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芸術はどう社会に貢献できる?日比野克彦・東京芸大学長が考える「アートの処方箋」

World Now 更新日: 公開日:
東京芸術大学学長の日比野克彦さん
東京芸術大学学長の日比野克彦さん=2023年5月、東京都内、関口聡撮影

東京芸大といえば「トップアーティストの育成」といったイメージを持たれ、美術や音楽の愛好家には、リスペクトされる存在だと思う。一方で、美術や芸術というと「美術館に行っても難しくて緊張しちゃう」「俺は音楽の才能はないから……」というように、自分とは違う「あちら側」として意識される状況も、かなりの頻度であるんですね。そうではないということを何とかして伝えていかないといけないということは、昔から思っていました。

例えばゴッホの「ひまわり」も、よく考えればキャンバスの上に絵の具がくっついているだけです。それに感動できるという事は絵がすごいのではなく、見ているあなたがすごい。絵は、自分の持っている「感じる力」のスイッチを押してくれる。絵がアートではなく、心が動く事が「アート」なのです。

人間はみんな年を取ります。誰しもが共有できる「高齢化」というフィールドに取り組むことで、日本社会の色々な問題が見えてくるのではないかと考えました。

既に美術の世界では、米国のニューヨーク近代美術館(MoMA)が認知症の方とその家族や介護者を対象に、美術館の教育普及担当者による対話型の鑑賞プログラムを行い、効果が表れているという前例があったこともあります。

私が2013年から監修し、2015年度から東京都のプログラムとして、福祉施設などにアーティストが出向き、交流や活動をする「TURN」プロジェクトを始めていました。

その中で、福祉施設などの中にも、アートのやるべきことや出来ることを理解してくれる人たちを育てていかなくてはいけないと感じました。

そうして2017年度に始めたのが、芸大生と社会人とが、1年をかけて共に学ぶ「Diversity on the Arts ProjectDOOR」です。

翌年度には「DOOR」の授業に協力してくれている企業が運営するサービス付き高齢者向け住宅に、DOORの修了者や芸大生、卒業生が1年間入居し、作品を制作する企画を始めました。

あるアーティストは施設長と話し合い、地域の子どもたちを施設に招いて高齢者とお店やさんごっこのようなことをするプログラムを作りました。一緒に歌を歌う、お芝居を作ったアーティストもいます。ケアマネジャーがそうした活動の効果を認めて、1年間のケアプランの中にアート活動を組み込んでくれたケースもありました。

今年、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のプログラムに採択された、産学官連携のプロジェクト「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」や、学内に立ち上げた「芸術未来研究場」は、TURNやDOORで続けてきた取り組みを、大学全体で展開していこうというものです。

薬と違い、アートの処方箋は「Aさんに効いたからBさんにも効く」わけではありません。それぞれに合った処方がある。人間は一人ひとり違うというのが、アートのポイントだからです。

入学してくる学生たちにインタビューをすると、本当に社会的課題に対しての意識が高いと感じます。環境問題や人種差別、経済格差……。こうした課題に対し、自分のアート表現で取り組んでいきたいという学生もすごく多い。

やはり東京芸大の学生だった19歳の自分には、全く思いもよらなかったことです。芸術大学なので、主語は「芸術」ですよね。芸術がどのように社会に対し貢献できるか。スキルの専門性ではない所にある、その魅力を広めていくことができるか。そうした取り組みが今後大切になってくると考えています。