っていって、GDPも下がり、税収も減っていくでしょう。そうしてリソースがさらに減っているときに、行政や非営利組織でしか解決できない課題が山積していたらやばいじゃないですか。
だからそうなる前にできるだけビジネス開発が進んでいた方がよくて、ビジネスでやれることはビジネスにして、難しいものやビジネスにすると課題解決が遠回りになってしまうものはみんなのお金、つまり税金で解決したり、非営利組織に委ねたりしようという感じですね。
――社会課題系に挑戦する起業家は若い世代が多いという印象を受けます。彼らのモチベーションは何でしょうか。
社会課題が「自分ごと化」されているからだと思います。例えば地球温暖化の問題であれば、若い起業家の中には、自分たちが生きている間に桜の生育に適さない地域が広がり、花見ができなくなると受け止めている人がいます。そんな姿勢は、学校教育の中でSDGs(持続可能な開発目標)が扱われるようになったことも影響しているでしょう。
あと一部の人は、「上の世代のようにはなりたくない」って思っていると思います。地球資源を搾取し、破壊してきたのは上の世代じゃないかって思っているところがあって、自分たちはそうなりたくないと。
今起業をしている若い世代って、日本の景気が長期低迷した、いわゆる「失われた20年」とか「失われた30年」とかいう時代に生まれ育ったので、将来に希望を持てない人が多いと思うんですね。
物質的な豊かさを獲得したのが私たちの先輩世代だったわけですが、でもその人たちがそれで「めっちゃ幸せになったよ」っていうふうにも見えない。若い世代と話をしていると、そんな道筋をたどってきた先輩たちの人生が楽しそうではないと考えているのだと思います。
では自分たちはどこで幸福感を得るんだ、と。自分の存在意義は何なのか、と。そう考えた結果、例えば他者貢献とか、ほかの人と「つながる」とかっていうのがキーワードとしてあると思うんです。誰かの力になって、それが結果的に自分の富や名声に返ってくるようなイメージでしょうか。
――そういった若者はなぜ、大企業に入らず、あえてスタートアップという形で社会課題に挑むのでしょうか。資金力はないのでより困難に直面しますよね。あるいは思いだけではないメリットが何かあるのでしょうか。
目的思考の事業構築ができるところですかね。結局、それは「思い」になるんですけど、日本の大企業の多くは数十年前に構築したビジネスモデルに依存した事業を続けていますよね。そんな中で新しい事業の柱を作ろうとして社会課題に目を向けたとしても、従来のようなビジネスモデルや意思決定フローの視点からできる事業ってもうほとんど残っていないと思うんですよ。目標とするのが3年後に売り上げ50億円とか100億円とかの規模になってくると。
逆に「こういう課題を解決するために事業をやるぞ」という目的思考であれば、漠然とたくさんもうけないといけない、というよりも、これぐらいの規模のビジネスにしていかないと社会課題解決がなされたとは言えないとか、そのためにはいくらぐらいの資金が必要とか、逆算して冷静に考えたり、事業自体が加速させられたりというところもあります。
そういった「思い」で事業に取り組むのは何か夢物語で突っ走るみたいなイメージがあるかもしれませんが、実はビジョンドリブン(ビジョンの実現を優先して経営すること)って、すごく強い意志を持って目的である課題解決を達成しようとする経営なので、生半端なことではあきらめないんですよね。続けるからこそ「勝者」になるところがあります。
――逆に資金的にも人材的にも豊富な大企業の方が社会課題に取り組めそうな気がしますけど、あまりやっている印象がないのはなぜでしょうか。
できますよね、おっしゃるようにむしろ大企業の方が人もお金もあるんだから、絶対成功すると思うんです。
でも、さっき言ったように従来型の考え方が強く、正しくないタイミングで「その売り上げで大丈夫か?」って横やりが入ったりするんですよ。あるいはほかの部署の「既存商品を生かしてくれ」とか社内調整が入って、事業に集中できないようになってしまうんですよね。
――中村さんの話を聞いていて、ふと思ったのですが、大企業の商品やサービスもかつては何らかの社会課題を解決するのに役立つものだったのではないかと思ったんです。
そうですね、かつては社会課題だったものが高度経済成長をへてみんなが豊かになって、もはや社会課題ではなくなったということなのでしょう。
社会課題は「全体最適のひずみ」でもあります。つまり、みんなにとって都合のいい何かを進めた結果、どこかにしわ寄せが行ってしまう。例えば気候変動もその一つです。技術の発展や経済の発展をみんなが追い求めた結果、環境負荷という形でひずみが起きた。同じような構図は、交通問題や教育問題にもあるんじゃないですかね。
――なるほど。何だか皮肉ですよね。ビジネスによって社会課題を解決したと思ったら、それによって新たな社会課題が生まれるという。例えば洗剤の発明は、ものを清潔にするという社会課題は解決したのに、今度はその排水によって河川が汚れるという新たな社会課題が生まれたわけです。
本当に難しいなと思うのが、社会課題が全て解決するということは基本的になくて、今おっしゃったみたいに解決した先に新しい課題が出てくる場合もあれば、課題として新たに定義されるものもあります。例えば今でこそ女性の権利の大切さが言われるようになりましたが、一昔前だったら権利がなくて当たり前の世の中があったわけです。それを「これは社会課題だ」と訴える人が出てきてようやく、社会としても課題として受け止めるようになる。
社会課題をすべてなくすことはできなくても、課題が出てきたときにいかに早く解決する手段を提供できるか、その仕組み作りが重要だと思っています。
――社会課題を解決するためには、そうした事業に取り組む企業を支援する国や国際機関などの役割も大切かなと思いますがいかがでしょうか。
まさにおっしゃる通りだと思います。社会課題の解決を推進するためのファクターは大きく四つあると思っていて、一つが消費者の行動変容。例えば環境に悪いものは買わないとか、人的搾取によって生産された商品は買わないとか。そういう消費者の変化が起きると企業側も変わらざるをえないんです。
二つ目は技術の発展です。消費者や企業が変わっても、サステイナブルな原材料が開発されたり、サプライチェーンが整備されたりしなければ解決の実現はできません。
三つ目が機関投資家の圧力で、例えば日本だとGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)や生保が、環境や社会、ガバナンスに配慮している企業に投資するという「ESG投資」を行っています。機関投資家の資金の原資は最終的には消費者のお金なので、彼らにポジティブなインパクトがある投資をしなければならないと考えるわけです。逆に言うと、社会にネガティブなものは投資を引き上げるというプレッシャーになる。こういう投資による圧力も重要です。
そして四つ目が、国や国連といった行政的な機関です。気候変動は典型的な事例ですが、社会課題を解決しなければ結局、国や地球規模で困るわけです。なので排出量取引のように新しい仕組みを作ることでお金の流れを開発する。そうするとその課題解決のための市場が形成されます。
――talikiが行っている社会起業家への支援はどんなものがありますか。
四つあります。一つが育成事業。まだまだ投資まで至らないフェーズで、事業の立ち上げを支援するというものです。二つ目が投資です。インキュベーションの次の段階で、立ち上がってきたスタートアップに対して投資します。三つ目がオープンイノベーションです。さらにスタートアップが成長してくると、実際にプロダクトがあったり、ある程度の顧客基盤があったりするので、大企業と組んで新しい事業を作るなどをする支援をします。
そして四つ目がスタートアップのデータを蓄積する、データベースを兼ねたメディア運営です。
投資事業が分かりやすいのでどうしても目立ってしまうのですが、中でも起業家の育成が肝心だと思っています。
国内のインパクト投資に関する環境を調べたリポートがあって、投資金額先の配分として最も多いのは上場株なんですね。逆に最も少ないのが、私たちが育てようとしている非上場のシード期の企業です。
そういった企業を支援しなければ、社会課題に取り組むビジネスの裾野が広がらないと思うんですが、そういう起業家は思いは強いのだけど、どうやってマネタイズに落とし込むのかなどのアイデアは不十分なので、「伴走」することで社会課題に取り組む起業家の数も室も高めようとしています。
――御社もビジネスでやっているわけですから、もうけないといけないですよね。初期のスタートアップは将来性も考えると未知数な部分も多く、それはリスクだったりします。そのあたりはどうやっているのですか。
投資事業については、投資金を金融機関などから預かって運用しているので、できれば3倍以上にして返したい。そうするとどうしても投資対象をフィルタリングせざるをえない。
一方で、起業家の育成については全く違うビジネスモデルでやっています。育成事業については委託を受けてやっていて、委託元は将来起業家が増えてくれないと困るようなところです。行政や地域の金融機関、不動産会社とかですね。
例えば地域の金融機関だと、既存の融資先の事業者が高齢化してきていて、事業を継ぐ人がいなければ会社もなくなり、顧客が減るわけです。ベンチャーキャピタルほどリターンはなくても、将来的にお金を貸せるぐらいの規模の企業が増えることは金融機関の存続においてとても大切なことなんです。20年とかいう時間軸で見ていますね。
――talikiという社名は、「他力」から付けられたのですよね?
おっしゃる通りです。私たちの会社は直接社会課題に取り組むのではなく、社会課題に取り組む企業を支援するという「中間的な」立場です。現場で実際に社会課題に取り組む企業があってこそ、私たちのリソースも機能するわけで、その意味で「他力本願」なんですが、実は他力本願は元々仏教用語で、仏が民衆を救いたいという願いを信じることらしいのです。これは創業後に浄土真宗のお坊さんに教えてもらったんですが、でも本来の意味はむしろ私たちの理念に合っているなと思っています。
――中村さん自身、そこまで社会課題への思いが強いのであれば、なぜ自分が社会起業家にならなかったのですか。
やりたい課題が多すぎて、全部に関与するには、解決に挑む人たちを応援した方がいいと思ったのが一つ。もう一つの理由は、学生時代に実際に現場で課題解決に挑戦していた時に、それ自体は好きではあったものの、社会起業家を増やす環境や仕組み、構造を整備することの大事さに気づいたということです。
アメリカに留学した際、報道機関でアシスタントプロデューサーとして働く機会があったんですが、メキシコとの国境に壁をつくって不法入国者を入れないようにしたり、銃規制だったり、そういった問題を深く知るにつれ、世の中に困っている人がこんなにいるのなら、私の手だけでは全然足りないと思ったんです。
もちろん、すべての現場に駆けつけて一人でも多くの人を助けたいし、救えたら実際やりがいは感じるんだろうけど、その瞬間にほかの現場で誰かが死んでいる可能性もあるよなと考えたんですよね。
となるとやっぱり「真ん中」にいて、どの現場にも間接的ではあるけど関与できる立場の方がいいと思ったんです。