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パリ進出のヘラルボニー、松田Co-CEO「障害という言葉なしで商品が買われるように」

スタートアップワールドカップ 更新日: 公開日:
ヘラルボニーCo-CEOの松田文登さん(右)と松田崇弥さん
ヘラルボニーCo-CEOの松田文登さん(右)と松田崇弥さん=Photo:ヘラルボニー

スタートアップの世界的なピッチコンテスト「スタートアップワールドカップ」の本戦が10月2日(現地時間)、アメリカ・サンフランシスコで始まる。日本から出場する三つの企業の一つが、主に知的障害のある作家が描くアート作品に関するIP(知的財産)ビジネスを展開する「ヘラルボニー」(本社・盛岡市)だ。このほどパリに新たな拠点を設けるなど、本格的な海外進出に乗り出す。創業から6年。「第二創業」と位置づけるこれからの事業展開などについて、Co-CEOの松田文登氏に聞いた。

――御社は最近、フランスに拠点を設けました。どんないきさつがあったのですか。

パリに子会社である「HERALBONY EUROPE(ヘラルボニーヨーロッパ)」を今年7月に設立しました。オフィスは「Station F(スタシオン・エフ)」という施設にあります。ここは元々駅だったのがヨーロッパで最も大きいスタートアップ拠点に改装され、GoogleやLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンなどが支援するスタートアップも入居しています。

昨年、経済産業省とJETROが主催する起業家の海外派遣プログラム「J-StarX」に弊社が選ばれまして、双子の弟でCo-CEOの崇弥がStation Fに行ったことがあったんですね。崇弥はすごく感動して、入居したいと思っていたのですが、今年5月に世界各地の革新的なスタートアップを評価する「LVMH Innovation Award 2024」のファイナリストに弊社が選ばれて、Station Fに入居できる権利がもらえたんです。夢がかなった形になりました。

元キャプション)la Station F consacre a la nouvelle strategie d attractivite des talents tech internationaux
Station Fの中の様子。HERALBONY EUROPEがオフィスを構える=2021年7月、パリ、Jonathan Rebboah/Panoramic

――HERALBONY EUROPEは、やはりフランスの知的障害のある作家と契約を結び、日本と同様のIPビジネスを展開するのでしょうか。

そうですね。私たちはアートのIP事業ですので、原画も販売したいという場合は原画も含めて、色んな形で知的障害のある作家が描くアート作品とのタッチポイントを作っていきたいと思っています。

すでに海外の企業からもヘラルボニーとの契約を検討してくれるところが徐々に増えてきていて、先日はオーストラリアの大きな企業からお話がありました。ただ、結局この会社との話はうまくいかなかったのですが、その理由が、私たちが契約している作家の中にオーストラリアの作家がいなかったからなんです。

オーストラリアの企業であれば、オーストラリアの作家を推していきたいのは当然のことですし、そう思ったときに、世界の作家さんにヘラルボニーがアクセスしている状態を作っていきたいなと考えたんですね。

――なるほど。ということであれば、HERALBONY EUROPEは、拠点はパリにありますが、フランスに限らず、ヨーロッパ全土の作家さんが対象になり得るわけですね。

おっしゃるとおりです。

――企業が自国の作家の作品に興味を持つという同じようなニーズは、ヨーロッパに限らずですよね。となると、ちょっと先走ってしまいますけど、ほかの地域への進出も考えているのですか。

次はアメリカに進出できたらうれしいですし、さらに次は中国かシンガポールなのか、そこはまだわかりませんが、とにかく世界各国に展開できたらと思っています。

――創業から6年で海外進出というのはとても早いと感じたのですが、ご自身の実感はいかがでしょうか。予定通りだったのか、予想外だったのか。

そこは想像通りというわけではないですね。本当に色んな人たちの応援が積み重なって今、この場所に立てたわけですし、皆さんにすごく感謝しています。

エクイティファイナンス(第三者割当増資など)で資金を調達し始めてからは、私たちのマインドも結構変わり、海外展開も視野に入ってきました。なので、ヘラルボニーとしては初めての国際アートアワードとなる「HERALBONY Art Prize 2024」を今年始めました。世界28の国と地域から約900人の作家、2千点近いアート作品が集まりました。

こうしたことがきっかけで、ヘラルボニーと契約させていただく作家がどんどん増えてきています。これだけの規模で知的障害がある作家とライセンス契約を結んでいる会社はほかにないので、障害のある数多くの才能ある作家のキャリアを後押しし、価値や概念を国内外で変えていけるよう頑張りたいと思っています。

「HERALBONY Art Prize 2024」の記者発表会
「HERALBONY Art Prize 2024」の記者発表会で登壇する(左から)松田文登さんと崇弥さん、東京芸術大学長の日比野克彦さん、「LVMH メティエ ダール ジャパン」ディレクターの盛岡笑奈さん、金沢21世紀美術館チーフ・キュレーターの黒澤浩美さん=2024年1月、東京都渋谷区

――社会課題系のスタートアップが最近増えていますが、障害者関連の事業をマネタイズするのはとりわけ難しいと思います。起業したばかりのころは特に実感されたと思うのですが、いかがでしょうか。

会社を創業した当初は、「障害者で金もうけをするな」といった、わかりやすい批判もありました。これは何でしょう、ある種消しようがないものだと思うんです。

例えば障害という言葉に対して、日本では8割以上の人がネガティブな印象を持っていると言われています

この言葉が持つネガティブな引力、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)はとても大きいと思います。

それでも、たとえ全員は難しくても、私たちが頑張ることで、色んな人たちが一歩踏み出しやすくなったり、多様な価値観が広がったりすることがめちゃくちゃ重要なんだろうなと思っています。

ヘラルボニーを通じて、障害に対するイメージがポジティブな方向に変わったという人は、EC上のアンケートだと7割以上いました。私たちの目線は社会に向いていて、障害の概念が変わっていけば、障害のある方に関係する事業をやられている方もやりやすくなるのではないかなと思っています。

――「障害者で金もうけをするな」と言われたとき、それをどう受け止めたのですか。

受け止めてもいないかもしれないですね。というのも、知的障害のある作家の作品を見たとき、圧倒的な感動があるという事実があったからです。24歳か25歳ごろのことですが、私自身、本当に心から感動したんですよ。

ところがインターネットで「障害 アート」で検索したら、支援や貢献の文脈でCSRやSDGsといった、企業の社会貢献活動とひも付いていて、作品のよさとあまりに乖離(かいり)しているなと思ったんですよね。

彼らは作家として実力があると思うんですね。例えば、ずっと迷路を描き続ける高田祐(ゆう)さんという作家がいます。木村全彦(まさひこ)さんという方は、「キュニキュニ」と名付けた「E」みたいな文様ですべての作品を描いてしまう。

伊賀敢男留(いが・かおる)さんは、青をモチーフにした作品を描きますし、井口直人さんはコンビニエンスストアのコピー機で毎日、顔面をコピーしちゃうんですよ。小林覚(さとる)さんは字と字をつないで書いてしまう。これがずっと好きでやっています。

結局のところ、彼らは好きでやってるんです。そしてそれは彼らの特性だからこそ描ける世界だと思います。

木村全彦さんと、木村さんの作品「キリン2」
木村全彦さんと木村さんの作品「キリン2」=Photo:ヘラルボニー

――彼らには独特な視点やセンスがあると?

そうなんです。1時間とか2時間とか、いやむしろ365日ずっとやり続けたいと思っているわけで。無意味だと言う人もいるかもしれませんが、彼らが変わる必要は何もなくて、むしろ私たちがそれをどうとらえるかによって変わってくるものがあるんじゃないかと思います。

――今名前を挙げていただいた方たちのような作家はたくさんいらっしゃる?

たくさんいます。私たちが今契約している作家で、約240人います。海外の作家も含めてどんどん増えています。「金沢21世紀美術館」のチーフキュレーター、黒澤浩美が顧問として加わり、作品を見てくれているので、アートとしての価値が生まれる状況も作っています。

「金沢21世紀美術館」のチーフキュレーター、黒澤浩美さん
「金沢21世紀美術館」のチーフキュレーター、黒澤浩美さん=Photo:Hiraku Ikeda

――まだまだたくさんの「異彩」が眠っているとなれば、彼らを掘り起こしていくのは大変な事業ですね。

私自身、兄が重度の知的障害を伴う自閉症があって、そのことが起業のきっかけになっています。確かに難しい事業ではありますが、私のような強い思い自体がないと続かないので、逆に競合もなかなか入りづらいと思うんですね。例えば同じようなことを大手の広告代理店や商社が始めますと言ったところで、非常に難しいと思います。

松田崇弥さん(左)、文登さん(右)と、2人の兄の翔太さん
松田崇弥さん(左)、文登さん(右)と、2人の兄の翔太さん=Photo:ヘラルボニー

――先ほど、「障害 アート」で検索すると、支援や貢献の文脈でCSRやSDGsに関係した情報ばかりを目にしたとおっしゃっていましたが、御社が事業を始めたころも、取引をしようとした企業からは同じような見られ方をしたのですか。

それはありました。会社を設立した当初は正直、SDGs部門やCSR推進室に聞いてくださいということが多かったです。不本意だなと思うこともありました。

――そういうときは拒否したのですか? それともいったん受け入れた?

どちらのケースもありましたね。自分たちとしてもまずはしっかりモメンタム(勢い)を作らなきゃいけないですし、スタートアップとして生き残る上でも、着実な成長を遂げていく必要がありました。ブランドもまだ完全にできあがっていない状態で、ただただ強気なことを言っても、単なる「痛いやつ」になってしまうので。

でも今はそういうことはやっていません。例えば単にIRに盛り込みたいからアートを使わせてほしいとかいうのは断っています。その代わりに結構、マーケティングのど真ん中の部署や、経営企画、宣伝戦略といった部署と一緒に組むようになりました。

――そもそも起業のきっかけは何だったのですか。

2018年の4月に、崇弥が当時勤めていた企画会社「オレンジ・アンド・パートナーズ」で、今年度の目標を社員一人ひとりが話すことがあったらしいんです。このとき、崇弥は障害・福祉の事業で起業したいと本気で思ったらしく、私にまったく相談せずにこの日のうちに社長に「会社を辞めて福祉で起業する」って言ったんです。

それで私に電話してきて、「俺は言ったから、お前も会社を辞めろ」と(笑)。あまりに唐突だったのでびっくりしたんですが、私も決心を固めて会社を辞めました。

――IPビジネスで行こうと考えたのはいつごろだったのですか。

会社を設立してから2年目あたりですかね。このころから商品が売れるようになって、toCによって熱烈なファンがぽつぽつと増えていき、そういった人が自分たちの会社で「ヘラルボニーと一緒にやりたい」と言ってくださるようになったんです。

それを受けて、私たちは「勉強会をやらせてください」とお願いして、無料で話しに行っていました。たいてい30、40人ぐらいが聞いてくれて、その中には決済権者もいたりして、toBにつながっていきました。

toCがある種のショールームになって、toBを呼び込んでくるという形ができてきた印象です。

ヘラルボニーがアートプロデュースしたHOTEL MAZARIUM(ホテル マザリウム)の客室
ヘラルボニーがアートプロデュースしたHOTEL MAZARIUM(ホテル マザリウム)の客室。岩手県出身作家の作品で飾られている=Photo:菅原結衣

――スタートアップワールドカップの本戦はアメリカであります。順位も気になりますが、投資家を含め、たくさんの出会いがあると思います。どんな期待がありますか。

ヘラルボニーが成長することは、色んな人たちの人権状況の改善が進むことでもあると思うんです。知的障害はこれまで光が当たってこなかったと思いますし、彼らが本当の意味で尊重されていく状態を作っていくことが世界共通の課題として大事だと思っています。その意味で、各国の色んな人と会えるのはすごく幸せです。

――事業に関する今後の目標をお聞かせください。

パリに店舗がほしいなと思います。店舗には障害とか福祉とかいう言葉は一切なく、商品そのものをすてきだと思ってくれて買われるようになってほしいです。まずは一人の作家として知られたその先に、障害についても知られていくという流れを作っていきたいと思います。

スタートアップワールドカップ京都予選で1位に輝き、記念撮影するヘラルボニーの松田文登氏
スタートアップワールドカップ京都予選で1位に輝き、記念撮影するヘラルボニーの松田文登氏(中央)=2024年5月、京都大